第145話 逃走犯と深海の主
正巳達は手分けして車両の行方を捜していた。
サナは、中央通りを。
ボス吉は、匂いを辿って。
そして、正巳は基地――建物の上から捜している。
見つけ次第、それぞれ持っている通信端末を通して、連絡を取り合う事になっている。ボス吉は、何やら匂いを辿るのに苦労しているようだが、徐々に辿れているらしい。
……ボス吉に丸っきり頼れば、結果的に追えるのだろう。
しかし、黙って付いて行くだけなど、出来なかった。
少しでも早く見つけなくてはいけない。
焦りが眼球運動を加速させる。
しかし、目につくのは立ち止まって、緊急放送に聞き入る兵士達の姿ばかり。やっと、車両を見つけたかと思えば、その殆どがバギーだった。
まあ、水陸両用車が出動するのは、中々特殊な状況だろうから、それも当然なのだろう。
――そもそも、水陸両用車自体が走っていないのだ。
少し大きい車両を見つけたと思ったら、物資輸送用のトラックだったり……
バギーと同じく、この基地にある水陸両用車は、マムが介入して操作する事は出来ないらしい。理由はいくつか考えられるみたいだが、一番可能性が高いのは『ここで独立した機構をしていて、備え付けの通信設備と外部と接触のある機能が無い為』という事だった。
どうやら、この基地の"水陸両用車"は何世代かモデルが存在し、岩斉と綾香が乗って居るであろう車両は、最も古い型の車両らしい。
古い型の方が、車体サイズが大きく、綾香が隠れる際により"安心"だと感じたのかも知れなかった。
「っつ、くそっ!」
正巳は、上から捜すのを中断し、地上に降りた。
降りた先には、緊急放送を聞いていた兵士が居たが、流石に驚いていた。
まあ、三階分――高さにして、八メートル程の場所から人が降って来れば、誰でも驚くだろうが……正巳は、その驚いている様子に構わず、問いかけた。
「おい、水陸両用車 ――アレは……ボルクスタール三型と言うのか―― を見なかったか? ここ数十分の間に一台稼働していた筈なんだが」
早口で言った為、少し困惑していたが、正巳が"威圧"を放っていた為か、何も
その様子を確認した正巳は、そこから横の道に入り、同じくそこで緊急放送を聞いていた兵士に同じ質問をした。
が――どの兵士も同じ答えだった。
『"知らない"』
再び、別の兵士に聞こうとしたのだが――通信が入った。
「主、見つけました! 至急我の居る場所まで!」
「――了解」
ボス吉が、見つけたらしい。
「マム、ボス吉の場所までナビゲートだ」
「はい、パパ。先ずは、目の前にある施設の上に登って下さい」
言われて前を見ると、そこには訓練施設と思われる小山があった。
「了解、最短距離だな?」
「はい、パパがそうお望みでしょうから」
マムの答えに満足すると、言われた通りに、目の前の施設に登った。
いや、"登る"というよりは、駆けあがるようなイメージが近かっただろう。
手と足に、限界寸前までの力を込めると、飛び上がった後に腕力で体を上方へ飛ばした。
……少しだけ、骨がきしむ音がしたが、お陰で一瞬にして施設の上まで出た。
すると、マムから次の指示があった。
「次は、右手の建物に飛び移って下さい」
聞いた直後、正巳は飛んでいた。
――その後、幾らも経たぬうちに、正巳はボス吉の元に辿り着いていた。
「主!」
「何処だ?」
大型犬ほどのサイズになっているボス吉の背には、サナが乗って居る。
「この先にです」
「ここは……海か!」
「はい、ここから先で匂いが途絶えていますが、間違いなくこの先に」
「行くぞ! ……マム、水陸両用車及びブラックを、こっちに寄越してくれ」
走りながら、マムに指示を出した。
水陸両用車は、岩斉と綾香を追う手段だ。
対して、ブラックはもっと速戦的な手段で用いる。
「パパ、ブラックは帰還ギリギリの燃料です!」
「それじゃあ、ザイに"依頼"を出した上で、何時でも飛べるように待機しておいてくれ」
いざとなれば、ザイ達に上空から降下して貰う。
「開けるぞ!」
直後、基地から海へと繋がっている道が終わった。
目の前に広がるは、月の光に照らされている砂浜。
そして、果てしなく続く―― 海。
一見、何も無いように見える海の中、目を凝らすと―― 見えた。
「……6,7キロ先か」
恐らく、ココの浜から出て、10分程しか経っていないのだろう。
……泳いで追いかけるのは論外だが、このままでは、車両が来ても追いつく事は出来ない。待機中指示をした、ブラックを飛ばすのも手だが――
「マム、ザイに繋いでくれ」
「はい、パパ―― 繋ぎました」
直ぐに、マムから中継完了の返事が有った。
恐らく、予め近くに呼んでおいたのだろう。
「出ましょうか?」
「いや、変更だ。近くの倉庫からヘリをかっぱらって、マムの誘導通りに飛ばして来てくれ。あと、忘れずに――」
ザイにヘリの要請をした後、正巳はボス吉とサナに『車両が来たら乗ってくるように』と言っておいた。予想通りであれば、ふたりは心配して、付いて来るだろう。
サナの場合は、『面白そう』と言いそうでもあるが……
そんな事を考えていると、ここまで聞こえていた緊急放送 ――王子と将軍の放送だが―― が一瞬途切れた。
何やら、別の警報が一瞬鳴った。
が、それも本当に一瞬の事で、直後には再び放送が続けられていた。
……放送自体は、将軍が『――であるからにして、今こそわが軍は国民を守るために自覚を――』と演説している所だった。
将軍の放送の間に、マムから通信があった。
「パパ、カウント10,9――……」
どうやら、迎えが来たらしかった。
……タイミングは一瞬だ。
このタイミングを逃す訳には行かない。
サナとボス吉に、『あとで来い』と言うと、砂浜を海に向かって走り始めた。
「5,4,3――」
――見えた!
