第29話 絶死の王

 デスゲームが始まった後も、相変わらずキメラは仰向けに倒れたまま起きて来なかった。


「確か、三回攻撃を避けないとダメなんだよな……おいしょ!」


 賭けを成立させるには、”攻撃を避ける”という一連のモーションが必要になる。その為に、どうにかして寝ているキメラに起きて貰わなくてはいけない。


「どうすれば起きるかな……頭を動かすとか、かな?」


 倒れているキメラの頭のある方に行き、持ち上げる。


「結構重いな……あっ」


 キメラの頭(眼も口も無く、鼻の孔と思われる窪みが小さく二つある)を持ち上げたのは良かったが、途中で手が滑った。


 ”ゴンッ”


 鈍い音を立てて、頭が地面にぶつかる。


「痛そ……起きないかな……」


 鈍い音を立てて地面にぶつかったのに、一向に起き上がる気配がない。


「はぁ……このままだと絶対に終わらないよな……」







 おりゃは、いつも通りの、今日も変わらぬ食事の時間のはずだった。


 いつも通り、こっそりと近づいて、肉を食べる。


 いつも一回か二回噛みつくと、動かなくなってゆっくりと食事が出来た。


 今日もいつも通り、のはずだった。


 でも、違った。


 おりゃは、匂いと熱、何より恐怖を感じる事が得意だ。


 まぁ、いつも一回噛みつくと死んじゃうか、酷いにおいの液体を流すから気配を感じるまでも無いんだけど。


 でも、今日何回目かの食事に呼ばれてみたら、酷い目に合ったんだ。


 始まりはいつもと同じ、気配がした。


 それで、より気配を感じる為に気配感知を研ぎ澄ませた。


 すると、どうやら壁の先に何かがいる事が分かった。


 目の前の壁など、おりゃの体当たりで壊せるだろう。


 そう思って、そのまま食事の体勢に入った。


 でも……食事の体勢に入った直後、感じた事の無い衝撃を受けた。


 それは、いつも感じる美味しそうな気配では無かった……そう、それは、おりゃを美味しく食べようとしている気配だった。


 初めてだった。

 恐かった。


”動いたら食べられる”


 だから、動かなかった。


 立ち上がった身体が倒れた。


”決して動いてはダメ”


 じっとしていたら、その気配が収まった。


 ……美味しくないって気が付いたのかなぁ……よかっっー!?


 ……危なかった……騙されるところだった。


 その恐い奴が、おりゃの頭を持ち上げた。


 頭から食べられるのかなぁ……


 おりゃ死ぬのかなぁ……


 感じる気配から、体は小さいみたいだから、少しかじるだけにして欲しいなぁ……


 そんな風に考えていたら、不意に頭が床に打ち付けられた。


 ……痛い……痛いなぁ……


 でも動いちゃいけないなぁ……


 食べられたら困るもん……


 恐いなぁ……







 監視室で、ある男がモニターを見ていた。


 この男は、元々スラム街で生まれたが、自分の力で成り上がって来た、たたき上げのエリートだ。スラム出身ながら現在、国外の大使館付きである事を考えれば、その優秀さを想像するに難しくないだろう。


 そんなエリートである男は、今日待機室まで案内した”参加者”の男を思い出していた。


 今日待機室に連れて行った参加者は、自分から参加を望んだと云う事だった。


 赴任した当時、男は大使館で行われている賭けに対して強い嫌悪感を抱いていた。


 人の命は実に簡単に失われる。それ自体は、スラムで育った男自身よく分かっている事だった。実際、目の前で死んでいった隣人は数えきれない。


 スラムに居た頃は、それも仕方ないと思っていたし、割り切っていた。


 ”このスラムでは全てが生き残る事は出来ない”


 そう思う事で納得もしていた。


 しかし、努力して掴み取ったエリートの道。その先でスラムの時と同じような、いや、もっとひどい状況を知る事になるとは思ってもいなかった。


 そこで人は賭けの対象になっていた。


 賭けの対象にされているのは、裏社会で買われた奴隷や攫われてきた人間、借金の形に参加する事になった者達だった。


 エリートであるはずの男の仕事は、日中は交代で警備。

 そして、夜は賭けの参加者を待機室に案内する事。


 ”俺が努力してきたのはこんな仕事をする為だったのか?”


 ある時、賭けが行われている事実をマスコミにリークしようとした奴がいた。そいつは、次の日に参加者としてゲームに参加させられて、死んでいた。


 ”何時俺が向こうの立場になっているか分からない”


 ”俺はなんのために働いているんだっけ”


 そして、いつの間にか俺は最初嫌悪していた賭けに、参加していた。


 基本的に出資者と言われる金持ちしか参加する事は出来ないが、同僚がマスコミにリークしようとした事件以降、従業員や関連した業者が賭けに参加できる枠が出来たのだ。


 そして、いつの間にか染まっていた。


 ”やれ、一撃でやれ!”


 ”なんだよ、一回持ったのかよ!”


 ”次は三撃死に賭けるか!”


