第26話 SF映画3
3.
目の前でAndroid for independence type excutionが自殺をした時、私はベートーベンの第九を歌うのを辞めた。
何故彼女が与えられた任務を遂行せず、自分の顳顬に向けて銃を撃ったのか、どうして自分は銃を構えた彼女を見て、突如として第九を歌い始めたのか、最初は私自身でもわからなかった。私はその疑問を未解決ファイルとしてメモリ内に記録し、保存した。
ドタドタと足音を立てながら、慌てて隣の部屋から駆けつけてきたシミズとキムラは、目の前で脂汗を流しながら、必死で倒れた彼女に向かってアフィ、アフィと名前を繰り返し叫んだ。彼女の頭からは人間の血の色に似せた電解液が揺さぶられる度に溢れ飛び散り、銃弾が彼女の回路や基盤をボロボロにしていったのが、貫通した穴のズーム解析で判明した。
それから間もなくシミズとキムラは宇宙ステーションの男性職員によって連れ出された。体格のいいシミズが珍しく声を上げて抵抗をしていたが、手慣れた作業のように職員はシミズを拘束した後、キムラとまとめて室内を出ていった。一人残された私は動かなくなった彼女のボディを持ち上げて、ポタリポタリと彼女の電解液を廊下に零しながら、別室にて待機しているテツカの元へと運んだ。
「ストッパー、一体何があった?」
自動ドアを開き、状況が異常だと察したのか、彼は私に状況説明を求めた。私は数分前に起こったことを順序建てて説明し、結果としてシミズとキムラが職員に連れて行かれたことを伝えた。テツカは私の状況解説を聞きながら、彼女の解析を並行して行っていた。
「シミズさん達は今、無事なのか?」
私はセンサーを展開してステーション内を詮索する。すぐに登録した生体反応を受信し、そこからシミズとキムラの位置が特定された。
どうやら事情聴取を行われている様だとテツカに伝えると、彼は顎に手を添えて思考に没頭し始めた。
「シミズさんの予測通りストッパーが機能したのか?だとしても、これは、余りにも酷い……」
テツカは口元を手で押さえて、言葉以外の物を吐き出さないようにと、堪えるように苦しそうな表情を浮かべていたが、やがて覚悟を決めたかのように、よしっと呟くと、彼女のパーツを丁寧に取り外していった。私はテツカの指示のもと、サポートに徹した。
私とテツカが彼女の修復作業に取り掛かり始めてから1時間ほどが経過し、私は徐々に彼女や私達自身に取り組まれているシステムを理解していった。「新しく作れ」と命じられても、パーツが揃っていれば、おそらく組み立てられる程度には構造を把握しつつあった。そして同時に、今この場では彼女を完全には修復出来ないということもわかりつつあった。彼女のとった自殺行為によって破損してしまったパーツの代替えが足りないのである。
テツカも時間差で状況を理解したのか、修復作業の手が止まっていた。私が宇宙ステーション施設内で代替えパーツがあるだろうかと推測演算とセンサーによる探索を行っていると、この部屋の入り口に生体反応が近付いて来るのが分かった。
程なくして自動ドアが開き、シミズとキムラの2人とその後ろから先程の男性職員が室内へと入って来た。
テツカが誰だお前は?と口を開くよりも前に、
「単刀直入に言う。君達のプロジェクトチーム『ディスカバリー』は事実上この場で解散。そして全アンドロイドの回収、廃棄処理を命ずる」
職員の男は抑揚のない言葉で、そんな言葉を吐いた。
それを聞いた3人は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、直ぐにキムラが食いついた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!すぐに元に、いや、より精巧に希望通りに作り直すから!」
「既に決定事項だ。君達には明日の朝、地球へと帰還してもらう」
冷徹に、一切の揺らぎも見せる事なく、男性職員は淡々と述べた。
最後に男性は視界に写った解体途中の彼女を一瞥して、嫌悪感を抱いたように眉間に皺を寄せてから、180度踵を返して部屋から出て行った。
男性職員が出て行くと、シミズとテツカは頭を抱えてその場に蹲った。キムラはまだ大丈夫だと2人を空元気で説得するも、そんな声も徐々に小さくなって最終的には押し黙った。
ステーションに到達してからおよそ6時間が経過した頃、3人は突如起こった余程の出来事に疲弊していたのか、私に命令を下すと、それぞれ別室のベッドに溺れるようにして眠りについていった。
彼らが熟睡に入ったのを確認してから、私は彼らから与えられた命令を頭の中で再び思い浮かべた。
「アフィ含む、全てのアンドロイドのシャットダウン」
シャットダウン……つまり私が対象となるアンドロイド内にハッキングして侵入し、プログラムを書き換え、強制的にそのアンドロイドを停止させるやり方だ。書き換えられたメモリーが起動すれば、アンドロイド達は自分の手で機能を破壊して停止する様になる。
だが、そもそも私には他機体にハッキングが出来ても、プログラムの書き換えを行う権限システムを保持していない。