『"バリバリバリ"』
空気を振動させる音が鳴り渡る。
そこに現れたのは、軍用ヘリ通称――アパッチだった。
「――2,1」
「ハアッツ!」
打ち寄せる波と、水面に向けてジャンプした。
直後に横を通り抜けて行くロープを掴む。
――そう、ヘリに付けるように頼んだのは、荷物を吊下げる際に使う"ロープ"だった。
ロープを掴んだ瞬間、手を放さない様に両腕で握る。そして、ヘリに繋がったロープが、急上昇したヘリに持ち上げられ――
「強化だぁー!」
別に、叫ぶ必要は無い。
ただ、反射的に叫んでいた。
……腕が千切れそうな衝撃に、盛り上がった肉体の"強化"で対抗する。
……肩から手首にかけて、ミシミシと悲鳴を上げ続けている。
が、その"悲鳴"もやがて静まった。
……気のせいか、掴んだ腕が若干長くなっている気がする。
「痛いのは、痛いな」
「……パパ、無茶し過ぎです。パパがこんな危険を冒すんだったら、しなければ……」
マムが呟いていた気がしたが、今はそんな余裕はない。
ヘリと水陸両用車では、圧倒的にヘリの方が速度が速い。
その為――
「降りる」
真下には、既に海の上を進む車両の姿があった。
飛び込む寸前、マムから心配した声が聞こえた。
「――パパ!」
……そう言えば、『装備が重いから、呼吸機構が実装されるまでは、装備を付けたまま海に入らない様に』と言われていた気がするが、まあ、如何にかなるだろう。
――ロープを離した瞬間、気温がぐっと下がったのを感じるが、この程度は大した問題では無い。
ザイの操縦は正確で、マムの指示通りに操縦してくれたようだ。
お陰で、下半身を海に沈ませながらも、車両に掴み乗る事が出来た。
さて、後は岩斉から綾香を守る事だが――
流石に、ヘリと俺が落ちてきた音で気が付いたらしい。
『"ガコン"』と音がすると、車両のハッチが開いた。
……顔を出して来たのは、岩斉だ。
が、何やらこちらを見ると、ひどく驚いていた。もし、綾香を車両内で見つけていたのであれば、追ってくるのは予想が付いたはずなのだが……
「もしかして……」
目の前で閉じたハッチを見つめながら、ある仮説を立てていた。
半ば祈る様にして、ハッチの蓋に手を掛けると、力の限りに引っこ抜いた。
すると、『"バゴンッ!!"』と音を立てて、ハッチの蓋が飛んで行った。
はるか後方に飛んで行った蓋に視線をやった後で、中に呼びかけた。
「岩斉、車両を止めれば殺しはしない。約束しよう」
字づらは"交渉"の体を取っていたが、正巳が発している殺気とを持って考えると、既に選択肢など無かった。この状態で、岩斉が取れる手段は限られる。
そして、岩斉の性格から分析するに、取ると思われる手段は一つなのだが――
「ぜ、絶対だぞ! 殺さないと約束だぞ!」
……想定していた行動と違う。
――いや、まだだ。
「ああ、今すぐに停止すればな……運転席からは動くなよ」
さあ、どう答える?
「……わ、分かった」
段々と、車両の速度が落ちているのが分かる。
……何故だ?
