第38話 不穏な影
男が温泉に入ったのと同時刻、正巳達は高速道路を降り、隠れ家へと向かっていた。
◆
「マム、後どれくらいで着く?」
「はい、パパ!あと10分程です!」
今、時速60キロ前後で走っている。
となると、ここから隠れ家まで、10Kmほどあるという事だ。
「意外と距離あったんだな」
行きは、それ程距離がある様には感じなかった。
しかし、こうして自分で運転すると、結構距離がある事が分かる。
「そうですね、パパ。大使館から隠れ家まで大体130Kmほどでしょうか」
夜の高速を飛ばして来て、約一時間。
普通の道路を走った時間と合わせると合計1時間30分程だ。
「今井さんは、今どうしてる?」
「はい、パパ。脈拍と呼吸音からして、マスターは睡眠状態にある様です」
先ほど今井さんと話していた時、イヤホンを耳に着けて話しているとの事だった。
恐らくだが、マムはイヤホンを通して脈拍や呼吸音を計測しているのだろう。
「そうか、子供達の寝る場所について、話しをしようと思ったが……後の方が良いな」
考えてみると、今井さんは二日連続で、徹夜をしているようなものだ。
疲れていて当然だろう。
「後は、先輩とボス吉の入ったカプセルだが……持ち出せないし、入れたままで大丈夫か……」
カプセルには、重症な先輩を始めとして、銃で撃たれた衛兵二人、容態が分からないボス吉が入っている。下手に動かしてしまうよりは、このままコンテナに入れておくほうが良い。
それに、持ち出すとなると、
「因みに、今子供達はどうしているか、分かるか?」
「はい、パパ!少し前までは声が拾えていたのですが、今は寝ているようです」
やはり、寝ているようだ。
「となると、諸々は明日かなぁ……」
隣に座っている女の子サナが、助手席にちょこんと座って、窓から外の景色を見ている。
「サナ、眠くないのか?」
声を掛けると、サナがニコニコと、楽しそうに笑いかけて来る。
「はぃなの!おそと、出れなくて、今たのしいの!」
「そうか、でも眠くなったら、ちゃんと寝るんだぞ?」
そう言うと、サナは”うん!”と頷いて、再び外の景色を見始める。
「他の子は……」
バックミラーで後部席の様子を見る。
「……寝てるな」
後部席にいる9人の子供たちは、最初こそそわそわと外の様子を見ていたが、今はすっかり寝てしまっている。隠れ家に着いても、いっその事このまま、車の中で眠っていた方が良いかも知れない。
そんな事を考えながら、残りの道を走っていた。
――
隠れ家の近くまで戻って来た。
「戻って来たな、マム」
「はい、パパ!完璧な結果ですね!」
……完璧、と言えるかは分からないが、まあ”最悪”ではない。
「マム、”遠足は家に着くまでが遠足”だぞ?」
つい、調子に乗ってそれらしい事を口走る。
子供が出来たら、こんなやり取りを子供とするのかな……なんて、考えるのも、マムが俺の事を”パパ”と呼ぶからなのだろうか。
思考が飛びかけるが、マムの言葉で引き戻される。
「そうですね、パパ!周りの様子を警戒しておきます!」
「あ、ああ、そうだな」
……マムは極端にスペックが高い為、変にそれっぽい事を言うと、実際に形にして返してくる。
そんなマムではあるが、今回大使館内の一部のシステムを掌握できなかったり、今俺が乗っているような車のセキュリティに入り込めなかったりと、まだまだできない事がある。
マム自身も気にしているようなので、タイミングを見て色々とプレゼントしようと思う。まあ、プレゼントと言っても、セキュリティソフトだったりなのだが……
「パパ、周囲の監視カメラを確認していたのですが……」
言った側から、マムが”形にして”返して来た。
「うん?何か問題があったのか?」
「いえ、問題と言うわけでは無いのですが……」
問題ではないが、違和感があるという事か。
「何か、いつもと違う事でもあるのか?」
「はい、パパ。明らかに、普段より……ここ一年のデータに比べても、人の活性度が高いです」
……?
