第19話 復讐映画4
4.
私達がアフィに行った実験は、皮肉にもノンルドヴィコ療法と言われ、彼女と彼女の心を、徐々に蝕んでいった。
延々と繰り返されるハッピーエンドの作品達は、彼女にとってどれ程辛い物だったのだろうか、と今でも私は考えてしまうよ。
実験経過の最終段階にもなると、彼女の心は既に死に始めていた。傷ついた人を痛めつけたりこそしないが、助けようと手を差し伸べてる事もなく、じっと怪我人を観察して、苦悩する様を時々微笑む……そういった事もあったよ。
幸福感溢れる物を避け、抑圧の反動からか、人や生物が大量に死ぬ作品ばかりを好む様になっていった。
ん? あぁ……勿論、時計仕掛けのオレンジも彼女に見せたよ。まるで取り憑かれた様に、何度も何度も繰り返し見ていたかな。それからかな、機嫌が良い時に、彼女は「雨に唄えば」を口ずさむ様になったのは……。
その後、政府からの申請で、生物を実際に扱った処刑実験の依頼が来た。軟体生物から始まり、魚類、爬虫類、鳥類を難なく殺害し、マウス、ラット、小型犬と、彼女は命令を忠実にこなしていった。「雨に唄えば」を歌いながら動物達を虐殺する彼女は、まるで時計仕掛けのオレンジの主人公、アレックスが乗り移ったかのようだったよ。
私達はこのままではいけないと思い、急遽新たなアンドロイドの作成へと取り掛かったんだ。もう私達人間の言葉は彼女に届かない。だが同じアンドロイド同士ならば、彼女の行き過ぎた行動を、いつか起こり得る暴走を止められるかもしれないと思ったんだ。そうして彼女の容姿に近づけ、姉妹機としたストッパー役のアンドロイドを連れて、私達は政府の手を借りながら宇宙へと飛び立った。
十数時間で宇宙ステーションに到着し、今回の原因である殺人を行なった彼と、アフィは遂に出会った。
私達科学者はミラー越しに様子が観察できる隣の部屋で、彼とアフィのやり取りを見ていた。拘束されながらも必死で殺さないでくれと訴えかける彼に対し、情の欠片も無いといった様子で、彼女は銃を突きつけていた。
彼女が撃鉄を下げ、引き金に指を掛けたその時、ある曲が流れ始めた。それはベートーヴェンの第九「歓喜の歌」で、ストッパー役の姉妹機だった機体から流れていたんだ。
その音色を聴いたアフィは、さながら時計仕掛けのオレンジのアレックスの様に頭を抱えて苦しみ始めたよ。
私達が彼女の様子がおかしいと気付き、慌てて駆けつけた時には、彼女は既に自分の顳顬に拳銃を当てて自殺した後だった。
そしてその日の夜、アフィの姉妹機だったストッパー役のアンドロイドが、アフィだった機体を連れて宇宙ステーションから逃亡したんだ。
結果として、処刑用アンドロイド案は棄却され、私達は解雇、宇宙への逃亡も許されなくなり、今も尚地球にいるという訳さ。
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