第二章 光を求めて

第5話 次なる依頼

 ハミルが研究所に来て一か月が経った。その間何度か仕事が転がり込んだが、その過半数が大喜多の口の悪さで流れてしまった。なので初仕事から二三個簡単な輸送作業を一人で行うくらいであり、ユートを出動させるには至らなかった。


「お前が来てからなかなか仕事が来ないの~」

「え、俺のせいなんですか!?」


 客用ソファに寝転がり、本を読んでいたハミルは飛び起きた。


「そうじゃろ。実際にここ一か月、ユートは何もせず退屈しておるはずじゃぞ?」

「いやいや、博士の態度が悪いからじゃ……」

「なんじゃと?」


 大喜多は食い気味にそう言った。


「はぁ、何でもないですよ~」


 ハミルはふてくされて本を顔の上にのせて再び寝転がった。

 その時であった。ドンドンドン! と、鉄の扉を叩く音が応接室に響いた。


「お、噂をしてたらなんとやらかな?」


 ハミルは読みかけの本を閉じ、机に置いた。


「おい! ここがお助け屋か!?」


 荒々しく、脅迫まがいの声が扉越しに聞こえてくる。どうやら男のようだ。


「なんじゃ! こっちは仕事が無くてイライラしとるんじゃ!」


 ハミルと言い争った直後ということもあり、形式的な訪問ではなかったが、大喜多は怒鳴りながら反応してしまう。


「ちょ、ちょっと博士……! なんか危なそうな人じゃないですか?」

「関係ないわい! 仕事は仕事じゃ!」


 大喜多はそう言うと、コーヒーカップを奥のテーブルに置き、ずんずんと鉄の扉前に歩いて行った。そして取っ手を握ると躊躇なく扉を開けた。


「なんだ? 当てずっぽうでも開くじゃねぇか?」


 扉を開けた向こうには、上下真っ黒のスーツで身を纏ったオールバックの男がいた。声から想像した通りの、あまり関りを持ちたくはない人物だ。とハミルは思っていた。


「ハミル! あとは頼んだぞ!」


 大喜多はそう言うと、コーヒーカップを手に取って、奥の部屋に姿を消した。


「お、ちょっと!」


 ハミルが声をかけようとしたその時には、大喜多の姿はすでになかった。

 バタンッ! 鉄の扉が閉まった音がした。


「んで、依頼はお前にすればいいのか?」


 男は鋭い目つきでハミルを見た。本人に睨んでいるつもりはなくとも、その目力は相当なものであった。


「えっと、とりあえずこちらにどうぞ……」


 ハミルは腰が引けながらも、客用ソファに男を案内した。すると男はすぐそのソファに腰かけた。そしてソファに深くかけ、両手を背もたれに回した。

 ハミルは相手を待たせないように、いつもは大喜多が座っている一人用ソファに腰かけた。


「それで、ご依頼というのは……?」

「あぁ、実はな。『エリアサウス』に用事があるんだが、わけあって俺自身がサウスに行くことができねぇんだ」

「は、はぁ。それで代わりに俺たちに……?」

「あぁ、そう言うことだ。なんだっけか? 精神を運べるんだよな?」

「え、あ、ま、まぁ。はははは」


 ハミルはそこまで調べられているのか。と内心驚いていた。


「このことだが、誰にも話さない。情報を漏らさない。という条件で依頼したいんだが?」

「は、はい! それはもちろん。クライアントの情報は一切漏らしません!」

「ならよかった。あぁ、悪かったな。俺はグーマってんだ。それで、探してほしいのはズーマって言う俺の兄貴だ」

「お、お兄さんですか?」

「あぁ、そうだ。兄貴がいないと仕事が捗らなくてな」

「えっと……差し支えなければ、お仕事って?」

「なに、こんな身なりだが、ちょっとした組織を運営してるだけだ。その頭である兄貴がいないと組が回らないってこった」

「なるほど……。少し待っていてください」


 ハミルはそう言うと、静かに立ち上がって大喜多がいる奥の部屋に入った。そしてクライアントから聞いた通りに依頼内容を説明した。


「なんで儂に聞く必要がある? あくまでもお助け屋はお前とユートじゃ。お前たちで判断せい」


 大喜多は冷たくそう言うと、コールドスリープ用のカプセルを整備し始めた。


「は、はぁ。分かりました」


 ハミルは不満を前面に出しながら、クライアントのところに戻った。


「すみません。お待たせして」

「んで、受けてくれるのか? ここがダメなら他に行くからよ」

「あぁ! 待ってください! 受けます。ご依頼お受けします!」

「へっ、よろしく頼んだぜ」


