第6話 荒れ果てた星

 酸素ドームを抜けると、荒れ果てた砂漠地帯がハミルたちを迎えた。そんなだだっ広い砂漠が続く中、ゴルドルの星域に入って少しすると大きな建物が目に入った。


「あ、アレは何ですか?」

「あったぜ……。あれが目的地だ」


 グーマは出会ってからこれまでの中で、一番悪い笑みを浮かべた。ハミルはそれを横目に見ると、すごく嫌な予感が全身を包み込んでいくような気がした。

 船が建物に近付くにつれ、その大きさが明らかになってきた。それは壁のようにそそり立ち、蟻の巣のようにどこまでも続いていた。


「ここは?」

「入れば分かる。そこら辺に下りろ」


 ハミルは言われた通り、大きくどこまでも続く建物から少し離れた場所に船を下ろした。


「さっさと階段出せ」


 グーマは宇宙船の空気に飽きたのか、早く船から下ろすように言った。ハミルはグーマには見えない角度で口を尖らせると、開閉ボタンを押した。


「お前もさっさと降りて来い」


 なんだかグーマは焦っているようであった。ハミルも薄々気付いてはいたのだが、それに少しでも反抗するようにわざとゆっくり行動した。

 そしてようやく支度を終え、階段を下って乾いた大地に踏み入った。


「静かだ……。なんでこんなところに大きな建物があるんだろう……」


 船を降りると建物は一層大きく見えた。マンションで言えば十五階ほどの高さがあり、それが奥に十棟ほど続いているイメージである。それに加え、この大きな建物はフェンスに囲まれており、その最上部には有刺鉄線が張り巡らされていた。ハミルはそれらをじっと観察した。高さや奥行きに驚くことは無かったが、なぜこんな荒涼とした大地にこんな要塞のような、監獄のようなものがあるのだろうか。と思っていたのである。


「どうした? あっけにとられてるのか?」

「あ、いえ、そう言うわけじゃ」

「ま、ここも地球と似たようなもんだ。そんな力むなよ」


 グーマはハミルの背中を強く叩いた。ハミルはその衝撃で二、三歩前によろけた。


「この建物のどこに用があるんですか? そもそも、どこから入るんですか?」

「いっぺんに質問すんな。用があるやつはどこにいるか分からん。入る場所はいまから探す」

「え、どういうことですか?」

「言葉通りだ。今から探すんだ」


 ハミルはその言葉に疑いを増した。しかし今は依頼をこなすことに集中しよう。と自分に言い聞かせ、前を歩くグーマを追った。

 グーマは謎の建物を避け、建物の右側に回って行った。右側にもフェンスがずらりと並んでおり、この分では四方八方塞がれているな。とハミルは憶測した。

 フェンスは結構な高さがあり、肩車をしても有刺鉄線にすら届かなそうであった。ハミルはフェンスから少し離れたところでそんなことを考えていた。グーマは今にもフェンスに噛みつくのではないかと思うほど、フェンスにがっついていた。


「あの、何か手掛かりありました? 俺的に、上は無理だと思ってますけど」


 このままでは進展が無いと思ったハミルは、殴られる覚悟で申し出た。


「けっ、それくらい下調べで分かってる」

「下調べ……か」


 ハミルはフェンスを探るグーマの背中を見ながら目を細めた。依頼を受けたときから何か裏がありそうな気はしていたが、この人はきっと裏稼業の人なんだろうな。とハミルは潜入方法よりもグーマの人物像が気になって仕方なかった。


「おい、しっかり探せよ?」

「はい、ですがまず、聞きたいことがあります。この建物はなんですか? そろそろ教えてもらえませんかね」

「……聞いてどうする? 結果によっちゃ帰るのか?」


 グーマはフェンスから少し離れ、顔を横に向けて背後にいるハミルを睨んだ。


「帰る? それは無いですね」


 ハミルはそう言うと鼻で笑った。


「肝が据わってんな。じゃあ教えてやるよ。ここは監獄だ」

「……監獄ですか。で、用事と言うのは?」

「そっちの内容次第か?」

「なんのことですか?」

「依頼破棄だ」

「さっきも言いました。帰るなんてことはありません。ただ、俺は仕事を依頼された身、百パーセントの仕事を提供したいだけです」

「……兄貴は冤罪なんだ。だから救いに来た。それだけだ」


 グーマはそう言うと、再び侵入経路を探し始めた。

 グーマと言う人間が人情に篤い人間なのは分かったが、ゴルドル。という聞いたことも無いアストロネームがハミルの心に一抹の黒雲として残った。しかしグーマが言っていたことが全て本当ならば、冤罪の人がこんな厳重な監獄に閉じ込められているのは不自然だ。と、ハミルの無駄な正義感が監獄への侵入ルートを模索し始めていた。

