第28話 猫王の思惑

 猫は、駐車場で今井と別れてからふと、昨日までの自分と、自分の主となる男と出会ってからの事を思い出していた。そして、これから自分がしようとしている事を想像し、期待と不安を覚えていた。猫にとっては何れの感情も、生まれて以来初めて感じる感情だった。





 我は生を受けてからしばらくして、気が付いた。


 ”自分が普通とは違う”と。


 周りには、”檻に入れられた”同胞が何匹もいた。


 その同胞たちは、”檻の中に居るのに”それ程気にしていないようだった。


 暫くすると、同胞たちの言葉が分かるようになった。


 しかし、その話の内容と言えば『今日のご飯は何か』とか『ゴロゴロしたい』とかそう言った内容ばかりだった。


 そこで、我は自分たちを支配している生き物、人間に興味を持った。


 人間の行動、そしてその口の発する音を観察した。


 どうやら、人間は、音によるコミュニケーションを基本としているようだった。


 我ら猫と呼ばれる同胞達とコミュニケーションを取る場合、音だけでなくその仕草や発する雰囲気でコミュニケーションを取る。


 人間は随分と限定的な方法でコミュニケーションを取るのだなと思った。


 その代り、人間が何を言っているのか理解するには、その音を理解すればよかったので、それほど苦労せずに人の言葉を理解できるようになった。


 喉のつくりのせいか、発音は上手くする事が出来なかったが、直ぐに話せる必要もないなと判断した。


 人間の話している事を理解できるようになってから、人間が話す外の世界に興味を持つようになった。


 ……美味しい食べ物の話、きれいな景色や新しい出会い、家族の話。


 それらの興味惹かれる事を同胞たちに話しても、同胞たち……猫たちはそれほど興味を惹かれないようだった。


 まぁ、美味しい食べ物の話をした時は、多少興味を持った者もいたが。


 それでも、いつも通り我が話しかけても、少し反応して、直ぐに我から視線を逸らすのだった。


 そして、ある時転機となる出来事があった。


 目の前……檻の前に来た男が、我を指さしながら言った。


『おい、この猫について説明しろ』


 隣に立っていた ―我の世話をしている― 男が、やけにペコペコしている。


 そして、直後に我にとって衝撃となる事を言った。


『は、はい!こちらは、ネコ科最強と言われる百獣の王とサーバルキャットの遺伝子を掛け合わせたネコで、他の生物の遺伝子も掛け合わされており、知能が高く……正に特別な個体と言えます』


 我は、周りの同胞とは出自が違ったのだ。


 しかし、男の言う通り同じ種ではあるらしい。


 それに、百獣の王と言う言葉は初めて聞いたが、我は王の一族らしい。


 王……上に立つ者……その我が檻の中にいるのは違うと思う。


 まだ生を受けてからひと月立たないが、少し檻自体も我には小さく感じて来ていた。


『買うぞ、コレ!』


 そう言って男は ―非常に肥えていて、とても割れの世話係と同種の人間とは思えなかったが― 我の事を指さしていた。その瞬間”ここを出るには丁度良い”と思った。


 男に買われる事になった我は ―断じて、主と認めていなかったので買われた事も認めたくはないが― 檻のまま、男の車に積み込まれた。


 同胞達は、今の檻での生活にそれ程不満が無いようだったし、満足しているようにも思えたので、そのままにして行くことにした。


 実は、既に檻から抜け出す方法は知っていた。


 そして、車の移動している途中で檻を抜け出し、後部ドアの取っ手を引き、外へと脱出した。


 運転手は、音楽を大音量で聞いていた為か、全く気が付いていない様子だった。


 無事脱出した後は、人間の街から離れた林にいた。


 林の中では、知らないはずの記憶を呼び起こされるような、自然を感じる術を身に着けて行った。


 ある日の夜、不意に街の方に足が向いた。


 何故だったかは分からない。


 久しぶりの、人間の街……石でできた平らな道や、人間の住む家の屋根を楽しんでいた。


 すると、喧嘩をする声が聞こえた。


 『俺の縄張りだ』とか『引っ込め老いぼれ』とか言い合っていた。


 そこで、我が仲裁に入る事にした……夜は静かな方が好ましく感じる故。


 『おい、そこの……』そう声を掛けた。


 我ながら久しぶりの同胞に対しても、とても自然に声を掛けられたと思う。


 しかし、喧嘩していたはずの二匹は一瞬の間があり、直ぐに仰向けになり腹を見せて来た。


 ……完全に相手に屈服したという意思表示だ。


『おい、我はただ……』


 続けて話そうとした時、離れて見守っていた周囲の同胞達の様子が変わった。


 ……これは、日中人間に対して同胞が見せる態度だ。


 以前同胞達に「どうして人間に見せる態度を変えるのか」と、質問した事がある。


 その答えは、半分が予想通りでもう半分には疑問を覚えるものだった。


 『人間は美味しい食べ物をくれる』とか『可愛がってくれる』とか言った答えが多かったが、ある老齢の同胞は『人間に害する生き物だと思われると、殺し尽くされる』と言っていた。


