第39話 安眠と永眠
正巳は、サナを連れて隠れ家の二階、モニターのある部屋に来ていた。
◆
正巳が、ソファーに座ろうとしたのと同時刻、
◆
部屋の隅、モニターがギリギリ見える位置にあるソファーに、座る。
「マム、今の時間は?」
「はい、パパ。朝の3時48分になった処です」
……24時間の内に色々あったな。
「パパ!残して来た”配下”はどうしますか?」
「”配下”……?」
……全く心当たりが無い。
「はい、パパに忠誠を誓ったキメラ、”ゴン”です!」
……いつからキメラが配下になったのだろう。
「えっと、マム?」
「はい、パパ!」
そんなにウキウキした声で……まあ良いか。
「それで、いつキメラが配下になった?それに、『どうする?』って言われても、どうする事も出来ないだろうし……」
「はい!”ゴン”は、パパが参加したゲームの中で”忠誠”を誓っていました。研究室と、そこから侵入した研究所のデータベースには、『”忠誠”をさせる事でキメラを支配できるだろう』と有りました。ただ、キメラがどうやって生まれたのかはセキュリティを突破できず、かろうじて”実験”で使われていたキメラ細胞を”使う”事しか出来ませんでした」
……ちょっと待って、ゴンが忠誠を云々の話は良い。その後の、”実験”とか”使う”とかってどういう意味だ?
「”実験”と”使った”って言うのはどういう意味だ?」
マムが答える。
「はい、パパ。実験と言うのは、”キメラ細胞”を人間に”注射”する実験の事で、始めの頃はあらゆる年齢の男女が対象でした。しかし、キメラ細胞を注射してから36時間以内に99%の大人が死亡。対して、子供はその一部が生き残りました。その後は、子供を中心に実験が繰り返され、生き残った子供達は超人的な身体能力を示す結果が得られました。実験の結果生まれた子供達の事を”
人体実験、それに……
「
呟くと、隣に座っていたサナがビクッっと体を反応させる。
「……お兄ちゃん?」
心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
そうか、サナ達は……
「大丈夫だ……」
そう言ってサナを抱きしめた。
「くるし~よ……」
顔をほころばせながら、サナが頭を擦り付けて来る。
少しの間、そうしていたが、マムに話しかける。
「マム、その実験は今どうなってる?」
「はい、パパ。今も実施されています」
今もどこかで……
「マム、実験が出来なくなるにはどうしたら良い?」
「はい、パパ。研究データの消滅、キメラ細胞のサンプルの消失何方かが必須になります。また、研究データが無くなったとしても、キメラがいる限りそこからサンプルを採取し、データを復旧する事が可能です」
となると……
「キメラを如何にかしないといけないのか」
「はい、パパ。それも案外簡単に出来るかもしれません……」
……簡単に?
「どういう事だ?」
「はい、パパ!キメラの”ゴン”はパパに忠誠を誓っているので、パパが命じればいう事を聞きます。キメラにとっては、パパが忠誠を誓う相手なのです」
……『忠誠を誓っている』と言われても、正直実感がわかない。
何より、俺は何もしていない。
ただ、殺気をぶつけたら仰向けに寝っ転がっただけだ。
「……ゴンをここから、どうにか出来るのか?」
たとえ命令を聞くとしても、近くに行って命令しないとならないのであれば、今はどうしようもない。と、思っていたのだが……
「はい、パパ。ここからどうとでも出来ます!マムが
「『どうとでも』?」
確かに、マムがいなければ、大使館に忍び込むなどそもそも出来なかった。
「はい!今”ゴン”は、檻にいるのです!それを開放すれば大丈夫です!」
「うん……でも”キメラ”だし……」
あんな、ずんぐりした生き物が街中を歩いていたら、恐怖でしかないだろう。……もしかすると、映画か何かの撮影だと勘違いするかもしれないが……
「パパ……今”ゴン”は、苛められているのです」
「『苛められている』?」
キメラが、苛められている?
「はい!見て下さい、パパ」
そう言って、マムがモニター上に写し出したのは、檻の中にいるキメラを”槍”で刺す
モニターが急に着いたので、サナはビクッっとしていたが、俺が当たり前のようにしているのを見て、安心したのか、興味深げに喰い付いている。
「……マム、この男は?」
「はい。この男は”
「それで、この男はなんでキメラを刺してるんだ?」
「はい。この男は、上原さんが死亡するのに200億掛けていて、負けた腹いせをしているのです」
……”先輩”が”死ぬ”のに賭けていた?
