第4話 遂行と発見

 二人が路地裏に隠れて数十分経ったとき、キトが働く工場内でサイレンのようなものが鳴り響いた。それは隣の工場には聞こえないよう、絶妙な設定が為されていた。しかし工場と工場の間に潜んでいた二人には、辛うじてその音が聞こえた。


「鳴った。準備はいいですか?」

「は、はい……」


 ユートの顔はまったく動いてはいなかったが、声からしてミアは緊張しているようであった。


「タイミングは任せます」


 ハミルはそんなミアを見て、タイミングを委ねた。


「お、怖気づきません。私は彼に会うために来たんです。彼に会うために体をお借りしたんです」


 ミアは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。ハミルはそれを黙って聞いた。


「い、行きましょう」


 一分はかかっただろうか。ようやっとミアは立ち上がり、ハミルはそんなミアを工場入り口付近まで見送り、工場の陰に隠れた。


「あ、いたわ」


 ミアは工場から流れ出てくる群衆の中に、確かにキトを認めた。


「ごほん。すみません!」


 ミアは一度咳ばらいをすると、大きな声を上げながらその群衆の中を縫うように抜けていった。


「すみません! あなた、キトさんですよね?」


 ミアはユートの体を借りていることを寸前で思い出し、初対面を装って肩を掴んだ。


「は、はい? そうですけど……?」


 キトは写真通りの青年であった。しかし初対面のユートに首を傾げた。


「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」

「いえ、お会いしたことはありません。ただ、伝えたいことがあって」

「はぁ、誰からですか?」

「ミアって人。覚えてますか?」

「み、ミアだって? そりゃ覚えてますよ! 彼女がなんて!?」


 キトはユートの両肩を掴み、群衆を抜けながら質問する。


「ま、待ってください。ゆっくり話しますから」


 ミアはそう言って、先ほどまで隠れていた工場と工場の間前まで来た。


「さぁ、ミアはなんて言っていたんだ!?」


 キトの口調は半分拷問めいていた。


「ま、待って。その、私なの……」

「は? 冗談はやめてくれよ。あんた男だろ?」

「これを先に聞いて。あなたは地球に住む大喜多博士って知っている?」

「あ、あぁ。何でも屋の……だよな?」

「えぇ、私はそこに行ってきたの。そして身分がバレないようにこうして体を借りて、あなたに会いに来たのよ」

「ほ、本当か? 証明できるものはあるのか?」

「えぇ、これよ」


 ミアはそう言ってキトの写真を取り出した。それに付け加えて一本のナットを見せた。


「こ、これ……」

「えぇ、あなたが私に送ってくれた物よ」

「ちょっと貸してくれ」


 キトがそう言ったので、ミアは黙ってナットを手渡した。

 キトはナットを一通り見ると、ポケットを探って一本のボルトを取り出した。そしてそのボルトとナットを合わせ始める。


「……。ほ、本物だ……。俺が渡したナットだ……」

「これで信じてもらえたかしら?」


 ミアはもじもじと体をくねらせながらそう言った。


「あぁ、俺の写真に、俺がミアにあげた特製のナット。これは俺が持っているボルトとしか合わないんだぜ?」

「まぁ、そうだったの?」

「あぁ、そうだ。それに、その女口調にその動き。流石にいい年した男がそんなこと出来ないぜ」


 キトは口角を緩めながらそう言った。緊張と疑惑はだいぶ解けたらしい。


「それでね。ここでの返済が終わったら、私と……ウエストで暮らしてほしいの!」


 ミアはそう言って一枚の紙を取り出した。そこには住所が詳しく書かれており、その他には、「私で良いですか?」を始め、「家を勝手に決めてごめんなさい」やら「質素な生活で良ければ」などが丁寧な文字で書き綴られていた。