 グーマは右手に持っていた銀貨をぴんっ。と弾いてキャッチした。

 ハミルはソファに座り直し、依頼の続きを聞いた。


「それでな、目的の星は『ゴルドル』って言うあまり一般人は知らねぇ星だ」

「ゴルドル。ですか……。聞いたことないですね」

「へっ、あったら相当通だぜ」


 グーマは鼻で笑いながらそう言った。

 ハミルは気を取り直すために咳払いをした。


「ゴホンッ。それで、俺たちの仕事のことなんですけど、こちらの仕事内容も外部には漏らさないようにしてもらいたいのですが」

「あぁ~。もちろんだよ。裏切りは互いに無しだ。な?」

「は、はい。ありがとうございます。では、マインドシェアの説明に……」


 その時、グーマの眼差しが妙に冷たく感じたハミルは、生唾を飲み込むと、これからの段取りを説明し始めた。


「ほう。なるほどなぁ~。じゃあ俺は違う体を操れるってわけだな?」

「はは、まぁ簡単に言えばそうですね」

「思っていた通りで助かるぜ。ちゃちゃっと終わらせるから頼んだぜ」


 グーマはそう言うと、深々と座っていたソファから腰を上げ、ハミルに続いて大喜多博士が待つ奥の部屋に入っていった。


「依頼です、大喜多博士」

「ふむ、早速じゃが、あんたはここに寝ていてくれ」

「あぁ? なんだジジイ?」

「ハミル。説明したんじゃよな?」

「はい、しましたよ?」

「ならさっさとその男を寝かせろ」

「え、はい……。えっと、さっき話した通りです。コールドスリープに入るので、ここに入ってもらってもいいですか?」


 ハミルは顔を引きつらせながらそう言った。


「ちっ、分かったよ。事が大きくなるのは避けたいからな。さっさとやれ」


 一触即発なムードは収まり、グーマは大喜多を睨みながらカプセルに寝た。するとそこでようやくユートが部屋に入ってきた。


「遅いぜ、ユート」


 ハミルは気さくに挨拶した。ユートは軽く右手を上げてハミルをあしらった。それでも反応があっただけ、ハミルは嬉しかった。

 そうしてユートは迷わずグーマのもとに歩み寄り、目を瞑ってコールドスリープを待つグーマの頭に右手を乗せた。


「おい! 何すんだ!」


 グーマはそれに驚いて右手をユートに振ろうとする。しかし寸前でその腕を止めた。


「これもさっき話した通りです。マインドシェアするにはこれが必要なんです」


 ハミルは獰猛な生物を宥めるような口調でそう言った。するとグーマは黙って目を瞑り、ユートが右手を離すと再びカプセルに吸い込まれるように寝た。


「よし、それでは始めるぞ!」


 大喜多はそう言うと、目の前にある機械のボタンを押し、カプセルが起動すると瞬く間にグーマを冷気が包み、コールドスリープ状態にした。そしてユートとのマインドシェアに成功したグーマは目を覚ます。


「こ、これは……。俺が寝てるぜ」

「はい。これでマインドシェアは成功です」

「なるほどな。中々面白い技術だ」


 ユートの体を借りたグーマは、先に研究室を出て行った。ハミルは急いで後を追い、グーマを宇宙船がある地下まで案内した。


「乗ってください。操縦は俺がやるので道案内はお願いしてもいいですかね?」

「あぁ、それくらいならやってやる」


 ハミルは操縦席に着き、船を発進させた。発進時だけグーマはしっかりと椅子に座ってベルトを締めた。宇宙空間に出ると、立ち上がってハミルの横に来た。


「まずはサウスに向かいますね。そのあとの細かい道をお願いします」

「あぁ、分かってる」


 ハミルは少しやりづらさも感じつつ、宇宙船を操ってエリアサウスに向かった。

 しばらく飛行を続けると、存分に整備もされていないゴロゴロとした、岩石地帯のような場所に入った。


「エリアサウス。こんなにも手が行き届いていないとは……」


 上流階級育ちのハミルには、想像もつかないような状態であった。なんとかギリギリ人が住めるような星もあれば、いまだに酸素ドームが張られていない星もあった。それらは宇宙船からでも見て分かるほどの退廃ぶりであった。


「あの、ここにどんな用事が?」

「あぁ? 兄ちゃんここに来たことないのか?」

「はい。あまりサウスに行きたいと言う依頼が無くて」

「ほう~。サウスを知らずによく依頼を受けたもんだ……」


 耳元で囁かれる声は確かにユートのものなのだが、顔を見ずに聞くとまるでグーマ本人が同行しているような気さえしてきた。ハミルはそんな悪寒に耐えながら、グーマの指示通りに船を進めた。