……いや、『
「降りるぞ――」
言った直後に、車両内へと降りた。
――そこに、死体は無かった。
……一先ずホッとする。
最後の可能性として、"既に……"という可能性が残っていたのだ。
最後の不安要素が消えた今、順番に手順をこなして行くだけだ。
一旦緩んでしまった殺気を、運転席へと向けた。
「さて岩斉。もしお前がその足を、アクセルに乗せでもしてみろ。その命は無いからな」
運転席から岩斉がこちらを見ている為、周囲を確認する事は出来ないが、乗ってみて分かった。確かに、この車両の中は広い。大人4人が横に座っても十分に余裕がある。
これなら、
内心ほっとしながら、一呼吸すると言った。
「綾香、もう大丈夫だ。 ――帰るぞ」
すると、それ迄ずっと隠れていたのだろう。
後部の資材が動き――
「――お兄様!」
「……無事か?」
気を抜きそうになるのを抑えながら、飛びついて来た綾香を後ろ手に擦った。
「信じてました!」
そう言っている綾香の手は、小刻みに震えていた。
……相当怖い思いをして、耐えていたのだろう。
見つからなくて、本当に良かった。
もし、見つかっていたらと考えると、本当に恐ろしい。
このままここに居ても危険なだけなので、綾香には車両の外に出るように言った。
すると、『待ってますね』と言って、出て行った。
綾香が外に出たのを確認すると、正巳は運転席に近寄ったのだが――
「このボケがぁ!」
止める間も無く、岩斉がアクセルを踏んだ。
踏まれた瞬間、車両が一気に加速した。
「止めろ!」
そう言って、首をロックした。
しかし――
「ぞんなごとし出ていいのかぁ? 寒いぞぉ」
抑えたにも拘らず、そう言って来た。
"加速"、"寒い"……今上には――
「クソっ!」
岩斉に構っている場合ではないと気が付き、急いで車両のハッチから外へと飛び出した。
「綾香!」
車両の上に出たが、そこに綾香の姿は無かった。
……暗闇の中、暗視モードを使う。
……いた。
「スーハ―……スー」
一呼吸すると、海へと飛び込んだ。
……今は4月の初めだ。
まだ、この時期の海は寒い。
長時間海に浸かっていては、生命の危機になる可能性すらある。
入水した瞬間から、気温差をダイレクトに感じる。
……女子供に、この気温はキツいだろう。
綾香が浮いている方角へと、大方修正すると、そのまま泳ぎ始めた。
……後方では、エンジンのかかった音がした。
素早く水を掻く。
ひと掻きで進めるだけ、最大限まで力を入れる。
……見えた。
「ぷはぁ! 大丈夫か、綾香?」
「だ、だいじょ、うぶ……少し寒いだ、け」
近づくと肩に手を回し、なるべく体温が綾香に伝わるようにした。
見ると、岩斉の乗った車両は、既に離れた場所まで行ってしまった。
「大丈夫だ、直ぐに迎えが来る」
……来る前に、車両で後を追う様に連絡して来たのだ。
今頃、こちらに向かってきている所だろう。
今向かってきているのは、マムが操縦するウチの車両だ。
万が一にも、場所を見失う事も無いだろう。
そんな事を考えていたら、本当に見える距離に近づいて来ている車両基、水陸両用車が見えた。……水面から見ていると、それ程遠くまで確認できない。
それにも拘らず見えるという事は、既に大分近くまで来ているという事だ。
「ほら、迎えが来たぞ!」
「は、い……」
綾香が、震えた声で返事をする。
……大分寒さで凍えて来ている。
再び、迎えまでの距離を確認しようと思ったのだが――
突然出現した"気配"に、それ処ではなくなった。
何か、背筋を冷や汗が伝うような感覚だ。
……油断できない気配がある。
「……サメ?」
いや、それはあり得ない。
サメ如きでは、こんな感覚を覚えない。
少なくとも、訓練中に水中でやり合ったサメからは、こんな"気配"を感じた事は無い。
その気配に気を取られていたら、すぐ横に迎えが来ていた。
「リーダー……じゃなくて、正巳!」
見ると、バロムがこちらに手を伸ばしている。
「この娘を頼む」
「ああ、分かった!」
綾香をバロムに引き上げさせたのと、
一瞬、足首に何かが噛みついた感覚があった。
気配を探ってみると、ミスをした事に気が付いた。
先程感じた不穏な気配が、直ぐ真下に移動していたのだ。
「ッチ!」
舌打ちした次の瞬間、正巳は海の中へと引きずり込まれていた。
こういう時、一番不味いのはパニックを起こして、体内の酸素を失う事だ。
……何故か、一定期間水中に居ると、水中での呼吸が出来るようになっていた正巳だが、"適応"が済む前に意識を失うと、不味い事になる。
だからこそ、ここは、平静を保つことが大切だ。
……しばらくの間、水中を引っ張り回された。少し経つと、"適応"が済んだ正巳は、水中で呼吸が出来るようになっていた。
途中で、ふと思いついた正巳が、気配を消してみた。
すると、降下は抜群だった。
それ迄、水中を引っ張りまわしていたのが、気配を消した途端に、止まった。
……どうやら、襲って来た生物は、こちらの気配を感知する事が出来るらしい。
不思議に思いながら、やがて見えるようになって来た水中に、目を凝らした。
すると、足に噛みついている生き物の姿が見えた。
――この時、正巳の瞳を見た者が居れば、その眼球を薄い膜が張っていた事に気付いただろう。それは、水中で
水中ではかえって邪魔に寝る仮面は、動きを制限しない形態へと変形していた。
そして、目の前にいるのは……
(これは……まさか、水龍?)
