第25話 SF映画2
2.
日が昇り始め、空が青ざめていくと、満天の星達は徐々にその姿を消していった。僕は嫌がりながらも渋々な彼女を連れて、起き始めたシミズさん達に挨拶をした。3人とも驚いた後、すぐにホッとした表情を浮かべ、朝食の準備へと取り掛かった。彼女は償いとしてキムラさんに手伝わされていたが、彼女の焦げたスクランブルエッグが出てこないかと、僕は不安に思いながら、人数分の食パンをトースターにセットした。
火加減が強過ぎだ、と彼女がキムラさんから指摘を受けているのを横目に、僕はシミズさんが淹れてくれたコーヒーを口にする。テツさんは猫舌なのか、啜る度にアチチと言って舌を出していた。
僕の心配とは裏腹に焦げ付いた部分の少ない、見事な朝食が完成し、スーパーマーケットから持って来た食器に移して、5人揃って頂きますと手を合わした。その異様な光景に思わず、全員が吹き出して笑った。
あぁ、平和だ。きっと残りの10日間を、僕はこんなにも幸せな感情で満たして過ごしていくのだと実感ながら、バターを薄く塗ったトーストを口いっぱいに詰め込んだ。
僕達が先に食べ終わり、一番最後に食べ終わった彼女は、ご馳走さまでしたと言うのと同時に
「映画が見たいわ」
と言った。
「開口一番がそれとはな」
「お前らしいけどな」
とシミズさんとキムラさんは笑う。
彼女の方に視線をやると、不服そうな表情を浮かべ、キムラさん達のからかい混じりの視線を跳ね返すように睨みつけていた。
「まぁともかく、何か見てみようぜ。お前さんやアフィが気にいるかはともかくとしてな」
とキムラさんが言うのに対し、
「アフィじゃないわ」
と彼女が食い気味に言い放った。
シミズさん達は3人ともその発言にポカーンとした表情を浮かべて、時間が止まったかのように静止した。
「どゆこと?」
口を開いたのはテツさんだ。他の2人も疑問の表情を浮かべて此方を見て来る。
「えーと……」
そこで僕は昨夜あった事の顛末を話した。彼女が脱走してからずっと映画館の天井に居た事、そして彼女の名前を新たにナインと名付けた事。
「ナイン……」
シミズさん達は口を揃えてその名を口にする。なんだか名付けた僕としては照れくさかった。
「まぁいいんじゃないかな」
とシミズさん。
「10から1欠けてるというニュアンスで、いいっすね」
とキムラさん。
「改めてよろしく、ナイン」
とテツさん。3人とも納得してくれた様だった。
「にしても天井に居たとは、盲点というか、灯台下暗しというか……」
キムラさんが感心した様子で、彼女をまじまじと眺めた。その視線に嫌気が指したのか、彼女はプイッと顔を逸らした。その様子は昨日見つけた時そっくりだった。
「そういえば、あの時、どうして怒っていたの?」
と僕はふと疑問に思った事を聞いてみた。あの時の彼女は充電中の寝起きとはいえ、再度不貞寝をしようとするぐらい苛ついていた。
「まぁ、大方、俺らとお前さんが仲良くやってんのが、近くで見てて気に食わなかったんだろ」
とキムラさん。その発言から彼女は図星といった表情を浮かべた。さすが生みの親なだけはある。
映画を見る前にさっぱりしたいなと、シミズさん達はシャワーを浴びて来ると言って、シャワー室が完備された男性用スタッフルームの中へと向かって行った。
僕もシミズさん達に付いて行ってシャワーに入ろうかなと思っていると、ナインが貴方はこっちよと言って僕の手を引っ張った。どこへ行くのかと彼女に引かれるまま付いていくと、なんと女性用スタッフルームへと連れて来られた。
そりゃ現状の女性は君しか居ないけど、だからって女性用のシャワー室を借りるのはまずいよと彼女に言うも、いいから使いなさいと服を強引に脱がされそうになった。わかった、使うからと僕は彼女には敵わないと、早々に折れて中へいそいそと入った。
気恥ずかしい思いで一杯になりながらも、僕は鏡の前で何日も来ていた服を脱いだ。
そしてその時、僕は初めて知った。
僕の胸は僅かに膨らんでおり、下腹部には男性器も女性器も付いておらず、臍には小型の円形の機械みたいなのが取り付けられていた。
驚きと衝撃から目を大きく開いていると、
「やっと思い出せたかしら?」
と後ろの彼女が鏡の中の僕に問い掛けた。
彼女の言葉が脳裏に電気として流れ、僕の頭を麻痺させていく。
思い出すって何を?
だって僕は、シミズさん達と同じ人間じゃないのか?
目の前に写る自分の姿を受け止められない僕は、頭を抱える。指先に触れる髪の毛や肌の感触は人間のそれと同じ様に思えるのに。
一体何が起こっている?
僕の身体はいつからこうなっていた?
シミズさん達は僕の身体の事を知っていたのか?
無数の疑問が頭の中を駆け巡る。急激なショックに脳が悲鳴を上げているよな気分だった。そして徐々に白い靄がかかったかのように、僕の視界は霞んでいく。
「君は……ナインは、知っていたの?」
意識が朦朧としてきた僕の振り絞った言葉に対して、彼女が何か答えた。
彼女の声は聞こえなかったが、口の動きだけがゆっくりと見えた。
「知っていたわ、アフィ」と。
そして僕はこの映画館で二度目の気絶を迎えた。
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