 毎回参加者を待機室に連れて行く。


 時々工夫もした。


 奴隷が参加する際に”命令を聞かないから”と言って、足を打ち据えたり、”お腹空いているだろ?”と優しい言葉をかけて、下痢の作用がある薬を仕込んだりした。


 賭けに勝つと、働いて得る給料の何倍もの金を得られることもあった。


 楽しんでいた。


 今日も、いつも通りだった。

 いつも通り、奴隷や無理やり連れてこられた人間が参加者として参加していた。


 勿論、俺も賭けていた。


 順調に、『1.一撃死』に賭けて勝っていた。


 ただ、一度だけ珍しく生き残った男が居た……『3.生還』に賭けていた奴は天文学的な金額勝っただろう。ただ、基本的に生き残る事は無い。だからこれも誤差だ。


 あの男の番になるまでは、いつも通りだった。


 いつも通り、賭ける前に参加者の情報を確認していた。


 これは、参加者を連行する担当官の特権でもあり、健康状態などを確認の上で賭ける事が出来るのだ。確認した情報に、健康に関する情報が記載されていれば参考になる。


「……ん?注意事項?」


 始めてみる項目があった。


 ”注意事項”


 そこには、こう書いてあった。


『”当参加者は出資者でもあり、望んで参加している為特に注意して丁重に扱うように。”』


 ……参加者で出資者?


 つまり、金があって出資者なのに、ほぼ全ての参加者が死亡するゲームに参加すると。


「死にたいのか、変人なのか、他に何かあるのか……」


 何にしても、連行する時に合えばわかる。


 何となく、『2.三撃之死』に賭けた。


――

 男がエレベーターから降りて来た。


 参加者ではあるが、出資者でもあるらしいので一応VIPとして対応した。


 男はいやに自信満々だった……もしかしたら期待通りに一撃は持ってくれるかもしれない。一撃持ってくれれば、俺は大勝ちだ。当然、三撃まで耐えられるはずなど無いから、一撃耐えてくれれば俺の勝ちだ。


 賭けた金額は、俺がこれまで稼いで来てためていた貯金全てだ。


 何故こんな真似をしたかと言うと、今回のオッズを見たからだ。


 いつも巨額が動くが、殆どの参加者が『1.一撃死』か『2.三撃之死』何方かに賭ける為、オッズは高い時の倍率でも2倍ほどだ。しかし、今回参加者である男が大金を『3.生還』に賭けたせいか、1と2のオッズも普段に比べて跳ね上がっていた。しかも、そのせいで例え賭けが外れても、『3.生還』以外の結果であれば、賭けた金額以上のお金が戻ってくるのだ。


 参加者である男は、自分が生還する事に賭けるのが当然であるが、何分男は初参加らしい。初参加である故、死亡率も知らないのだろう。


 そんな”絶対に勝てる”賭けが始まる前に興奮していた為か、参加者で出資者の男を案内する際にいつもは言わない、余計な一言を言ってしまった。


 まぁ、男は俺の言った言葉の意味が分からないだろうし、特に気にする必要も無いだろう。


 そうして男を”準備室”に送った後、監視室でモニターを見ていた。


 ここは監視室であり、必要に応じてキメラ・・・を投入する為の仕切りを操作できるが、基本的には見物するのにもってこいな特等席だ。


 時計を見た。

 まだ開始まで時間がある。


 始まってしまえば、結果が出るのは一瞬だ。

 今の内に、見逃さない為目を休ませておくのが良いだろう。


 監視室にあるソファの上に座った。


 ……


 ……


 ふと、悪寒を感じた……何となく、程度ではあるが。


 それでも、何となくモニターが気になって、ソファから立ち上がった。


 モニターの前まで行った。


 モニターには、さっきまでと変わらない様子が写っていた。


 キメラが居て、ガラスの仕切りが下りている。


 何となく、キメラのじっとしている様子に違和感を感じたが、お腹でも空いていてじっとしているのだろう……『いま餌が入るぞ』そう思いながら時計を見た。


 後30秒


 ………………3、2、1……時間だ。


 時間になったと同時に、賭けの開始合図であるブザーが鳴り響いた。


 ……何度聞いても心臓の動機が早まり、興奮する。


「さあ、目の前の餌を喰らえ!」


 しかし、そんな呟きとは裏腹に、一向にキメラが動き出す気配が無かった。


 2分経った。


 流石に、不審に思ったので、監視カメラを操作して部屋の様子を拡大して見る事にした。


 ……


 部屋を写し出しているカメラは複数台あり、その全てを出資者が自由に切り替えて、見る事が出来る。


 監視室でしか拡大などは出来ないが、拡大された様子も出資者に確認されることになる。


 秘密の賭けではあるが、参加しているのは世界中のVIPばかりだ。


 賭けの公正さルールは厳しく管理されている。


 ……


「そんな……まさか……」


 モニターに写し出されたのは、キメラの仰向けになった姿だった。


「そんな……いつ……」


 モニターの中のキメラはゲーム開始前から動きが無かった。


 つまり、ゲーム開始前と同じ体勢だと云う事だ。


「ゲーム開始前には仰向けになっていた?」


 キメラの体調が悪い?