そう、そこに居たのは、長い胴体と、幾つものヒレを備えた蛇の様な生物だった。
(王子が言っていたのは、嘘では無かった)
少しの間見惚れていたのだが、足に噛みついたまま、ガジガジとかじって来るのに、少しうんざりして来た。……傷が開くそばから再生する為、正巳の足が千切れる事は無い。
しかし、今足に噛みついている生物……りゅう、竜、龍?は、一向に足を諦める気が無いらしい。それに、何となく
(取り敢えず、威嚇だな……)
このまま逃がすのはもったいないと思ったので、気配を消したまま体を起こして行くと、足に噛みついていた生物の頭をガシっと掴んだ。
動揺してるのが伝わって来る。
……見える範囲のヒレが、一斉にピクピクと動いているのだ。
頭を掴んだ後で、それ迄消していた気配を"殺気"に変えて、一気に叩きつけた。
すると――
(……おいおい、マジかよ)
水中で、その生物は失神してしまった。
このままでは、ゆったりと海中深くまで、沈んで行く事になる。
(起きてくれないかな……)
そう思いつつ、片手でパシパシと叩いたのだが、ダメだった。
(仕方ない、強い信号を送るしかないな……)
一瞬、頭を挟んでいた力を緩め、次の瞬間、一気に強く絞めた。
『絞めた』とは言っても、頭が砕けない様には加減をした。
すると―― 効果てき面だった。
水中を震わせるほど大きな"叫び"を響かせると、それ迄死んだようになっていたのが、一気に水面に向かって飛び出したのだ。
「グオォオオオォオオォオオン!!」
水面を飛び出した生物は、唸り声を上げた。
口の近くに居た正巳は、一瞬で鼓膜が破けたが―― 直ぐに塞がった。
一度、唸り声を止めたのを見計らって、少し強めにその頭を叩いた。
「うるせぇえよ! 聞こえてるわ!」
すると、まさかまだ頭に引っ付いているとは、思わなかったのだろう。
ピタリと動きを止めた後に、小さく『オォオオォン』と鳴いた。
その様子を見て、明らかに知的な部分を感じた正巳は、何か懐かしさを覚えていた。
「昔にもこんな事が有ったような……ん?」
何となく思い出した生き物はいたが、その生き物とは、余りにも姿かたちが違う。
あり得ないだろうな、と思いながらも、聞いてみる事にした。
「もしかして……"ゴン"か?」
「……?」
俺が頭に乗って居ると云うのに、頭を横にして来た。
「……マム、翻訳は?」
「はい、パパ。一応、ゴンに通じるように翻訳しています」
マムは、俺が頼む前に翻訳していたらしい。
「何時からだ?」
「パパが、ゴンに話しかけた時からになります」
という事は、ゴンが俺に話しかけた言葉は、まだ翻訳されていないという事だ。
「ゴン、返事をしないと……うん、食べちゃうぞ?!」
……こんな生物に対して、なんて言って脅したら良いのか分からなかった為、何とも間抜けな脅し文句になってしまった。
しかし――
「そんなぁ、忘れたなんて訳じゃないんだなぁ……食べないで欲しいなぁ。おりゃを食べるなら、先っぽだけにして欲しいなぁ……ごめんなさいなんだなぁ……あるじ"カンザキ"」
いきなり、スラスラと長文で話し始めた事に、驚くと同時に思った。
……何だか懐かしいし面白いけど、いつ俺が主になったんだろう?
何となく、大分前にマムから『パパは、キメラの主です!』と聞いたのを思い出していたが、まさかこういう形で再会をする事になるなどとは、夢にも思っていないのであった。
突然黙り込んでしまった正巳に対して、ゴンは心の中で『少しだけ、先っぽだけならかじっても良いから、あるじは許してくれないかなぁ』と思っていたのであった。
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