 正直、人間にそんな牙や力があるとは思えなかった。しかし、近づいて来る気配を感じ取った瞬間、考えを改める必要がある事を理解した。


 その気配には異質なものがあった。


 一見、他にもいる人間たちと変わらないように感じたが、我にはその根本に生物として上位者である雰囲気を感じ取っていた。少なくとも、今噛みついたりすれば一瞬で命を刈り取られる。


 出来る限り、愛想よく、人懐っこく近づいて行った。


『おお、どうした?うん?お腹空いてるのか?』


 そんな風に声を掛けて来た。


 どうやら、選択を間違わなかったらしい。


 我が人間に近づく際、同胞のみに伝わる動きで”離れろ”と指示を出したので、同胞たちは我とこの人間から距離を取った。


 すると、人間がこう言って来た。


『お前がここのボスなのか?確かに強そうだな』


 確かに、我は同胞の中では負ける事が無いと思う。しかし、目の前の人間にかかれば一ひねりだ。そんな我よりも強い”強者”に”強そうだ”と言われては、誇らしい気持ちになっても仕方ないと思う。思わず胸を張ってしまった。


 その様子を見たのか、人間がこう言って来た。


『力での支配は終わり方が悲惨だぞ。賢いとは言えない』


 我は、思わず反論しようとした。しかし、思い返してみると、力をかざしたと言われればその通りである事を否定できなかった。そして、目の前の人間は……我よりも強い力を持っていながら、我が同胞たちがそれに気が付けないくらいに気配を殺して、自分の力を支配コントロールしていた。


 人間が正しい事は日の目を見るよりの明らかだった。


 そんな我を見かねたのか、人間が続けて話しかけて来た。


『大丈夫、お前には覇者の風格があるし、その賢さがある……俺に付いて来れば猫の王にしてやろう』


 男はそう言うと、どこか遠くを見るような眼をして、我の横を通り過ぎて行った。


 その時確信した。


 男は、その険しい道を憂い、どちらを選ぶも我にゆだねたのだと。そして、猫の王となりたければ、自分の後に付いて来いと言っているのだと……


 その瞬間から、目の前の人間を我の主として認識し、こう心に誓った。


 ”この人間……いや、我が主に一生ついて行く。我が猫の王となり、我が同胞共々我が主に仕える”


 その後、我が主の仮住まいの入り口にお邪魔した。


『そこで待て』


 とお墨付きを貰った。


 何だか主に付いて来ることを認められた気がして、踊り出したくなったが、これでも王になろうとしている身であり、我が主に忠誠を誓った身である……静かにしていた。


 そして、主から呼び名も貰っていた。


 ”ボス猫”猫の中の猫と言う意味らしい……光栄である。


 主は、直ぐに出て来た。


 如何やら出かけるらしい。


 主は我が忠誠を評価してくれたらしく、固有名を付け直してくれた。


 ”ボス吉”……”きち”と云うのがどういった意味なのか分からなかったが、何にしても我が主から貰った名だ。


 尊いに違いない。


 その後、直ぐに車というあの、一度我が逃げ出した際に乗った乗り物が来た。


 大きさや見た目が違ったが、間違いなく車と言う乗り物だろう。


 車に乗って直ぐ、運転手が我の事を我が主に問いただしていた。


 当然、我は乗っていて良いものだと思っていたが、我が主の様子を見るに”仕方ない”と言った様子だった。もしかすると、車の後について走って追いかけるべきだったのかも知れない。


