第24話 SF映画1

SF映画

1.

その日の夜、スターウォーズ談議で疲れたシミズさん達が早々に寝静まった頃、僕は一人映画館の外に出て、空を見上げた。新月なのか、いつもより一層輝きを増した星々が、夜空の中煌めいていた。

僕はその中に、一際青く輝く星を見つけた。その星はなんだか彼女の瞳のようで、僕は少しだけ近づいて見たいと思い、映画館の壁にハシゴをかけて、慎重に上へと登った。

ギィギィと軋む音を立てる映画館に、僕はシーと人差し指を口元で立てながら、観客席の天井付近へと移動した。

「うわぁ……」

と思わず感嘆の声が漏れるほど、星が近くで見えた。さっき見つけた青く輝く星はどこだろうと上を仰ぎながら慎重に天井を歩くと、足元に何かが触れた。

「なんだ……?」

と目を凝らしてよく見定めると、僕の足元には様々な形の太陽光パネルが継ぎ接いだかのように乱立して並べられていた。恐らくこのパネルのお陰で、映画館内は電気が供給され続けているのだと僕は初めて知った。

パネル同士の隙間には無数のチューブが繋げられており、暗闇に少し慣れ始めた目でその配線先を追っていくと、チューブがとある塊を終着点して集まっていた。

パネルとは異なるそれに目を凝らすと、それは散々探し回って見つからなかったはずの彼女で、まるで何も無かったかのように、出会った頃と変わらず口を開け、長いまつ毛が特徴的な瞼を閉じ、横になって眠っていた。

僕は驚いて大声を上げそうになった口を、瞬時に手で塞いだ。灯台下暗しとは正にこの事だと思いながらも、僕はすぐ近くで安眠する彼女の横に、音を立てないようにゆっくりと腰を下ろした。

目が次第にはっきりと暗さに順応してくると、彼女の周りには細長いチューブが巻き付いており、更に目で追うとチューブは彼女の胴体や背中に直接刺さっており、それが映画館の天井や壁を伝って中へと繋がっているようだった。

「充電してるのか……」

僕はポツリと小さな声で言ったつもりだったのだが、その声に反応して彼女の閉じた瞼がピクッと反応し、うぅんと唸りながら、瞼がゆっくりと開かれ、青く光る目が瞬いた。

「えっと……やぁ、久しぶり……」

寝転がった姿勢のままこちらをじっと見る彼女を、とりあえずなだめるように、僕は気さくを装って話しかけた。

一方で彼女は突然起こされたのに苛立っているのか、憮然とした表情でぷいっとこちらに背を向けて不貞寝を始めた。

「えっと……怒ってる?」

チューブの繋がったその小さな背に向かって声をかけるも、返事は一切帰ってこなかった。

「シミズさん達から色々と聞いたよ。その事を怒ってるのなら謝る……でも、君の事が心配で、もっと色々知りたかったからで……」

そこで彼女はぐるんと身体を回転させ、こちらを向いた。暗い夜中に凛と光るその青い瞳に、僕は圧倒されて、次の言葉が喉元でつっかえた。

コンコンと彼女は自身の隣を手で叩いた。その合図は僕にも横になれと言っているようで、僕は流されるまま彼女の隣に横になった。

「おぉ……」

仰向けになると、満点の星空が視界いっぱいに広がって目に写った。

落ちてきそうなほど瞬く星々に思わず見惚れていると、彼女に二の腕を突かれた。さっきの続きを話せという事らしい。

「えっと……だから、もし怒っているのなら許して欲しい。また君と一緒に映画を見たいんだ……

ダメかな?」

横にいる彼女の煌めく瞳をじっと見据えて、僕は彼女に謝罪をする。彼女は少しの間見つめ返した後、僕の手を取り、手のひらを指でなぞる。どうやら文字を書いているみたいだったが、最初はこそばゆくて読み取れず、もう一回と頼んでようやく解読した。

「ひとつだけじようけん」

「条件?」

と聞くと彼女はゆっくりと瞼を閉じて同意を示した。

「わたしのなまえ」

「名前?って、アフィっていう……イタイッ!イタイッ!」

彼女の名前を口にした途端、彼女は僕の手のひらをつねった。

「それいがい」

「わかったから、もうつねらないでね……」

名前を新しく付けて欲しいとの事だった。どうしたものかと空を仰ぐと、再び青く輝く星が見えた。僕はその星を指差して彼女に聞いた。

「ねぇ、あの星なんていうの?」

彼女が星を見上げて、やがて確信したように僕の手のひらにスラスラと書いた。

「おおいぬざのしりうす」

「シリウスか……いいんじゃないかな?」

カッコいい名前だったし、彼女の瞳と同じ青色からピッタリだと思ったのだが、彼女は微妙な映画を見た時みたいに、どうもイマイチといった反応をした。

「えっと……じゃあ、青からブルーっていうのは?」

と聞くと、今度は流石に安直過ぎるといった表情を彼女は浮かべた。

「えぇ……じゃあ、あのシリウスってどのくらい離れているのか分かる?」

とりあえず僕は、彼女とのやり取りが久々で嬉しく、この手のひらの会話が続くように、話を引き伸ばそうとしていた。

「やく9こうねん」

優しくなぞられたその軌跡は、僕の手のひらを伝って、頭へと流れて来た。

「9か……」

思えば僕と彼女で、初めて意見が合った映画も「第9地区」で、9が含まれていた。シミズさん達も彼女を作るのに9年かかったと言っていた。

9。10から1を引いたその数が、なんだか彼女にピッタリな様に僕には思えた。

「9……ナインってのはどうかな?」

僕自身は気に入っていたが、また安置過ぎただろうかと彼女の方を向くと、彼女はこちらを見つめて、満足したように微笑んでいた。

約束も果たし、彼女の機嫌も無事に収まったところで、僕は提案してみる。

「それじゃあ、一緒に戻らない?」

と僕が身体を起こして立ち上がると、彼女も横になった姿勢から身体を起こした。どうやら賛同してくれるみたいだ。

「立てる?」

と手を差し伸べると、彼女が手を乗せてくれたのだが、思いの外、手に掛かった彼女の体重が重たく、僕は逆に引っ張られて、前のめりに倒れこんだ。

「ごっ、ごめん、怪我とかしてない?」

手を前について彼女の方へと向くと、彼女がフフッと微笑んで、僕の顔を両手で引き寄せて自分の顔を近づけた。

彼女が目を閉じ、長い睫毛が僕の目の前に来て、鼻が擦れ、唇が触れ合った。

思わず驚いたが、やがて僕も彼女に合わせて目を閉じ、数秒間の間、彼女の温もりを頭に、深く強く焼き付けた。

しばらくして、唇がそっと離れた。

「やっぱりこういう事は映画じゃ分からないわね」

久しぶりに聞く彼女の声は、悪戯めいていて、儚く散る火花のように、僕の脳へと染み渡っていった。

「実際にしてみてどうだった?」

僕は気取って相槌を打つ。本当は心臓が早鐘を打っていて、声が僅かに震えていたが、それを精一杯隠した。

「悪くは無かったわ……私にも恋愛感情があるのかしら?」

彼女は左手を胸の中心に添えて確認していた。

「もう一回、確認してみる?」

僕が提案すると、彼女が吹き出して、釣られて僕も笑った。お互いに笑い合って、そして今度は僕の方から彼女に顔を近づけた。


おおいぬ座のシリウスが瞬く冬の夜。僕らの生活が終わる日、地球に巨大隕石が衝突するまで、残り10日だった。

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