 ハミルとグーマはフェンスに沿って進み、ついには監獄の真裏まで来てしまった。しかしこれと言った手掛かりはなく、監獄の真裏は一番厳重にフェンスと有刺鉄線が設置されていた。


「なんも手掛かりはねーなぁ」

「はい、俺の方も特に」

「ここまで厳重だとはな……。骨が折れるぜ」

「あえて、の話ですけど、入り口付近の方が穴があったりするんじゃないですか?」

「あぁ? 正面突破ってことか?」

「突破。とまではいきませんけど、正面なら返って警備が手薄かなって」

「……無くはないな。戻るぞ」


 グーマは顎を撫でながらそう言った。そうしてそのまま先を歩いて入り口方面に向かって歩き始めた。ハミルは疲れを露にするように、深いため息をついてそのあとを追った。


「おせーぞ」

「すみません。考えながら歩いていたもんで」


 グーマは先に入り口がある角で待っていた。ハミルは少し遅れてそこに到着したのだが、気持ちが早っているグーマはイライラしていた。


「ったく、てめぇが言い出したんだからな」

「分かってますよ。さ、侵入口を探しますか」

「しっかり探してくれよ。さっさと兄貴助けてぇからな」


 外見はユートなのだが、またしてもグーマが表面に出てきたような気がして、ハミルは少し身構えた。


「んだよ。早く行くぞ」


 グーマは入り口の方に注意を向けながら、背中でハミルに話しかけた。


「はい、すみませんでした」


 精神が体を操るのか、体が精神を選ぶのか。どちらにせよ、グーマという人格がユートを飲み込んでしまうのではないかと言う不安に駆られながら、ハミルはグーマの後ろについた。

 二人は身を低くしながら入り口に向かって歩き始めた。流石に入り口まではいけないので、二人は入り口付近に来ると引き返し、再び右角に戻ってきた。


「あぁーあ。ダメじゃねぇか」

「でしたね」

「クソッ!」


 グーマはフェンスを思い切り殴った。すると老朽化が進んでいるのか、フェンスが大きく揺れた。


「これ……地盤が緩んでるか?」


 ハミルはフェンスに近付いて、指を金網に通して鷲掴むと、前後に揺らしてみる。するとフェンス一面が揺れていたわけでは無く、フェンスの下部に誰かの手によってちょっとした切り口が入れられていたことに気が付いた。


「フェンスが、少し切れてる……?」


 ハミルはしゃがんで少し切られている部分に顔を近づけた。


「これか」


 グーマはそう言うと、ハミルを退けてその部分を軽く殴った。するとフェンスはいとも簡単に外れ、匍匐すれば人一人が通れるほどの穴が開いた。フェンスを外したグーマは、そそくさと匍匐前進してその穴を通った。


「おい、早くしろ。すぐにばれちまう」


 グーマは立ち上がり、服についた砂を払いながらそう言った。


「あ、はい……」


 ハミルはグーマが監獄の方に向くのを待った。

 砂を払い終えたグーマは、バレないように監獄の壁に身を寄せた。そうすることによって監視カメラから逃れようという魂胆なのだろうか。

 グーマが監獄の方に気を取られている間に、ハミルは匍匐前進で穴を潜り抜けた。そのとき、フェンスが外れたときの、「これか」と言うグーマのセリフが気になって仕方なかったが、小声でよく聞き取れていなかったのかもしれない。自分の気のせいかもしれない。と言い聞かせ、ハミルは仕事に集中することにした。


