第5話

「え?」

「その痣、何を表してるか分かった」

 一色が息を飲む。そして俺は次の言葉を告げた。


「それ──ミサンガだ」



 俺が思い出したのは、男子が身に付けていたブレスレットだ。

 あれはブレスレットではなくミサンガ。紐状のお守りで、昔はよく作った。



 ミサンガが思春期症候群で肌に浮かんだ。そこまでは分かったが原因が分からない。

「何かミサンガに、関係あることは無かった?」

「…………」

 一色は何も答えない、が。

 代わりに何故か──頬を赤く染めた。



「……えーっと」

 思わぬ反応に、俺は言葉を失う。

 まさか──いや、そんなベタな──



「……好きな人にあげた事がある」

「…………」


 今度は俺が黙る番だ。


 あぁ──俺は何て馬鹿なんだ。散々カッコつけた挙げ句、呆気なく自爆とは。馬鹿にも程がある。

 いや自爆は可笑しい。別に好きとかじゃないし。

 でも──涙が流れるのは何故だ。


 一色は俯いている。そんな一色を見て、俺はフッと笑った。

「その人、今でも好き?」

 一色がコクンと頷くのを見て、涙が血に変わる。おや、俺も思春期症候群か?


「あ……私、帰るね!」

 顔を赤面させたまま、彼女は飛び出していった。


 どこか遠くで、カラスがアホと鳴いた。




「ただいまぁ……」

 家に辿り着いた俺は、そのまま部屋に直行する。母親がうるさいが、今の俺はそっとしておいてほしい。


 あぁ……秘密は秘密のままが良かったな……





 その日の夜、一色咲夜はシャワーを浴びた。

 頭から肩、胸、そして腕へ。

 そして右腕の痣にお湯が当たると──


 痣が、


 その様を見て、一色は笑みを浮かべる。

「あぁ、やった──」



「──!」



 彼女の痣は病気ではない。ましてや思春期症候群でもない。

 痣の正体は彼女自身が、腕に張り付けたタトゥーシールである。


 一色はミサンガをあげた過去等無い。

 ミサンガをあげる相手もいない。必然的にミサンガ状の痣が出来る理由は無い。

 だから彼女は作った。を。


 痣を彼に少しだけ見せ、後は意味深な対応をすれば、相手は様々な想像をする。

 想定外もあったが、結局は誤解をしてくれたようで何よりだった。


 このためにも布石はたくさん打った。

 夏服解禁日に敢えて長袖を着ていき、注目を集めた。

 その後も長袖を着続けて、彼の興味を引いた。

 後は校内の適当な所で、熱中症を装い彼に倒れこむ算段だったが、彼が後をつけるという嬉しい誤算のお陰で、今日の実行に移れた。

 


 彼女は脳裏に彼の顔を浮かべる。同時に、彼に沢山触れた今日一日も──

 それだけで頬が緩みそうになった。

「さて──私もそろそろ夏服に着替えようかな?」


 呟いて、そのまま却下する。

 だって、夏服だったら見えちゃうじゃん。

 


 長袖を着れば、彼はまだ自分に興味を引いてくれる。いや、むしろ彼に近づく口実にもなる。

 そのためなら、本当に熱中症で倒れたって構わない。




 秘密は、秘密のままが良い。

 秘密の正体を知ることが、幸せとは限らないのだから。

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それでも一色咲夜は夏服を着ない。 ぴろ式 @tel_kandori

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