 奥に進めば進むほど、酸素ドームが張られていない星が増えていった。それに伴い、ハミルは本当にこんなところに星があるのか? と疑念を抱き始めていた。しかし依頼を受けてしまったのは事実、ハミルは黙ってグーマの指示に従った。

 そしてそろそろハミルが痺れを切らし、戻りましょう。と言いだそうとしたそのとき、サウスにしては大きな星があることに気が付いた。


「あ、あれは……」

「やっと見えてきたみたいだな。アレが目的の星、ゴルドルだ」

「あれがですか……。エリアサウスにしては大きな星ですね」

「あぁ、当たり前だ。ま、着いてからのお楽しみだがな」

「……そうですか」


 グーマは案内を終えると、後は真っすぐ進め。とだけ言って、椅子に座って目を閉じた。


「ゴルドル……。本当に聞いたことがないな……」


 ハミルは不気味に浮かぶその星に、あまり近づきたくないな。と思っていた。しかしここで引き返してはクライアントに殺されかねない。と、ハミルは浮遊する岩にぶつからないように徐行しながらゴルドルに近付いた。

 ……ハミルは黙って操縦を続けていた。浮かぶ岩も少なくなってきており、ハミルは前方に注意しながら操縦桿から手を放して伸びた。あくびも出そうだったが、それはなんとか抑え込んだ。そしてついでにグーマは寝ているのだろうか。と、ハミルは少し後ろを振り返った。するとグーマは前のめりになり、俯いて寝ているようであった。ハミルはほっと一息つくのも束の間、クライアントが寝ている重大さに気が付き、すぐ大喜多に連絡を入れた。


「あ、もしもし。ハミルです。実はクライアントが寝てしまっているようなんですけど……」

【あぁ、それなら大丈夫じゃ。カプセルはしっかり作動している。寝ても本体に意識が戻ることは無い】

「了解。では、仕事に戻ります」


 ハミルはそう言うと、ハンズフリーの電源を切った。


「ふぅ、良かったぜ。危うく地球に戻るところだった。カプセルは調子いいみたいだな」


 ハミルは両手を後頭部に当て、椅子にもたれかかった。すると右肘が何かに触れた。


「うお!」


 ハミルは驚きながら後ろを振り向いた。するとそこにはユートが立っていた。


「あ、すみません。起こしました?」


 ハミルはすぐに謝った。しかし黙って突っ立っているだけで、何も言おうとしない。グーマを怒らせてしまったのだろうか……。と、ハミルの顔をどんどん引きつっていった。


「あの~、すみません。それか、なにかあったんですか?」


 ハミルは沈黙が恐ろしく、質問を続けた。しかし黙って立っている。そこでハミルは勇気をもって顔を覗いてみた。するとなんだか、先ほどより目に覇気が無いように感じられた。


「もしかして……ユートか?」


 ハミルがそう聞くと、ユートは右手に持っていた紙をハミルに渡した。そこにはこう書かれていた。


〈あの星、危険。頭の中でそう言ってる〉


 ハミルはそれを何度も読み直した。勿論字が読めないというわけではない。ただ単純に、ユートが字を書ける驚き。それにあの星が危険。という単語がハミルの目に焼き付いた。


「なぁ、字のことについては後で聞くとするけどよ。危険ってのと、頭の中で言ってる。ってクライアントの、グーマさんのことか?」


 ハミルはこの時、何を根拠にそう思ったのか、返事が返って来るような気がしていた。しかしユートは口を堅く噤んだまま、前方の星をじっと見つめていた。


「マインドシェア……。一つの人体に二つの精神……。こいつは、ユートはクライアントの考えていることが分かるのか……?」


 ハミルはユートの横顔を見ながらそう呟いた。答えを知っているのはユートただ一人である。しかしユート本人から答えがスラスラと出てくるはずなど無い。ハミルが答えを求めて霧の中を彷徨っていると、船はゴルドルに到着しようとしていた。するとその時、


「はっ、なんで俺はここに……。確か椅子に座ってたはずじゃ……」


 ユートの中にいるグーマが目を覚まし、記憶を辿ろうとし始める。


「あ、ゴルドルがもうそこまで来てますよ!」


 ハミルはなんとか誤魔化すために、目的地に到着したことをグーマに伝えた。


「なに! おぉ、本当だ」

「まったく、なかなか起きなかったんで困りましたよ」

「そうか、寝ぼけてただけか。すまねぇな」


 少し強引ではあったがハミルはなんとかその場を丸め込み、グーマの気を逸らすことに成功した。そして酸素ドームに入る。と言い。先ほど座っていた椅子にグーマを誘導した。

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