「はは。まさか君に先を越されるとはな~。実はさ、借金返し終わったんだ」

「え?」

「工場長に相当気に入られててさ、もう少しだけ働かせてもらって、君にサプライズしようとしてたんだ」

「さ、サプライズって……」


 ミアがそう聞いた瞬間、工場のサイレンが鳴った。


「……それはウエストに行ってからのお楽しみ」


 キトはそう言うと、ユートの体を借りたミアに大きく手を振りながら工場に戻っていった。


「返済……終わったんだね……。良かった……」


 ミアの声は震えていた。しかし涙は出ない。ミアは右手で口を覆い、左手で大きく手を振り返した。


「納得いきましたか?」


 ハミルは工場の陰から姿を現しながらそう言った。


「はい。我儘を言うなら、泣きたかったですね」


 ミアの声は震えていたものの、顔は既に笑っていた。実質の婚約と、逆プロポーズ成功によって心が落ち着いたのだろう。

 ミアが手を振り終わるまで、ハミルはそっと陰に隠れた。

 工場のサイレンが止み、全員が工場内に戻ったことが確認されると、ミアも手を下ろしてハミルのもとに戻って来た。


「すみません。長引いてしまって」

「良いんですよ。俺も見ていて幸せでしたから」

「ありがとうございます」

「いえいえ、でもまだ早いですよ。帰るまでが任務ですから」

「そうでしたね」


 二人はここに来るまでの不安を全て忘れ、満面の笑みで来た道を引き返した。

 気分が高揚していることもあり、少し足音が大きくなったようにも感じられたが、誰にも気づかれることなく宇宙船にたどり着いた。


「船、確かにここでしたよね?」

「はい、ここですよ」


 ハミルはそう言いながら、ポケットからキーを取り出すとボタンを一つ押した。ピッ。と言う音が鳴ると、何もなかった場所に乗ってきた宇宙船がみるみる現れた。


「凄い! 隠れていたんですね?」

「はい、操縦桿の横に置いてあったので、試しに使ってみたんです。ほら、途中で二人組が出てきましたよね?」

「はい、ありましたね」

「俺もひやひやしてたんですが、どうやらちゃんとステルスモードになってくれていたみたいです」

「え、えっと……乗ったこと無かったのですか?」

「あ……。いえいえ、そんなそんな。ステルスモードは新機能だったんですよ! 今回が初運用だったんです!」

「なるほど! では任務も実験も成功ってわけですね!」

「そ、そう言うことです! さぁ、早く帰りましょうか」

「はい!」


 ハミルは何とかその場を誤魔化し、ミアを宇宙船に乗せると、自分は操縦桿について地球目指して出発した。

 その帰り道、ミアは慣れない体で疲れたのか、椅子に座るとテーブルに突っ伏して寝入ってしまった。ハミルはその様子を見て、初仕事を終えたんだ。という実感が急に湧いてきたのを感じた。満足感に浸りながら、ハミルは地球に急いだ。


 …………。数十分黙って操縦を続けていると、濁った地球が目に映った。アレが俺の第二の故郷……。いや、本当の故郷か……。そんなことを思いつつ、ハミルは徐々にスピードを緩めて地球へ迫る。

 船体が雲を裂き、色を失った大地が見え、枯れ木に囲まれた都会を発見する。そして着陸態勢に入ると、丁度交差点のど真ん中が開き、ハミルはゆっくりとそのハッチを通り過ぎ、宇宙船を格納庫に着陸させた。


「着きましたよ」


 ハミルは優しくミアに声をかけた。しかし起きる気配が無い。


【ザザッ。ザッ。あ、あ、聞こえるか?】


 突如ハンズフリーに通信が入った。


「はい、聞こえますよ?」

【よし、では聞いてくれ。もしかしてじゃが、クライアントは寝てしまったか?】

「はい、地球に帰る途中に」

【そうか……。実はの、久々の起動でコールドスリープが長く持たなくての。恐らくクライアントの意識は本体に戻ってしまったようなんじゃ】

「えぇ!? そうなんですか!」

【すまんの。じゃからユートをおぶって帰ってきてくれ】

「わ、分かりました……」

【お前らが帰ってくる頃には、クライアントも目を覚ますじゃろ】

「はい。それじゃ、今からそっちに向かいます」


 ハミルは通信を切り、ユートをおんぶすると船を降りた。そして地上への長い階段を息を切らしながら上がり、上がり切ると小休憩を挟んで研究所を目指して再び歩き始めた。


「はぁ、ったく。さすがに男だから重いな~」

「……」

「なんも喋らないしよ」


 ハミルはユートに話しかけているつもりで独り言を漏らした。


 …………。その後もぶつぶつ文句をつぶやきながらも、ハミルはようやく裏路地に足を踏み入れた。

 ドンドンドン! ハミルは鉄の扉を強く三回叩いた。


「戻りましたよ!」

「なんじゃ、開いとるじゃろ!」

「え?」


 ハミルは言われた通り、右手を取ってに伸ばす。そして軽く力を入れると、鉄の扉はギギギギと音を立てながら開いた。


「すげ~」

「お前の指紋も登録しておいた。今度からは指紋でロックが解除できるはずじゃ」

「そ、そうなんですか! ありがとうございます」


 ハミルはユートをソファに寝かせながらそう言った。


「次はクライアントの様子を見てきてくれい。わしはユートを見ておく」

「わ、分かりました」


 ハミルは気だるそうにそう言うと、トンカチを回して奥の部屋に向かった。

 部屋に入ってすぐカプセルを見ると、確かに冷気は止まっており、ミアを覆っていたカプセルも開いていた。


「失礼しまーす……」


 ハミルは静かにそう言うと、静かに奥へ進む。そしてカプセルの前に立つとミアの顔を覗き込む。彼女は笑っていた。おそらくユートの体に入っていたのは夢だとでも思っているのだろう。