「活性度?」
「はい、パパ。”活性度”というのは、時間当たりでどれくらい活発に人が移動しているか、運動しているかの値です。マムは、映像からその運動量を定量化して、データとして計っているのですが……」
雲行きが良くないが、”偶然”人の動きが活発になっているという事も考えられる。
「因みに、どんな人が多い?」
「はい、パパ。カメラと、Web上の顔写真を比較したところ、10代~20代の”若者”だと思います……顔認証の
……最初のプレゼントは、顔認証ソフトが良いかも知れない。
「そうか……”若者”か……」
若者であれば、夜中に遊びに出歩く事もあるだろう。
「……何か変わった事が有ったら教えてくれ」
警戒しておいて損は無いだろう。
「はい、パパ!」
マムの元気な返事を聞いたところで、隠れ家が見えて来た。
「隠れ家か……」
ほんの数時間前に1時間程しか居なかったのに、何だか懐かしく思えて来る。
「かくれがぁ?なの?」
俺がマムと話している間は、じっとして話しかけてこなかったのに、俺が呟いた言葉には反応してくる。……サナは良く”見て”いるし、よく”考えて”いる。
「そうだよ、”隠れ家”つまり”家”だ」
「いえ……?」
家と言う単語の意味を、”日本語”で知らないのかも知れない。
「”家”って言うのは、サナ達が安心して暮らせる場所の事なんだ」
「あ……いえ!サナ、お兄ちゃんいっしょ!なの!」
”お兄ちゃん”……良い響きだ。
昔呼ばれた事があった気がするが、呼ばれた記憶よりも、呼んだ記憶の方が強い。
子供の頃は、”お兄ちゃん”と呼ばれるよりも、呼ぶ方が好きだった。しかし、この年齢になってから”お兄ちゃん”と呼ばれると、何でもしてあげたくなる。
……兄ちゃん今どうしてるかな。
そんな事を考えながら、目の前のサナの頭を撫でる。
「ああ、一緒だ」
サナの頭を撫でていたら、イヤホンから『むぐぐ……その場所はマムの場所なのに……』という呟きが聞こえて来た。
多分マムも、頭を撫でて欲しいのだろう。まあ、マムの場合実際に”
『むふふ~』という、サナの漏らす声に癒されながら、車を停車させた。
「さて……」
車のドアを開き、外に出ようとするが……
「お兄ちゃん!」
……?
振り返ると、サナが両手をこちらに出していた。
「……仕方ないな」
そう言って、サナの事を引き寄せ、抱っこする形で車から下りる。
前に止まった車からロウが出て来る。
俺とサナを交互に見て、何か言いたげにしているが、無視だ。
「あ、あの神崎さま―「そうだったな!」」
ロウの話を最後まで聞かずに、今井さんの乗っているトラックへと向かう。
「俺は今片手しか使えないから、そっち側開けてくれるか?」
「……分かりました」
ロウが、俺の腕の中のサナに微妙な視線を向けながら、渋々頷く。
「お兄ちゃん?」
「何でもない、掴まってろよ?」
そう言って、腕に力を入れて、コンテナのロックを解除する。
”ガコン”
そう、音を立てて扉が外側に開く。
「おっと……危ない……」
コンテナの扉に寄りかかっていたのだろう。
危なく中の子供が落ちるところだった。
「おにちゃ、臭い……」
……弁明しておこう。
今サナが、鼻を
「……そんな事ないぞ」
実際は、少し匂ったが、まぁそんなに気にするほどではない……
多分、禄に風呂に入れさせて貰っていなかったのだろう……
「おいおい、そのままで大丈夫だぞ?」
恐らく、男の子が臭い事に気が付き、同時に『”自分”も臭いのではないか?』と思ったのだろう、サナが俺の腕から降りようとしたのでぎゅっと抱きしめる。
「でも、サナは……」
そう言って目を伏せる。
自分の臭いって、案外気が付かないものだからね。
「良いんだ。俺も汗かいてそのままだしな」
「おにいちゃ、ごめんなさい」
大丈夫だ、と言っているのにサナは気になって仕方がないみたいだ。
サナが
「神崎さま……」
おそらくロウが言いたいのは、”汚れている”子供を抱っこしている事についてだろう。
「ロウ、俺は良いから……お前の車に乗っていた子供たちはどうした?」
ロウと一緒に車に乗り込んだ子供達は、4人居るが、一人も下りてきていない。
「はい、その……皆寝てしまいまして……」
「そうか、俺の方もみんな車の中で寝てる……」
言いながら、今井さんの乗るトラックの中を見渡す。
「皆疲れているようですね……」
今井さんも含め、皆ぐっすりと眠ってしまっている。
「今日はこのまま寝るとして、ここに車を停めておくと不味いか……」
「そうですね……」
今車を止めている場所は、人目につく。
「子供達を中に運ぶのはやめて、今日はこのまま……いや、ロウの車に乗っている子達だけ、俺の車に移動させて寝るか」
子供達を下手に動かして起こしてしまっては可哀想だし、かと言って起きた際にパニックになっても困る。