「こっちだ……」


 穴を潜り抜けたハミルに向けて、壁に寄っているグーマがそう言った。

 ハミルは身を低くして素早く壁際に移動する。


「ここからはどうしますか?」

「へっ、どうしようかね。でも第一関門は突破した」


 グーマは辺りをキョロキョロしながらも、その顔の口角は少し上がっていた。


「さっきみたいにどっか欠陥があるかもしれねぇ。探すぞ」


 グーマはそう言うと、壁に沿って行動を開始した。その際、グーマは壁をとんとんと叩きながらゆっくりと、調律師のように壁の反響音を確認しながら進んでいった。


「あの、こう聞くのは失礼かもしれませんが、何か知ってるんですか?」

「……」


 グーマは答えない。音に耳を澄ませているのか。それとも単純に無視しているのか。ハミルにはそれが腹立たしく、追い打ちをかける。


「気になるから聞くだけですが、なにか侵入のヒントのようなものを、誰かから聞いてたりするんですか?」


 ハミルのその言葉にグーマは静止した。逆鱗に触れたのだろうか。とハミルは一歩グーマから遠ざかった。


「そりゃ、少しは聞いたさ。大監獄になんの知識もなく入り込むわけにはいかないだろ?」


 グーマはそう言って作業を再開した。

 ハミルはそれに対して言い返すことが出来なかった。確かにそれが正しかったからである。たとえズーマが冤罪だったとしても、監獄から抜け出すことは罪だ。なのでスムーズに侵入、脱獄するためのルートを調べるのは、正解なのかもしれない。この脱出と言う最小悪で大義が成せるなら。と、ハミルは黙ってグーマのあとについて行くことしかできなかった。

 その後ハミルとグーマは黙って石で出来た壁を叩いて回る行動に集中した。叩いているのがグーマであったためか、ハミルには音の変化が全く分からなかった。ハミルはただただグーマを信じてそのあとについて行くことしかできなかったが、グーマは叩くたびに首を傾げてまた一歩、また一歩と歩を進めるだけであった。

 耐えかねたハミルは、ちょっとした質問をした。


「あの、なにか音に特徴でもあるんですか?」

「……さっきみたいに穴が開いているなら、反響する音向こうに逃げていくだろうと思って叩いているだけだ」

「だけってことは、穴が開いている確信は無いんですね?」

「監獄だぞ。そこまで情報が洩れているわけがないだろ」


 グーマは少し機嫌を損ねたのか、言葉の後に舌打ちをして、再び壁を叩き始めた。

 二人はまたしても言葉無しに、乾いた大地をゆっくりと進んだ。ハミルは時折足を伸ばすために立ち上がり、前屈をして足の痺れを誤魔化した。そして二人は監獄の裏へ曲がる角で止まった。


「待て」


 そう言ってグーマはハミルを止めた。ハミルは素直にそれに従い、足を止めて中腰になった。


「どうかしましたか?」

「ここだ」

「はい?」

「ここだ。聞いてみろ」


 グーマはそう言って壁をノックするように二回叩いた。

 コンコン……。

 これまでとは違い、音はすぐに返ってこない。つまりはちょっとした空洞がここに生じているということである。


「音が……」

「そうだ。ここが建設の穴だ」

「建設の穴?」

「そうだ。前に一度聞いたことがあったんだ」

「へぇー、そうなんですか」


 ハミルは内心、どこで聞いたんだか……。と、グーマへの疑いが増す一方であったが、それは口に出さず、今はグーマの動向を伺ってみようと思っていた。


「辺り警戒しとけ。ここ殴ってみるからよ」

「いえ、待ってください。俺がやりますよ」

「あぁ? なんでだ?」

「決まってますよ。あなたの体じゃないんですから」


 ハミルはそう言ってグーマをどけた。


「いいだろ。他人の体なんだからよ」


 グーマはそう言ってハミルの肩を掴んだ。


「……やめてくださいよ。俺の相棒の体なんですから。分かりますよね? この気持ち。俺だってこれが商売なんです。つまりは、俺がユートの体を労わるのは、あなたがお兄さんを助けたいと思う気持ちと一緒ってことですよ」


 ハミルはそう言ってグーマの手を払った。何か反論でもしてくると思っていたが、グーマは黙ってハミルから遠ざかった。ハミルはこの時、グーマが何か隠し事をしてると確信した。

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