第9話 ファミリー映画2

2.

その映画のタイトルは「Bread」といって、直訳すれば「食パン」というタイトルになる。食パンってどんな映画だよ、と思うかもしれないが、この映画は、食パンを手に取って買おうとする男性の描写からスタートする。

男性はアレンという名前で、彼は病院で悪性の癌に身体を蝕まれている事を知らされ、寿命宣告を受けていた。そんな彼は何気なく手に取った食パンの包装に、当たり前の様にプリントされた賞味期限が自分の寿命よりも長いことに気が付き、言葉にできない重圧感を体感する。その後も何気なく目に写る数字が自分のタイムリミットのように感じてしまい、彼は部屋に閉じこもって、じわじわと迫り来る自分の寿命に怯えた生活を送るようになる。

そんな生活を数日も過ごして、彼は精神的に追い込まれて自殺を考える。大量の睡眠薬を用意して、いざ死のうとしたその時、1本の電話がかかり、彼を引き止める。どうせ最後だと手に取った電話の主は、別れた元妻からで会いたいといった内容だった。元妻とかつての息子や娘達と不器用ながらも接していく中で、やっと見つけた家族間の温もりを感じながら、残り僅かな寿命を過ごしていくといったよくあるファミリー映画の模範的な内容だった。

映画のラストシーンが終わり、エンドロールが流れ始めた。僕は何度も見たラストに目頭が熱くなって、若干すすり泣き気味になったが、横にいる彼女を見ると、彼女は以前と違って、あくびしたりとつまらなさそうな態度こそ露骨にしてはいなかったが、興奮して頬が紅潮しているでもなく、満足したとは言い難い、何とも不完全燃焼といった表情を浮かべていた。

「ごめん、つまらなかったかな?」

僕は思い切って聞いてみた。

「いえ……、面白かったと思うわ……。こういったジャンルの映画ってもっと他にあるの?」

「もちろん、あるよ」

歯切れの悪い返事だとその時は感じたのだが、彼女が興味を持ってくれたのだと解釈して、僕は涙を拭いて、彼女と一緒に上映室へと向かい、気になった映画を見ようと思い立った。

ファミリー映画といったジャンルの明確な格付けはともかくとして、僕は大きなジャンルの括りとして存在しているものだと考えていた。だからファミリー映画はアクション映画も恋愛映画も冒険映画もドラマ映画もSF映画もコメディ映画などを含む、ホラー映画や一部の映画ジャンルを抜いた、家族間や恋人同士で楽しめる映画のことを指す映画ジャンルだと、少なくともこの時までの僕はこう思っていた。

「これはどんな映画?」

上映室に着くと、僕がパソコンにカタカタと適当に文字を入力して、それにヒットした映画を眺めていると、彼女も気になったのか、こうして僕に何度か尋ねてきた。

「あぁ、『タイタニック』か……。沈没する船、タイタニック号の中で男女の2人が最期の時まで恋に生きる……そんな映画かな、見てみる?」

「名前は私も知っていたのだけれど、意外とどんな映画かは知らないものね……。さっそく見てみましょうか」

そうして僕と彼女は「タイタニック」をセットして観客席に戻った。が、上映終了後の彼女は露骨に不機嫌そうにして一言

「この映画は何というか、長いわ……」

と感想を述べた。

「194分……約3時間超といったところか」

「船が氷山に衝突して、タイタニック号が壊れていくシーンとか、タイタニック号の客員達が海にボトボト落ちていくシーンは迫力があって面白かったわ。でも……」

「でも?」

「映画全体の半分ぐらいは延々と甘ったるいラヴロマンスに費やすじゃない? 」

「まぁそういう映画だしね」

「私としてはせっかく後半は素晴らしい盛り上がりを見せるのに、前半の内容の必要性がよく分からなかったわ」

「ふむ、まぁそっか……」

彼女の言う通り、タイタニックの後半はかなり迫力あるシーンが満載で、監督の指示で実際のタイタニック号の半分を作って撮影した為か、リアリティが他の作品と比較しても高いと僕は思っていた(実際の豪華客船の半分を作った事から製作費も映画史の中でもトップクラスである)。それでも彼女にとってはトータルではイマイチだったらしく、僕は彼女には恋愛映画は合わなかったかくらいにしか捉えていなかった。ならば、と僕はファミリー映画として、もう少し盛り上がりが続く映画をチョイスしようと思った。

「他の映画も見る?」

と聞くと、彼女は口を尖らせながらも

「えぇ。無駄に長いのは勘弁よ」

「わかったよ」

一緒に映画を見ていてると、やはり彼女は基本的にハッピーエンド物を元々苦手としている事が分かっていたが、家族愛だったり、恋愛模様を描いた映画も嫌う傾向にある事が新たに判明した(あとは長い映画もか)。これらを踏まえた上で僕は何本か選択して彼女と一緒に見ていったが、イマイチ彼女の心を射止められず、彼女は「ちょっと疲れたわ」と言ってそのまま座ったまま目を瞑って眠りについた。

時刻は深夜12時を過ぎていたが、僕自身は気絶していた事も相まってか中々眠くないので、外を少しぶらつこうかなと思い立った。

このまま彼女に見たくもない映画を見せ続けるのも酷だなと思いつつも、ファミリー映画を好きになってほしいと願う僕もいて、そんな風にトボトボと映画館内を歩き回り、段々と暗くなってくる空模様を窓から眺めつつ、映画館の出入り口の自動ドア前まで来ると、そこにはボロボロの服を着た男性達3人が扉を隔てた外に立っており、こちらが外に出るのを待っていたの如く、仁王立ちで立ち並んで、こちらをじっと睨んでいた、

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