第144話 消えた車両

 正巳と王子達は、自動昇降機エレベーターから直接確認できない場所に居た。

 居た・・とは言っても、別に連携して事に当たる為に控えていた訳では無い。


 バックアップは、サナとボス吉に頼んである。


 では、何をしているのかと言うと"待機"だ。

 待機・・つまり、完全なる待ち状態である。


 今から作戦に入る訳だが、その全ては将軍の単独作戦と言う事になる。

 万が一の際は、バックアップであるサナ達がフォローする。


 そもそも、目的がムスタファ大佐の確保な訳で、現状における最善を考えた結果だ。最も、今回一番の不安要素が将軍な訳で、将軍が『自分がやる』なんて言い出さなければ、そもそも問題は無かったのだが……


 とは言っても、万が一の際はサナのフォローで、どうにかなるだろう。もし将軍が怪我を負ったとしても、多少のモノであれば治療薬でどうにかなる。


「パパ、開始します」

「ああ、やってくれ」


 マムがカウントを開始した。


「……3スリー2ツー1ワン


 微かに『"ガコン"』と音がして、自動昇降機エレベーターが動き出した気配がある。"音がして"とは言っても、とても静かなモノで、恐らく相当に耳が良くないと聞き取れない程だろう。


 ……極秘基地と言うだけあって、やはり金がかかっている。


「降下開始しました」


 マムには予め、状況を実況するように伝えている。

 ……幾ら任せているとは言え、状況は把握しておきたいのだ。


「ポイント通過まで、残り9,8,7……」


 ポイント地点には、サナとボス吉そして、今回のメインである将軍が待機している。


 "待機している"とは言っても、別に待機室や何かがある訳でも、その為の設備がある訳でもない。今将軍達は、剥き出しの壁に張り付いているのだ。


「……3,2,1 ――微弱な振動を検知。予定通り配置完了を確認」


 ポイントまでは、壊れた側から登って行った。そして、今マムから報告が有ったが、問題なく自動昇降機エレベーターの天井に飛び乗れたらしい。


 予定通りであれば――


「当該階まで、4,3,2――現着!」


 マムからの報告を受けて、隣に待機していた兵士の一人イムルに、突入する合図を送ると、≪了解≫と返って来た。そのまま、音を立てずに近づいて行くと、中に滑り込んだ。


「……クリア。問題ないようだな」


 開いたドアから中に入ると、そこには抑え込まれた男と、抑え込んでいる将軍の姿があった。抑え込まれているのは、ムスタファ大佐で間違いないだろう。


 正巳は、押さえつけられているムスタファ大佐を、その場で武装解除し始めた。


「解除――両椀クリア、両足クリア、上半身クリア、下半身クリア……オールクリア」


 結果、銃身の切り詰められた散弾銃が一丁。それに、右肘部分から仕込み刃物一つ、左足からは刃の真っすぐなストレートナイフ一本が見つかった。


 腰についているポーチを確認したが、凡そ弾丸類が入っていた。


 一通り確認して、後ろに向けて合図を送ると、間を置かずにイムルが入って来た。

 ……イムルは俺のバックアップだったのだ。


イムルが入って来た後で、自分のポーチから拘束用のワイヤーを取り出すと、ムスタファ大佐を拘束した。このワイヤー拘束具は、岩斉を捕えた時に使ったモノと同じ物だ。力ずくで逃れられるような代物では無い。


 手首を拘束した後で、大佐を立たせた。……この後も移動する必要がある為、足には拘束具を付けていないのだ。


 大佐が立ち上がると、それまで静かにしていた理由が分かった。

 ……首筋に薄く赤い線が入っている。


 恐らく、将軍が大佐を脅した際に付いた傷だろう。

 静かなのは、大方『話せば殺す』とでも言ったのだろう。


「死んで無いな……」


 大佐の様子を確認しながら呟くと、それ迄一言も発しなかった将軍が、少し恨めしそうに言って来た。


「お主の言った言葉のせいだろうに」


 ……機嫌が悪そうだ。

 いや、我慢しているせいか?


「効果あったみたいだな」

「どうだか。ったく、コイツが騒ぎでもすれば、顎の形が変わるまで殴ってやれもしたのになぁ! それに、お主も大概よなぁ……殿下を人質に取るなど」


 そう言いながら、こちらを睨んで来る将軍に、苦笑いを返す。


 万が一が起きない為に『大佐が死んだら、王子が疑いを向けられて、クーデターが納まらない可能性が有る』と言って、保険を掛けていたのだ。


 多少大袈裟では有るが、嘘ではない。

 その事を理解している為、将軍も手にかけなかったのだろう。


 ため息を付きそうになるのを抑えて、将軍のバックアップに声を掛けた。


「ふたり共、もう良いぞ!」


 そう言うと、開いていた天井から一人と一匹が降りて来た。


「終ったなの?」

にゃあぁもう良いので?」


 若干物足りなそうにしている。


「終わりだ。……ほら」


 言いながら、ムスタファ大佐を指差すと、サナは一瞬頭を捻った後で『見た事あるなの!?』等と呟いていた。多分、"アリ・ババ"で大佐と会った事を、思い出し掛かっているのだろう。


