第4話 ゾンビ映画1

ゾンビ映画

1.

外を見ると日が暮れ始め、時計を見るともう17時を回っていた。もう1つくらい映画を見ていこうかと悩んでいると、ふと目の前の少女のことが気になった。彼女は一緒に第9地区を見てからというもの、どこかしら上機嫌な様子で客席に腰掛け座っており、こちらをまじまじと見ていた。

「もう夕方だけど、君は家に帰らないの?」

彼女の見た目は高校生くらいだったので、学校をサボってこの映画館に来ていたとしたら、そろそろ学生は下校時刻だろうと思って、僕はそう質問をした。だが彼女はそれを聞いて一瞬キョトンとした後、声も出さずにケラケラと笑った。そんなにおかしなこと言ったかなと考えていると、彼女は押し殺した様に笑って震えながら、ノートに何かを書き記した。

「あなた今がどんな状況か知らないの?」

「今って……」

言いかけた言葉を飲み込んで、僕は頭の片隅で引っかかっていた疑問が、機会を伺っているのに気が付き、僕はその事を彼女に尋ねた。

「街の人達が殆ど居なかった……」

僕の言葉を聞いて、彼女の口角が上がるのがわかった。

「街だけじゃないわ。世界中が今、大変なのよ」

「大変って、具体的にどう大変なんだ?」

そこで彼女はハァと溜め息を吐くように、肩を下げる。

「あなた本当に何も知らないの?」

「……知らないよ。いっ、一体何が起こっているをだ?」

僕の言葉は知らずのうちに震えていた。

「世界は、というよりも地球が今、終末を迎えているのよ」

彼女の綺麗な字で書かれた「終末」の二文字に僕は釘付けになって目が離せなかった。気付くと僕はゴクリと喉を鳴らして、生唾を飲み込んでいた。

その後、彼女から聞かされた話はまるで映画のようだった。地球に巨大な隕石が向かって来ているということ。衝突までおよそ1か月無いということ。衝突したら地球は助からないということ。人々の殆どが各国の宇宙センターへと駆け込み、我先にと宇宙へ飛び立って、宇宙ステーションや月に建設されたドーム都市で、新たな生活を過ごす準備をしているということ。

それらを聞いた僕は開いた口が塞がらなかった。そのままフラフラとしたおぼつかない足取りで階段を上がって、上映室へと向かい、そこに設置されていたパソコンを使って僕はインターネットを開いた。そこには無数のニュースが次々に掲載されており、総理大臣や各国の首脳達が既に宇宙へ飛び立ったといった情報が目に飛び込んで来た。

はっとして横を見ると、こちらをじっと眺める彼女が壁にもたれかかって、立っていた。

「僕らも……宇宙へ行けるのか?」

口が渇き、やっと出た言葉はかすれていた。

彼女は目を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。

それを見た僕は糸の切れた人形の様に、その場に膝から崩れ落ち、ずっしりとのしかかる重たい瞼をゆっくりと閉じた。

再び目を開けると、すっかり日が落ち、月も高い夜中だった。どうやら僕は余りの出来事に頭の処理が追いつかず、少しの間、気絶に近い睡眠をしていたらしい。彼女が見当たらなかったので、僕は映画館から出て、彼女の言っていたことが本当か、街中を見て回ろうと思った。

大都市では無いが、車や住人達が夜中でも多かった街中は、比べ物にならないくらい静まり返っていた。街灯の灯りが唯一の灯りといった感じで、街中のビルや家々は灯りも人気も感じられず、夜に紛れる黒い巨大な影でしかなかった。この街の人達は自分達の居場所を、地球を捨ててしまったのだと改めて僕は実感させられた。

誰も居なくなった街中を歩いていると、後ろからコツコツと足音が聞こえた。他の住人がまだいたのだと僕は期待して振り返ったが、そこに居たのは先程の映画館で出会った彼女で、手提げ鞄を手にして立っていた。がっかりした僕はその場に腰を下ろして夜空を見上げた。月と星が以前よりも明るくはっきりと見て取れるのが分かった。

「……僕らはこの街と同じで、捨てられてしまったのかな」そんな言葉がふと、僕の口からこぼれ出た。

彼女の目がスッと細まり、少し考える素振りをした後、鞄からノートを取り出して、今までと違って勢いよく何かを書き記し、それを僕の目の前に勢いよく突き出した。

「だから何? 捨てられただなんて今更だわ」

「それよりも残り短い期間をどう過ごすかが重要じゃない?」

「あなたは最期までそうやってうだうだ言うつもりなの?」

「私はゴメンだわ。どうせ死ぬなら私は最期の最期まで楽しんでいたい」

「今だって、こうして無駄なことに時間を割くくらいなら、映画を見ていたいわ」

衝動的に書かれたその文字列は荒ぶっていて、先程までの彼女が書いた綺麗な文字とは遥かに異なっていた。それでも、否、だからこそなのだ。彼女の抱える感情も、今もまた映画が見たいという思いも、僕には理解できて、同時に共感できた。そうだ、どうせ死ぬなら最期の最期まで映画を見てやろう。残り僅かな人生でどれだけ多くの映画が見られるかはわからないけど、僕の一生を終えるには、これ以上なく相応しいんじゃないかとさえ思えた。

「ありがとう」と僕は立ち上がって彼女に礼を言う。

彼女は笑って、僕達はまた古びた映画館の方に向かって歩き出した。

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