第5話 ゾンビ映画2
2.
その日は何年かぶりに夜通し映画を見続けた。彼女は相変わらずで、僕が思わずスクリーンから目を背けるようなシーンも、爛々と目を輝かせ眺めており、逆に僕が感傷に浸ってエンドロールを眺めていると、退屈そうにスクリーンを横目にあくびしていた。連続で5作品ほど見た後、今月公開の映画を全部見終わってしまい、僕達は手持ちぶたさになってしまった。
僕は月に数日は通って映画を見ていたため、毎月更新される映画の殆どを既に見てしまっており、まだ見ていない映画といえば、この映画館に通い始める前の作品に限定された。それでも有名な作品の殆どは網羅している自信はあったし、正直あと見ていない作品といえば、彼女が喜びそうなスプラッタやホラーといった僕の避けてきたジャンルの作品が残っていた。
どうしたものかと頭を悩ませていると、彼女が何かを書き始めていた。ノートの用紙がもう残り少なくないのか、今までよりも小さな字で繊細に書いており、その様子はやはり、おしとやかな普通の女子高生に見えた。書き上がったノートには
「何かもっとこうヤバイ作品とか、グロテスク過ぎて見たくもないみたいな作品ある?」と書かれていた。
前言撤回。繊細でおしとやかな女子高生はこんな事書かないだろう。
「ヤバイ作品かぁ……」それこそ、ミストなんかは色んな意味でヤバイ作品だが、あれに並ぶとなるとなぁと考えていると1つのジャンルが思い浮かんだ。
「そうだ、ゾンビ映画とかどうかな」
ゾンビ映画。今でこそ当たり前にある映画ジャンルの1つだが、公開当初から今も苦手な人は多いはずだ。だって死体が歩き回るし(たまに走るし)、人の肉を食すという、まさに見てはいけないものがやってはいけないことをするという、二大禁忌を混ぜ合わせたジャンルなのだ。
ホラー映画は昔から多く存在しており、恐怖対象が幽霊だったり、殺人鬼だったりが一般的であった頃から、怖いもの見たさで多くの人気を博すジャンルだったが、ゾンビ映画だけは一線を画した。気の合う友人同士や恋人同士のカップルでさえも、当初は敬遠し、興行収入では余り伸びなかったという話がメジャーだ。
昨今ではテレビゲームやアニメーションの普及も相まって、ゾンビ作品は当初よりは馴染み深いものがあるが、未だに苦手で見れない人も多いことだろう。かく言う僕もその中の1人だ。いくらエイリアン映画やアクション映画でグロテスクな映画に耐性が有ったって、彼女はまだ女の子だ。ゾンビ映画ともなれば彼女の表情もたちまち曇って、余りの気分の悪さに途中退出するかもしれない。
そんな彼女も見てみたいといった好奇心から、僕はゾンビ映画界の巨匠とも呼ばれるロメロ監督作品の「ゾンビ」をセットして、いそいそと観客席へと向かった。
さあ彼女はどうだろうかと僕は見てみると、やっぱりというかある意味予想通り、彼女はゾンビが軍警と戦い始めてからは終始興奮気味で、頬が紅潮するくらい気分が上がっていた。嘘だろ、と思う僕は彼女とは反対に、途中で気分が悪くなってしまい、外へ出て新鮮な空気を吸うことにした。
外の景色はいつの間にか朝を迎え、徐々に日が差し込んでいた。僕は明るくなっていく街中をぶらぶらと歩いてみた。深夜に見て回った映画館の周辺より少し離れた所なら、ひょっとしたらまだ誰か居るかもしれないとそんな淡い期待を胸に抱きながら。やがて僕は歩道橋を登って、高い位置から車道を見下した。明るくなって来ても出歩く人影はおらず、自転車や歩行者、自動車も走っていない閑散とした街中は、改めて僕に全てを察したかのような物寂しさを感じさせた。
「僕が普段、何気なく生活していたこの街は、こんなにも変わって見えてしまう場所だったんだな…」
ふと独り言のように、そんな言葉がポロリとこぼれ落ちた。
そろそろ映画も終わった頃だろうかと、僕は踵を返して戻ろうとすると、カンカンと歩道橋を登って来る彼女の姿が見えた。どうやら下から上に居る僕の姿を発見したらしい。
「ごめん、結構離れちゃって」
彼女の表情は怒っているようには見えなかったが、どこか無表情だった。
「別に、気分は良くなった?」
ノートのページの下の方、僅かな空白も埋めるように書き詰められていた。
「おかげ様でもう大丈夫」
この大丈夫は何に対しての大丈夫なのだろうと、僕は自分で口に出しておきながら、不思議に思った。ゾンビ映画に対してなのか、人が居なくなったという街に対してなのか、今の僕には分からず、トボトボとした足取りで映画館へと戻る彼女の後を追って歩いた。
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