 ……まあ、サナは興味が無い事はとことん憶えていないから、それも仕方ないだろう。


 頭を捻っているサナを見た将軍が、サナの頭に手を置いて撫で始めた。……言葉は分からない筈だが、恐らく、その可愛らしい仕草にやられたのだろう。


 一応、これで問題は解決された。


 大佐は先程から青い顔をしているが、それも当然と言えば当然なのだろう。


 個室の中で衰弱している筈の将軍が元気で、しかも自分を襲撃して来たのだ。始末する気だった大佐としては、叫びたいレベルに違いない。


 それだけでは無い。ここには、捕え逃した俺達までいる。

 ここに王子が加わったら、大佐はどういう反応をするだろうか……


 未だに若干の余裕が伺える大佐に、少しだけ興味が湧いた。


「イムル、他の者も呼んで来てくれるか?」

「ハッツ! ……それは、全員と言う事ですか?」


「そういう事だ」

「……分かりました!」


 そう言って、イムルが足早に歩いて行ったのだが……隣で"思わず"と言った風に、呟いた声が聞こえて来た。


「なにっ!?」


 すると、大佐の斜め後ろに居た将軍が、すかさずパンチした。

 ……飽くまでも"パンチ"であって"殴り"では無い。


 その違いは、本気っぽいかだけ・・だが、将軍のそれはパンチだった。

 しかし、パンチっぽくない『"ズン"』という音がした。


「うぐぅ――」


 大佐が、うめき声を上げたが、直ぐに声を抑えた。

 ……その視線は将軍へと向けられている。


「……」

「……」


 何とも、微妙な間がそこにあったが、王子達が来た事で空気が変わった。

 大佐が取り乱し始めたのだ。


 ……まあ、当然だろう。


 これ迄は、客人である正巳達に対しての非礼か、将軍の監禁が問題となっていた。

 しかし、ここに王子とその一行が現れれば、その点が繋がる。


 大佐は、岩斉から『忠告』を受けていたらしい。

 ……計画が潰される可能性が有るぞ、という忠告を。


 それを受けて、この場に居るメンツを見れば、自分の計画クーデターが潰された事に、それほど苦労せず結びつくだろう。


 ……その証拠に、大佐の額からは汗が伝ってきている。


 汗を流しながらも、大佐は何かを探す様に、一人一人の顔を順々に見始めた。

 恐らく、糸口となる可能性ひとを探しているのだろう。


 しかし――


「……悪いが、ハサンは居ないぞ?」


 正巳がそう言うと、それ迄視線を世話しなく動かしていたムスタファ大佐は、反射的にこちらを睨みつけ、静かにしていたのが嘘のように、怒鳴って来た。


「貴様ぁ! 貴様さえ居なければ、今頃は全て上手く行ってたんだ!」


 そして、俺に向かって体当たりをして来たのだが――


「――黙れ」


 将軍が、ムスタファ大佐の肩を、手に持っていたナイフで突き刺した。


「ぐぁっ!」


 ……大佐は一瞬声を上げたが、直ぐに自分の口元に腕を持って行き、声を抑えている。こうしていると、何となくこちらが悪者のように思えてくるから不思議だ。


「そんな所で辞めておいてやれ……俺が挑発したのも悪かったな、そうだな――サナ、薬を表面に塗ってやれ」


 そう言うと、サナが『分かったなの!』と言って、薬を取り出した。……マムが気を利かせて、他の人にも分かる様に翻訳した為だろう。


 サナが薬を塗る際に、将軍がサナを持ち上げていた。

 ……サナには、爺さんを虜にする可愛らしさがあるのだろう。


 そうでないと、大佐の治療の為に将軍が、手を貸す事は無かった筈だ。

 そんな事を考えていたら、薬を塗り終わったサナが『できたなの!』と報告して来た。


 本来飲んで使うモノだが、塗るだけでも表面の傷を塞ぐ位の効果はある。ただ、飽くまでも塞ぐだけであって、今回みたいな刺し傷の場合、中の傷までは治療されない。


 恐らく、刺された場所が当たる度、痛むだろう。


 サナに『良くやった』と言いながら、一先ず大佐を連れ、地上へと戻る事にした。


 全員乗り込むと、マムに『地上まで』と言った。

 ドアが閉まると、一瞬の浮遊感と共に上昇し始めた。


 上がって行く間に、今後の流れを確認していた。


 将軍と王子達は、大佐を連れて緊急放送をしに行く。そこで、クーデターに加担していたメンバーに対して、その中止を呼び掛けるのだ。


 ……中には、将軍や王子に関係なく、クーデターが必要だと思っている兵士がいる可能性もある。その事も考慮して、今後一切の反対行動をした者は、国家の敵として認定する事を明言するらしい。