 車は確かに早いが、我が本気で走れば追いつけない事もない。


 何にしても、この失態は取り返さなくてはいけない。そう心に誓っていると、タクシーと呼ばれた車が動き出した……酷い走りだった……控えめに言って酷かった。


 いつ事故を起こすか分からないような動きだった。


 ……必死に耐えていたところで、車が止まったので、その瞬間外に出た。


 そして、直ぐにその気配に気が付いた。


 こちらを伺う視線そして、聞こえてくる音……主の持つ道具から聞こえていただ。マムと呼んでいたか。


 気になったので見に行くと、さっき乗って来たのとは違う形の車があった。


 覗き込むと人間が居た。


 主の知り合いのような気がしたので、主が来るまでこの人間を監視している事にした。


 その後、案の定主の知り合いだった人間と主が合流した。


 メスだった。


 そして、我の行動が ―着いてすぐ周囲を警戒した事― が間違っていなかったと知った。


 そして、『お前、気が付いてたのか、凄いな~でも、危険だから誰にでも近づくんじゃないぞ』と言ってもらえた。


 褒められたのと同時に、心配してもらったと気が付き、嬉しくて仕方なかった。


 それに、主に撫でて貰えた。


 撫でて貰ったその感触に浸っていたが、どうやら移動するようだったので、主ともう一人のメス人間の乗る車に乗った。


 車に乗ると、目の前の光る板に人間?にしっぽの生えた存在が居た。


 如何やら、主に創造された存在の様だった。


 主に使える同士がいると知って、負けてはいられないと心を新たにした。


 そしてしばらくすると、メスの家に着いたらしかったので、主とメスが下りるまで待った。


 主とメスが下りた後、我も下りようとしたが、光る板の中にいる同士から声を掛けられた……片言の猫語で。


 如何やら、猫語を学習したいようだったので、聞きたい事に答えてやることにした。


 ……これも我が主に有益な事なのだろう。


 同士の名は”マム”と言うらしかった。


 マムから、少し休んでおくようにとアドバイスされた。


 如何やら、直ぐに主の為に活躍する機会が来るらしい。


 一度主に付いて行って、挨拶をした。


すると――

「ああ、大丈夫だボス吉はちゃんと猫の王様に近づいてる」


 と言って下さったので、誇らしく思うと共に安心したので、メスの家の屋根で休むことにした。


 一刻程経たぬうちに、慌ただしい気配がした。


 如何やらその時が来たらしい。


 直ぐに主の後に続いて車に飛び込んだ。


 我を置いて行きそうな気配があったので、必死に抗議した……我はこれでも主の下僕故……結果的に、主は付いて行くことを許してくれた。


 そして、途中で”その話”を聞いた。


 聞いた内容をまとめると、どうやら主とメスとマムは、仲間である人間を助けるためにある場所に向かっているらしい。そして、話を聞いたところ、助け出す為に恐ろしい怪物と戦う事になるらしい。


 そして、その怪物は”キメラ”と呼ばれていて、戦えば必ずと言って良い確率で殺されるらしい。


 我の出番だと思った。


 われが、主の障害を取り除く。


 しかし我が主は、我が危険な目にある事を許さなかった……そして、我に『猫の王になれ』と言って下さった。


 我が主への想いが弾けそうになった……いや弾けて、主の顔を舐めてしまった。


 そんな風に興奮したのも束の間、主は合成生物キメラに我は歯が立たないと仰った。


 正直、かなり……生まれて最大のショックを受けた。


 我は、キメラには勝てないらしい。


 そんな落ち込んでいる我を見かねたのか、もしかしたら猫語を習得する手伝いをした礼だったのかも知れないが、マムが猫語で話しかけて来た……完璧な猫語だった。


『キメラに勝てる位に強くなりたいネコ~』


 ……初めて聞く言い回しだが、マムが我に言いたい事は理解した。


『我が、キメラそいつよりも強くなる!そんな方法があるのか?』


『そう、あるんだ~』


『やる!』


 即答した。


 そして、その後話を聞くと、キメラとはどうやら生物を合成して創り出した人口の怪物らしい。そして、そんな怪物に勝つには、我も怪物になればよいと。……つまり、キメラに我がなれば良いという話だった。


 それで、我が主の望みを叶える事が出来るのであれば、悩む必要などない。


 我の必死の決意は我が背負ったモノであり、主には背負わせる訳にはいかない。


 そう心に決めたが……思考に気を回し過ぎたのだろう、我が気が付いた時にはマムが、我の決意を半ば主に話してしまっていた……マムは同士だが、我が主に対して何かを隠す事など決してできないのだ。


 迂闊だった。


 急いで、マムを止め、恥ずかしさのあまりマムの口をガリガリと引っ掻いてしまった。


 そんな事をしている内に、敵地に付いたらしかった。


 着いてから直ぐ、主を見送った。


 我もお供したかったが、それが許されない事も承知している。


 それに、我も施設内でしなくてはならない事がある。


 施設内に入り、車を”駐車場”と呼ばれる場所に止めたところで、この後の動きを再度確認した。


 マムが通訳する事で、メスとも意思疎通が取れるので便利なものだった。


 そんなマムの姿を見て改めて、”我も貢献しなくてはいけない”と心に誓った。


 メスから貰った”イヤホン”なる通信手段は便利なもので、光る板が無くともマムと話せる道具だった。便利だと思うと同時に、主も持っていると聞いて思わず『お揃い!』と連呼してしまった。


 ……その後少し恥ずかしくて、誤魔化す為に『メスともお揃い嬉しい!』と呟き、それでも少し恥ずかしかった。


 ただ、そこでマムからメスと呼んでいることについて怒られた。


 我が”メス”とのみ認識していた人間は、優秀な人間でマムを主と生み出したマムの”マスター”だと云う事だった。それに、メスは主と一緒に暮らす仲……つまり、主の伴侶に近い人間と言う事だった。


 ……主の伴侶、つまり我にとっても敬意を払うべき人間だと云う事だ。


 これまでの謝罪をして、”姉御”と呼ばせて頂く事にした。


 姉御は心の広い方のようで、許してくれた。


 本当に、我の至らなさを思い知る。


 改めて、確実に目的を達成しなくてはいけない。そう心に誓い、マムが開いてくれた道である”配管”と呼ばれる中に入って行った。


 目的はただ一つ”キメラを倒す力”を手に入れる事。


 その目的の為、暗い配管の中をひたすら走り抜けていった。


 ”研究室”を目指して……

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