第20話 ロボット映画1
ロボット映画
1.
嵐は去ったのか、雨はすっかり上がり、朝日が暗い映画館内に差し込んで来ていた。
地球に帰還したシミズさん達は、アフィによる事件の全ての責任を押し付けられ、アフィと後続機達の破壊処理を命じられたという。
「私達は世紀のマッドサイエンティストとしてメディアに囃し立てられ、地球への帰還後は、こうしてホームレスの仲間入りという訳さ」
唯一オリジナルのアフィの亡骸と、それを持ち出したストッパーの機体を残して、とシミズさんは付け加えた。
目を伏せて、静かに語るのを終えたシミズさんは、少し外の空気を吸いたいと映画館の外へと出て行った。
眠りから覚めたキムラさんが、新しく入れてくれたコーヒーを啜りながら、僕はシミズさんから聞いた話を、もう一度思い出しながら整理する。
まず、彼女の名前がアフィということ。
人間と同じように心を持っていたこと。
そして、ハッピーエンドの作品を繰り返し見せ続けて、アフィの中に生じた心を殺したということ。
アフィは心の死んだ処刑アンドロイドとなり、宇宙ステーションでの殺人を命令されたが実行できず、自殺してしまったこと。
その後は、姉妹機によって連れ去られていたこと。
僕は整理していく中で、ふと疑問に思ったことを、近くのキムラさんに聞いてみた。
「あの、キムラさん。彼女、アフィは自殺してたんですよね?」
「ああ」
「じゃあどうして」
「どうして今も生きているのか?だろ」
キムラさんはあのスーパーマーケットから持ってきたのか、新たな食料を使って朝食を作っていた。器用に右手でフライパンを使いながら、もう一方の左手で眼鏡をくいっと上げた。
「ボディがな、アフィにしては簡易的なものにパーツがいくつか変わっていたんだ。おそらくは自分で直したか、或いは……」
「……姉妹機であるストッパーのボディを使っていると?」
「と俺らは考えている」
アフィだった当時の彼女を知らないが、シミズさん達が潜伏していたスーパーを、彼女が僕の救出として強襲した時、シミズさん達は彼女の事を初見ではアフィとは気付いておらず、僕のことを人質に取っていたのを、僕は思い出した。
手塩にかけて重宝したアフィとしてのボディではなく、簡易的で早急に作ったという姉妹機のボディともなれば、見分けはついてもそれがアフィ自身であると判断するには乏しかったのかもしれない。
そういえばと、僕はまたしても疑問が浮かび、キムラさんに再び問い掛ける。
「あの後、深夜に来た時……どうして殺して欲しいだなんて頼んだんですか?」
「あぁ、あれか……」
キムラさんが完成した料理を皿へと移した。美味しそうなオムライスである。
「とりあえず、ほれ」
「えっ、あっ、すみません……いただきます」
スプーンで一口すくって、口へと放り込む。
「美味いか?」
「はい、とっても」
卵がフワフワの半熟で、チキンライスの酸味も相まって、一口、また一口と食べる度に美味しさを実感した。
「実はな……シミズさんは未だに政府が俺らを監視していると思ってるみたいなんだ」
口まわりをケチャップと食べカスで汚しながら、キムラさんが言った。
「監視……ですか?」
確かに一度は宇宙ステーションへ連れて行く程、政府はシミズさんとテツさんを含めた3人の事を信用していた。未だに監視されていてもおかしくはない話だ。
「つまり、監視されていると仮定した中で、自分達が殺される事で、アフィが処刑用アンドロイドとして機能すると証明する為に、俺らは殺される覚悟で来たって訳だ」
「そんな……無茶苦茶な」
「まぁ煽るだけ煽ってみて、殺しに来てくれると思ったんだがな」
汚れた口元を袖で拭いながら、軽々しくキムラさんは言う。自分達が死にかけていた事よりも、彼女を、アフィを何とかして宇宙へ送りたいといった執念じみた物を僕は感じ取った。
宇宙ステーションには未だに多くの人が辿り着けていないらしく、各国の首脳達は我先にと飛び立っておきながら、国民達に関しては放置といった状態だと、ネットのニュースで取り上げられていた。
「まぁ人類としての新転地に行くわけで、限られた資源で最大効率の働きをする人員だけ、ピックアップしてるってわけだな」
「つまり、そのピックアップに選ばれれば……」
「あぁ、お前は行けるかもしれないな」
「キムラさん達は?」
「俺らは顔バレしてるし、今更無理だろうさ」
とりあえず、とキムラさんの指導のもと僕は2階のパソコンから国際宇宙ステーションのホームページへとアクセスした。
そこから「test」と書かれた部分をクリックすると、英語で記された無数の問題が画面いっぱいに広がった。
「超高難易度の数学問題から諸外国の歴史問題、果ては専門職でも難しいとされる検定試験の数々ってとこか」
「……これを解けないと辿り着けないと?」
僕は一瞬で絶望感に押しつぶされた。やはり限られた天才しか行けないのか。
不安げな僕の顔から察したのか、キムラさんが僕の頭にポンと手を置いた。
「天才ならここに3人もいるぜ」
そうしてキムラさんはカタカタと高速でタイピングをし始めた。解くのに数日はかかりそうな問題を次々と難無く解いていくその姿は、ホームレスの様な格好をしていても、彼が天才であると僕は改めて認識させられた。
キムラさんがとある問題で躓くと、寝ていたテツさんを叩き起こして一緒になって解き始めたり、シミズさんにアドバイスや確認を取ったりしながら、順調に着々と進めていった。
「ほら、ラストだぜ」
テストを始めて約2時間で、超高難易度の試験問題50問を最後の一問を残して解き終わっていた。
「おっと、こいつはお前が解かなきゃな」
とキムラさんがこちらを振り返る。
「えっ、僕には解けないですって……」
僕が首を横に振って全力で否定すると、キムラさんは少し笑った。
「いや、最後のはテストというより、ただの質問なんだ」
とシミズさんが優しく教えてくれた。
僕は内心ビクビクしながらもパソコン前に着席した。3人の天才が解いてくれたこの答え達を無駄にしないように、僕は目を凝らして画面を見つめる。
「あなたの趣味は何ですか?」
何度見ても、画面にはそう書かれていてた。不安に思った僕は振り返って3人を見るも、3人とも半分にやけながら、穏やかな表情でこちらを見返して、頷くだけだった。
僕は括弧の中身を消して、代わりに答えを打ち込んだ。
「映画鑑賞」と。
送った数秒後に、すぐさま帰ってきた返信結果は「不合格」だった。
クックックと嫌らしく笑うキムラさん、それに釣られてプッと吹き出すテツさん、アッハッハと豪快に笑うシミズさん。
思わず僕も声を上げて、3人と顔を見合って笑い合った。
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