 この緊急放送は、有事の際にしか使用されない特殊なモノらしく、その権限は基地の最上位者――つまり、基地の総司令官であるムスタファ大佐が居ないと放送出来ないらしい。


 当然、マムが手を出せば、権限など関係は無い。


 しかし、余り他国のセキュリティに割って入り、力を示しても良い事は無いだろう。少なくとも、要らぬ警戒心を買うだけだ。


 そう考えた正巳は、マムの手助けが有れば大佐は必要ない事を、言わないで置いた。もし、何か問題があった時に、手を貸せば良いだろう。


(俺達は飽くまでも、多少力を持っている事を示す程度で良いのだ)

 ……そんな風に考えていた正巳は、王子や将軍が"多少"では無く、それこそ『"最大級"の注意が必要な相手だ』と考えている等とは、知る由も無かった。


 ただ、今回に関しては、この食い違いが良い方に動いていた。……"危険な相手"という認識が、正巳達に対する国としての対応が軟化する、大きな要因になったのであった。


 それもその筈、国の中枢に近い人物二人と、国王が信頼を置いている優秀なスパイが、揃って『友好関係を全力で死守するべきだ』と提言していたのだ。


 それもこれも、アブドラ達が無事に国へと戻った後の話ではあるのだが、そんな事を知る筈の無い正巳は、常に控えめに行動しようとしていたのだった。


 ―――― 


『地上へ着きました』


 マムから、到着の告知があった後で、開いたドアから降りた。


 ドアから出ると、そこには数人の兵士が居たが、そこに将軍が居るのを見た兵士達は驚いていた。ただ、アブドラ王子の顔を知っているものは少ないらしく、将軍に丁寧に扱われている様子を見て、不思議そうにしていた。


 王子は軍に於いて、自分の立場を明らかにしていないのだろう。

 ……それでないと、自由に各国を渡り歩く事など出来ない為、ある意味では当然だろう。ただ、それにしては兵士達が余りにもそっけない気はしたが……


 もしかしたら、王子としてのアブドラは、兵士としてのアブドラとは違うのかも知れない。


 ――演技的な意味で。


 何にせよ、地上へと戻ってきた一同は、二手に分かれていた。

 二手とは言っても、アブドラ達と正巳達と言った風に分かれただけだが。


 アブドラ達と別れた正巳とサナとボス吉は、岩斉を探し始めた。

 ……頼りなのは、マムの情報とボス吉の鼻だけだった。


 ボス吉は、基地本部から外へと続いている岩斉の匂いを辿って、外に出た。


 すると、それ迄上空に光の輪を描いていた戦闘機が、綺麗に整列して地上へと降り始めていた。……どうやら、マムが着陸の操作をしたらしい。


 そうでないと、あれほど近い感覚で着陸を行う事は出来ないだろう。

 その後、間もなく基地――いや、島全体に緊急放送が流れ始めた。


 緊急放送のメロディは、不穏な印象を受けるモノだったが、注意を集める目的としては、申し分ないのだろう。そのメロディが終わると、将軍の声で放送が始まった。


 凡その内容は、想定通りの内容だった。


 その放送の途中で、上空を、少し懐かしく感じる機影が通り過ぎ、空いていた滑走路に着陸して行ったのが見えた。


 どうやら、"ブラック"の燃料が足りなくなる前に、間に合ったらしかった。


 ほっとしていた正巳だったが、ふとボス吉が止まっている場所に、違和感を覚えていた。


「どうした?」


 ボス吉に『匂いが追えなくなったのか?』と聞くと、ボス吉から『違います、主』と答えがあった。そんなボス吉に『それじゃあ、どうしてこんな所で立ち止まっているんだ?』と聞いた。


 すると――


「ここで、匂いが薄くなりましたぞ。恐らくは、ココにあった乗り物に乗って……」


 と答えがあった。


 しかし、ボス吉が立ち止まっているそこには、止まっていた筈の車両が無かった。


「……水陸両用車か。それにしても、確かここの車両には……」


 嫌な予感が外れている事を願いながら、そこに停まっている他の車両の中を見て回り始めた。


 しかし、全ての車両の中には、探している人が居なかった。


 段々と血の気が引いて行くのを感じながら、マムに急いで連絡していた。


「マム、最優先で綾香の乗っている車両――この国の、水陸両用車で稼働している車体を探してくれ!」


 ――綾香は、岩斉と共に消えていた。

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