最善を選択するのであれば、少人数が乗る車から、大人数が乗っている車に移して、朝まで寝てしまう事だろう。
「そうですね……」
ロウが頷いたのを確認して、サナを見ると、”うん”と頷いて静かに地面に降りる。
サナが下りた後、男の子をトラックのコンテナに戻した。
「じゃあ、サナは車の後ろのドアを開けておいてくれるか?」
そう言うと、サナが”うん!”と言ってドアを開けに行った。
「よし、取り敢えず一人ずつ運ぼう」
「そうですね」
俺とロウで一人づつ抱えて、胴の長い車へと運んでいく。
「ありがとな、サナ」
「うん!」
ドアを開けて待っていたサナに礼を言い、子供達を中に入れる。
「ほんと、広いよな……」
既に子供達が9人寝ているというのに、まだ余裕がある。
「この車は大使専用車ですので」
なるほど、大使専用車ともなれば、当然護衛も付くわけでその分だけ広く出来ているのだろう。
「よし、戻るか」
まだ、あと二人運ばなくてはいけない。
しかし……
「え……サナ?」
見ると、目の前に男の子二人を
「お兄ちゃん?」
「ああ、ありがとうなサナ……一人は俺が運ぶから、もう一人は運んでくれるか?」
”うん!”と返事すると、サナが片方の肩に背負った男の子(サナより年上に見える)を、差し出してくる。
「あ、ありがとう……」
ほぼ片腕で、子供の身体を持ち上げている姿に若干引き気味になるが、かろうじて平静を繕う。
「……よし、今日はこのまま休んで、明日の朝皆で出かけるか」
「そうですね、それでは車移動させましょうか……」
このまま車を停めておくと、車の外観、大使館車、車の数(3台)と言う点から目立ってしょうがない。不必要に目立っても仕方がないので、車を移動させる事にしたのだ。
「それじゃあ、ロウは俺の運転して来た車を移動してくれるか?」
「はい、分かりました。神崎様はあのトラックを?」
そう言ってロウがトラックを指差す。
「いや、トラックはマムに移動してもらう」
「本当に優秀なハッカーなんですね」
ロウがそう言ってくる。
ロウには、マムが人工知能だとは話していない。
「そうだな、優秀な”ハッカー”だ」
「ここに居られるのですか?」
そう言ってロウが後ろの隠れ家を指差す。
「まあ、そんな所だ。ただ、人前には決して出て来なくてな……」
「なるほど、となると地下なんかに部屋があって、でしょうか?」
電脳世界に居るから。
とは言えないので、適当に返す。
「そんな所だ……さあ、早めに済ませてしまおう」
このままだと、ロウの質問が終わらなそうだったので、半ば強引に話を切る。
「……はい、そうですね。それで、車は何処に移動させましょうか」
そう、ロウが言ってくるので、少し考えてから答える。
「うん、そうだな。あの林の裏に回しておこう」
疲れていて、起きるのが昼頃になるかも知れない。
駐車するのが林の裏であれば、日が出て来ても日陰になる。
「そうですね、あっちに移動させておきましょう」
「ああ、頼んだ」
ロウが”分かりました!”と返事して、車を運転しに戻った。
「お兄ちゃん、サナあの人こわい……」
サナは、ロウの事が苦手らしい。
「大丈夫、あの人は味方だよ。ただ、慣れるまでは無理するなよ」
そう言ってサナの頭を撫でると、『むふふ~』とご機嫌になる。
「よし、マムはロウの停めた場所の隣に移動してくれ」
「はい、パパ!……それと、マムもあの
……何処かで”仲良くなろう会”をしなくてはいけないかも知れない。
「マムも無理に好きにならなくても良い」
「はい!パパ!」
そうマムが答えて、トラックも移動をし始める。
――
車を停め終えた後、ロウがこちらにやって来た。
「神崎様、この後は?」
「取り敢えず休もう。ロウは、何処で寝る?」
そう言って、ロウの方を見る。
「はい、私は運転して来た車か、出来ればトラックのコンテナに……」
……コンテナには、ロウの弟がカプセルの中にはいっている。
本当なら、ロウがコンテナの中に行くことを許可したいが、中には今井さん達が寝ている。
今井さんの許可なく許すわけには行かない。
「悪いが、運転して来た車で寝てくれ」
「……はい、分かりました」
トボトボとロウが車へと戻って行く。
「……よし、隠れ家に入るか」
「はい、お兄ちゃん!」
マムに話しかけたつもりだったが、サナが応えた。
「むむ~マムだって!直ぐにパパに……」
マムがごにょごにょと話していたが、いつもの事なので、気に留める事は無かった。
その後、幾つかある内の一つの入り口をマムに開けて貰う。
そして、サナを連れて二階のモニターのある部屋に上がった。
本当だったら、サナも寝かせて来たかったのだが、サナが『絶対に一緒について行く!』と言って聞かなかったので、仕方なく許す事にしたのだ。
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