第8話 ファミリー映画1

ファミリー映画

1.

彼女に助け出され、捕らえられていた倉庫から脱出すると、スーパーの店内は僕が訪れた時よりもだいぶ変わり果てていた。立ち並んでいたショッピング棚はドミノ倒しのごとく倒れ崩れ、足の踏み場も無いくらい、様々な商品で溢れて散らかっていた。

話し声の主と思われる男性達は3人いて、それぞれが頭や腹部を抑えながらこちらを睨んだまま、倒れ込んでいた。

僕は頭を殴られた痛みで、フラフラとした足取りなのを、彼女の肩を借りて支えてもらい、当初の目的だった食糧と調理器具をスーパーから持ち出し、その場を後にした。その様子を黙って見届ける3人の男性達と、その男性達を監視の如く、睨み続けている彼女には申し訳なかった。

「気に病むことはないわ。私達も終末までここに暮らすのだもの」

スーパーを出て、ようやく解放される様になっても、僕が浮かばれない表情をしていたからか、彼女はそう言った。もうノートは使用しなくなったらしい。

「そう……だけどさ」

冷徹な彼女の声が槍のように、モヤモヤとしたガス状の僕の心にも深く突き刺さる。

「全く……どこまでお人好しなのかしら。あのままだったら、貴方は殺されていたかも知れないのよ?」

僕は喉元に付いた傷をさする。ナイフを押し付けられた時に出来た傷で、今は出血も止まっているが、もう少し深く刺さっていれば、僕は確実に死んでいただろう。

「……その通りだと思う。あのままだったら僕は地球の終末以前に死んでいたかもしれない。だから助け出してくれた点では君に感謝してるんだ」

「だったら……」

「だから尚更さ。僕は彼らと同じ立場にいたら、同じようなことをしたかもしれないんだ」

「……私達で言えば、あの映画館をいきなり襲撃されたようなことだものね」

彼女は自分の手の平を閉じたり開いたりして、その動きを見つめていた。僕には彼女自身も、自分の行った事が全て正しいとは思っていないように見えた。

隣を歩く彼女は女性として平均的な身長で、僕より僅かに低い。肩まである黒髪が、歩く度に揺れ、それはまるで本物の髪のようだった。学校の制服を思わせる白のブラウスに黒のスカートに、コツコツと鳴るローファーなど、見た目は普通の女子高生にしか見えなかった。そんな彼女が実はロボットで、あんな怪力じみたパワーを持っているとは、今でも半ば信じられなかった。

「……どうかした?」

「いや、べっ、別に……。それよりどこか傷ついたりとかしてない?」

じっと見つめ過ぎて彼女に気付かれてしまった事に動揺し、僕はとっさに適当な事を聞いた。

「特に問題無いわ。貴方こそ頭と首の傷は大丈夫なの?」

「うん……大丈夫だよ」

良く良く思えば、先程彼女を見ていた時にも外傷らしき物は見当たらなかった。無傷であれだけ荒れ散らかしたのかと僕は改めて驚かされた。

「本当に?他にどこか痛んだりしてない?」

と彼女はこちらを伺ってくる。

「あっ、強いて言うなら1つだけ」

「何?」

「卵が全部潰れてしまったのはショックがデカいかな……」

「どうやら頭を強く打った後遺症が残ってるみたいね」

聞いた私が馬鹿だったと言わんばかりに、彼女は呆れた表情で、僕を小馬鹿にして笑った。

やっと会話出来たのと、彼女の声が聞けるのが嬉しくて、他愛の無い話を繰り返して、僕達は散々笑い合って、散々寄り道をしながら映画館に戻って来た。

映画館に戻ると、卵を割ってしまったお詫びとして、彼女は卵焼きを作ってくれると言っていた。その間に、僕は道中の電気屋さんから持ってきたトースターをコンセントに繋ぎ、食パンをセットして焼きあがるのを待った。ロボットが作る卵焼きはさぞかし完璧で上手に出来上がるのだろうと僕は予想していたのだが、彼女の作る卵焼きはぐちゃぐちゃに崩れ、最終的に焦げたスクランブルエッグになった。僕は焼きあがったトーストを2つ折りにして、洗って切ったレタス、焼いたベーコン、彼女お手製のスクランブルエッグを間に挟んで食べた。空腹だったことも相まって、とても美味しく感じた。

「ちょっと失敗しちゃったけれど、美味しそうで何よりだわ」

彼女は頬杖をついて僕の食事を眺め、満足そうにそう言った。

これのどこがちょっとなのだろう。僕は自分がかじったトーストを見つめる。鮮やかに黄色く成功した箇所は僅かで、殆どが黒くなった焦げとなっていた。この苦味の元が無ければ尚更美味しいのだがと思ったが、目の前の彼女には言わない事にした。

「あっ、そう言えば……」

と僕は食パンから、とある映画の事を思い出した。不器用な中年主人公が、食パンを手にした所からスタートし、残り僅かな寿命の中で悪戦苦闘する話だ。

「……少し休憩したらまた映画を見ましょうか」

「あぁ、うん」

僕が映画の事を考えたのが表情から読み取れたのか、彼女がうすら微笑んだ。

彼女が好むと良いなと、僕は次に見る映画に思いを馳せながら、食パンの最期の一切れを口に放り込んだ。

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