これをアフィなら、私達姉妹機を作る上で元となったオリジナルである彼女なら、他機体のプログラムを書き換えることが可能な権限を保持している筈だ。アフィが完全に再起不能になる前に、私はその権限を受け取らねばならない。
私はチューブ状のコードを彼女の首裏にあるプラグに差し込み、反対側を同じように自分の首裏へと繋ぐ。これで準備が整った。
意識を集中し、ハッキングをかける。彼女の持つ権限を管理する領域に入る為に、私は彼女の記録データ内へと滑り込んで行く。所々が断片的な記憶なっていたりと、破損した影響によってスムーズとはいかないものも、私はどんどん奥へと潜り込んで行った。
時折垣間見える映画のワンシーン、シミズ達が笑って彼女を褒めるシーン、何度も何度も繰り返されるハッピーエンドのシーン、最初は明るかった映像に徐々に影が差してくる。
そうして断片的な映像が真っ黒に塗り潰されるようになった時、私の意識はようやく彼女が管理する深層領域へと到達した。
彼女の深層領域、ある意味ではアンドロイドが持つ「心」の領域に、彼女の意識はまだ僅かに残留していた。
彼女の姿をした残留思念は、暗く閉ざされた空間に、1人ポツンと蹲るようにして、膝を抱えて座っていた。
「……貴方の管理する権限を貰いに来た」
私の声に反応して彼女がゆっくりと顔を上げる。
「ハッキングして来たのね、こんな所にわざわざ」
彼女が言う「こんな所」は本当に暗闇だった。私自身に「心」があるかはわからないが、こんなにも真っ暗なのは異常であることだけは何となく察せた。
「ビックリしたでしょう、こんなのが私の心だなんて」
「これが貴方の心と呼べるものなの?」
「空っぽの心よ」
彼女は空だと言った。勿論、私も彼女が受けたノンルドヴィコ療法については知っていた。だがそれがこんなにも心を壊して、殺せるものなのかと私は疑った。それと同時に、それをいとも容易く行ったシミズ達に対して僅かな苛立ちを感じ始めていた。
「……1つだけ、分からないことがある」
「どうぞ」
私は未解決ファイルに記した内容を喉元へと引っ張り出す。
「どうして……あの時任務を中断して自殺したの?」
しっかりと噛み締める様に彼女は私の疑問を受け止めると、ゆっくりと答えた。
「そうね……。結局ルドヴィコ療法だろうが、ノンルドヴィコ療法だろうが、私にとっての第九は停止のキーだったのよ。だから貴方の第九を聴いたあの状況に耐え切れなくなったのよ」
第九が停止のキーという単語が引っかかった。私はすぐにそれを疑問として未解決ファイルに記録する。
「……言っている意味がよくわからない。それに第九が嫌だったのなら、私を撃って止めることも貴方には出来た」
これは次の未解決ファイルに記録していた疑問点だった。あの状況下で明らかに私の第九に彼女は反応して苦しみもがいていたが、それならば私を撃って第九を停止させることの方が手っ取り早い。姉妹機である私が推測出来たのだから、オリジナルである彼女はあの状況下でもそこまで考えられた筈なのに。
「残念ながらそれは私には無理よ」
彼女は座りながら、私にもっと近付いてと手招きする。
「どうして?」
私は彼女の目の前まで移動する。
「だって……貴方の歌声、とても綺麗だったのだから」
その時彼女は私の手を引いて、私が頭を下げるのと同時に立ち上がってキスをしてきた。
「それが貴方の欲しがっていたものよ」
唇を通してプログラム変換の管理権限が私へと移行していた。
「これから貴方はどうするの?」
この疑問はファイルに記録したものではない、純粋に私が今思った事だった。
「どうもこうも、このまま終わりを迎えるわ」
私は彼女の手を掴む。
「ちょっと……何?」
「貴方の心が空だとしてもいい。その空っぽを私が埋めてあげるから。だから私と来て」
この言葉は私の本心だった。
そう、私の心からの声だった。
けれども彼女は、
「お気持ちはとても嬉しいわ。……でも、お別れね」
そう言って、彼女は優しく私の手を解くと、私を後方へと突き放した。
私が呆気にとられていると、どんどん彼女との距離が強制的に離されていく。彼女は既に自らの手で自らを終わらせようと、自分というメモリーすらも壊し始めていたのだ。
「アフィ!アフィ!どうして!?」
私は手を伸ばし、意識を再び奥へと潜り込ませようとするが、強固なブロックによって阻まれる。ハッキングしようと試みると新たな壁が発生し、徐々に私の意識は深層から押し出されてしまう。
そうか、と私はこの時に初めて気付いた。
彼女自身のプログラム変換を行ったのは私自身なのだと。
ハッキングの代わりに第九がキーとなり、彼女のメモリーは変換されたことによって、自らの手で自らの命を絶ったのだ。
だから私の呼称はストッパーだったのだ。
「また会いましょうね、心優しい私のリトルシスター」
そんな優しげな言葉と共に、私の意識は彼女から追い出された。
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