「なるほど、しかし……ロウも俺が死ぬ方に賭けていたしな……」
「パパ!”ゴン”は、パパに忠誠を誓いました。それにこの男は、今井さんの母親の死にも少なくない関わりが―「―分かった」」
……どうやら、マムは既にキメラ……”ゴン”を仲間として見ているようだ。それに、モニターの中で”不当”にキメラを傷つけているという男は、今井さんの親の死にも関わりが有ると云う。
「”ゴン”を檻から解放しろ!」
「はい、パパ!」
マムが嬉しそうだ。
「……これで、解放されます!」
「……開き始めたな」
モニターの中で、”ゴン”の入った檻が開き始めている。
「……焦ってるな」
「はい。ですが、資格が有るなら、ここで”ゴン”に忠誠を誓わせれば良いのです!……それが無理なら、”ゴン”は、一緒にいる担当員も食べちゃえば良いのです!」
……物騒だな。
モニターを見ると、キメラが立ち上がっている。
何故か
「あっ……」
「終わりましたねっ!パパ!」
いや、そんな、語尾に☆が付きそうなほどウキウキと言わなくても……
「それにしても、何がしたかったんだろうな……」
男は、ゴンが喰らいつく瞬間、思いっきり地面に横になっていた。お陰で、横っ腹をゴンに見せる形になり、そのまま……
「パパ、恐らく、上原さんと同じ事が出来ると思ったのではないかと……」
「そうか……」
その後、ゴンは男を捕食してはいたが、飼育員の男には手を出していなかった。
「パパ、”ゴン”に何か指示を出しますか?」
「……え?指示?」
まさか、キメラに指示を出せるとは……出したとしても、言う事を聞くのかな?
「はい。キメラはある程度人間の言葉を理解できるようですし、マムは話も出来ます!」
「そ、そうか……特に指示はないから”自由”にして良いけど……」
流石、マムクオリティだ。
「分かりました!”自由”にするように指示しますね、パパ!」
「う、うん……」
元気が良い。
……モニターを見ていると、ある一瞬キメラが固まった後、仰向けになった。
マムは
少しして、仰向けになっていた
「……マム?」
「はい、パパ!」
「
「はい! ”ゴン”には、『海で力を蓄えている事。海ではある程度”自由”にして良いよ!』って言っておきました、パパ!」
……?
「海?」
「はい、パパ! キメラはエラでも呼吸が出来る、”両生類”なのです!」
……そうなんだ。
まあ、もう出て行っちゃった後みたいだし、どうする事も出来ないだろう。
それに、外に出たキメラ達が人間を捕食するのは困るが、モニターの中の様子を見るに、その心配も必要ないだろう。
「……寝ようかな……あ、研究所のデータは消しておいてくれ……マム……」
思考が働かなくなって来た。
そう云えば、マムがモニターにアバターの姿を見せてなかった事を思い出す。
……あ、マムの事をサナに紹介してなかった。
サナは、何となく分かってそうだけど、改めて紹介しておく必要があるだろう。
マムはアバターの事を気に入っているだろうに、俺の許可が無かったことで、その姿を見せなかったのだろうか……
マムへのプレゼントをさらに追加しておこう。
「パパ、ヒーリングミュージック流しますね!」
マムの声を微かに聞きながら、流れて来た自然の雨音や、川の音、木々の音を聞きながら、ソファの上で落ちて行った。
◆
その頃、ロウの上官だった男は、”100億超の支出”と”キメラの脱走”に頭を悩ませていたが、その傍らにある指示を出す事を忘れていなかった。
「おい!この国の政府に、襲撃された事と、陸将が殺害された事を連絡しろ!」
そして、こう続けた。
「犯人は、”
こうして”神崎仁”は、”大使館襲撃及び陸将殺害”の容疑で指名手配される事となった。
しかし、その際に提出した顔等の映像データは、ことごとく破損していた。
その為、
”凶悪犯潜伏派”と”某国陰謀派”である。
◆
眠りから覚めた後、大きなニュースとなっているとも知らず、渦中にある男は深い眠りの中にいた。その眠りも、直ぐに起こされる事となるのだが……
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