「う、ううん……」

「お、起きたか?」

「私……。寝ていたのですか?」

「はい、あなたの身体は」

「ということは……。今見た夢は……?」

「……夢じゃないですよ」


 ハミルはそう言うと、彼女は先ほどよりもさらに顔を嬉しさ一色に染めて笑った。ハミルもそれにつられて笑う。


「じゃあ、依頼は……?」

「はい、遂行しました!」


 ハミルは寝ているミアに手を伸ばし、起き上がらせた。


「ありがとうございます」

「はい、それでは向こうの部屋に行きましょうか」


 ハミルはそう言うと、先に応接室に戻った。ミアもすぐそれについて行き、ハミルは大喜多に声をかけた。


「クライアントも目覚めたみたいです」

「よし、ではユートを部屋に戻してやってくれ。今はわしとマインドシェアしておいた」

「分かりました」


 ハミルはそう返事をすると、ユートを背負って一度部屋に戻った。そして部屋の隅に位置するベッドに寝かせると、ハミルは応接室に戻った。


「お待たせしました」

「お前はまたパイプ椅子でも出してくれ」

「分かりました」


 ハミルは棚に立てかけてあるパイプ椅子を取り、大喜多の横に設置して座った。


「あの、今回はありがとうございました!」


 ミアは客用のソファに座りながら深々と頭を下げた。


「いやいや、良いんですよ! 頭を上げてください」


 ハミルはすぐミアの頭を上げさせた。


「報酬のことなのですが……。その、後日でもいいでしょうか?」


 ミアは頭を下げながらそういった。


「ふーむ、まぁ仕方ないじゃろ。しかしな、監視の目は付けさせてもらうぞ?」

「はい、それは承知の上です」


 ミアは尚も頭を下げたままであった。大喜多はそれを見ると、テーブルに麻袋を置いた。それはミアが持ってきたものであった。中身はしっかりと抜き取られており、代わりにビー玉がいっぱい詰まっていた。そのなかの一つは発信機兼小型爆弾であった。


「あの、これは?」

「なに、ちょっとした土産じゃ」

「ありがとうございます」


 ミアはようやく頭を上げ、それを受け取った。


「さっさと帰れい。何かと準備があるじゃろ?」

「え、あ、ありがとうございます! また連絡します!」


 ミアは勢いよく立ち上がると、何度もお辞儀をして研究所を出て行った。


「もしかして、俺のハンズフリーから聞こえてました?」

「致し方ないの。スイッチが入っておったんじゃから」

「え? マジすか!?」


 ハミルは耳に手を当てた。すると確かにスイッチが入ったままになっていた。


「わしで良かったが、今度からは気を付けるんじゃぞ」

「は、はい……」

「任務は完了じゃ。初仕事、ご苦労じゃったな」


 大喜多はぶっきらぼうにそう言うと、カプセルの修理があるようで、すぐ奥の部屋に戻っていった。ハミルもユートのことが心配になり、部屋に戻った。


 それから三週間後、大喜多研究所に招待状が届いた。


「ハミル~! お前宛じゃ!」

「は~い! 今行きます!」


 それが届いたのは朝であった。ハミルは慌てて着替えると、応接室に向かった。


「はい、何でしょうか?」

「招待状じゃ」

「えっと……。ミアさんからだ! ミアさんからですよ!」

「だからなんじゃ。さっさと行って、さっさと報酬を受け取ってこい!」


 大喜多は怒鳴り散らすようにそう言うと、奥の部屋に帰ってしまった。


「じゃあさっさと行くか……」


 ハミルは招待状を持ち、ユートをたたき起こしてエリアウエストに向かった。


 ……送られてきた招待状の通りに宇宙船を飛ばしていると、そこら一帯には見合わない大きな星が一つ見えてきた。


「あれか……」


 ハミルは招待状に書かれた、エリアウエストの大星『パスランド』に降り立った。


「まさかパスランドの住民だったとはな……。ウエストの中でも一二を争う富裕星だ」


 ハミルは船を降りながら広大な牧場地帯を見まわした。ユートは黙ってそれに続いて出てきた。


「あれは! ……この牧場を所有しているのがミアの両親なのか?」


 ハミルは牧場の奥に大きな一軒家があるのを発見した。それは木で出来た大家で、周りには何人もの人が集まっていた。

 ハミルはユートを連れてその大家を目指した。あと少しというところで、ユートがハミルの腕を掴んで納屋の陰に引き込んだ。


「おい、いきなりなんだよ……!」

「……」


 ユートは何も言わない。何かを一点に見つめている。ハミルはその視線のさきを見てみた。するとそこには、幸せそうに笑うミアがいた。


「お前……」


 ハミルはミアから視線を外してユートを見た。するとユートは、その姿を見て少し笑っていた。


「お前、どっかに感情の種が残ってるんだな……。それ、俺が育ててみてもいいか?」


 ユートはその問いかけに、ハミルの顔を見た。そして、無表情に頷いた。


「へへ、言葉はちゃんと分かってるみたいだな。話せるようになるまでは長そうだけどな」


 ハミルがそういったときには、ユートは顔を逸らして式を見ていた。


「……じゃ、ちょっくら報酬貰ってくるわ」


 ハミルは頭を掻きながらそう言うと、ユートを残して式場に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る