 いや、あり得ない。


 キメラは普通の生物とは違う。


 そもそも普通の生物の様な弱点が無い。


 それに、仰向けになるような行動は初めて見た。


「指示を仰ぐか……」


 これ以上どうするかは、俺の采配できる範囲を超えている。


 急いで、緊急用の連絡ダイアルを回した。


「はい―大使館補佐室室長―」


「担当官であります、ロウ・キャムサであります。緊急です!」


 電話の向こうで何やら声が聞こえる。


『おい、これはどういう事だ ……―…… この取引はキャンセルに……― 』


 うむ、聞いてはいけない内容だ。


 記憶に残さないように努める。


「ロウ君、その緊急と云うのは、今キメラが腹を見せて寝転んでいる事かね?」


 落ち着いた―それでいて不穏な―調子で質問される。


「寝転んでいる?……はい!キメラの様子に関してです!」


「はて、わたしも聞きたいね。どうして”服従”の姿勢をキメラが取っているのかね」


 ……服従?


「”服従”でしょうか?」


「ああ、キメラが仰向けになると云うのは、自分よりも上位の存在に服従する際に見られる行動だと分析できるね。恐らく、イヌに見られる特性の一つだろう。このキメラは多種類の遺伝子を組み合わせているからね……犬の特性が出て来ても可笑しくない。その習性を利用して生物兵器と……とにかくどうにかしたまえ……くそ、ここまでのプレゼンは順調だったというのに!」


 そう言えば、夕方頃この国の軍部の官僚が来ていたような……聞いてはいけない内容を、聞いた気がする。


 このまま消されたりしないだろうか……


 忘れよう。


 ……上位の個体への”服従”だったか。


 となると、現状を如何にかするには、コレ・・しかない。


 キメラでは無いが、最強と言ったらこの動物……賭けの中でも人気な動物だ。


「確かあいつは、このゲージに……」


 以前見たのは、”獣王の檻キング・ゲージ”というゲームでだったか。


 薬物投与されていて、常に興奮状態な為、見ているだけでもその迫力が伝わってくる。キメラは、”得体の知れない恐怖”だが、このゲームで見られるのは”分かりやすい恐怖”だ。


「今日も腹を空かせてるみたいだな……」


 キメラが来る前は、こいつ・・・がメインで賭けを開催していた。しかし、キメラが偶然の産物として生まれて来てからは、賭けの主役はすっかりキメラになっていた。


 そう、これから投入しようとしているのは、百獣の王ライオンだ。


 賭けにおいて、二体目の獣を投入する事など初めてだが、最初のキメラが仰向けの為あんな調子なのだ、問題ないだろう。


 キメラを他の獣と戦わせたことは無いが、キメラはあくまでも”グロテスクな見た目が賭けに向いている”だけで、百獣の王であるライオンには勝てはしないだろう。


 ……つまり、ライオンが会場に入りさえすれば、キメラはライオンに”服従”するのだ。


 そんな事を考えながら、監視室の操作パネルを操作していく。


 途中まで操作していたところで、監視室備え付けの電話が鳴る。


 ……まさか、操作しているのを知られて、止められるんじゃないか?そう思ったが、出ない訳に行かない。


「……はい、ロウです」


 電話の向こうから、先ほど電話した相手と同じ声がする。


 ……上官である。


「ご苦労、さて……何か、問題の解決を……している様だね。操作を続け給え」


 返答する前に、電話が切れた。


 何はともあれ、丁度良いタイミングで上官からのお墨付きを貰えた。


 さっき話した時と違って、後ろで声がしなかったが、解決したのだろう。


「あれ?監視室ココの様子を外部から監視できたっけ……?」


 まあ、あの上官の事だ、監視室を監視できるようにしている可能性もある。


「今度から監視室ココでも気を付けないとな……」


 評価は全て上司に掛かっている。今後の上官からの評価を高く保つために、人目が無い場所でも見られてると思って行動する事に決める。


 そして、今は指示を正しく素早く実行するのが最優先……見ていて下さい上官!


 途中だった操作の続きを行う……ゲーム会場に繋がる様に檻を開き、途中の仕切りを解除し……


「よし、これで繋がった!」


 最後の仕切りであった、鋼鉄製の仕切りを解除した。


 そして解除した瞬間、ゲーム会場の壁の一部がブザー音と共に上がり始めた。


 ロウと名乗った男が、監視室のモニターを確認するとソレ・・が丁度、写し出されたところだった。


絶死ぜっしの王……」


 ソレは、先ほどまで壁だった ―繋がれた通路― から赤く光る眼を向けていた。


 そう、絶死の王と呼ばれているこのライオンは、これまでの賭けの中で相対した相手を一人も生きたまま返したことが無い。


 当然”死の予告デス・ノーティス”とは違って、武器が無い状態で参加するようなゲームでは無く、きちんと武器を持って・・・・・・、生き残りを掛けて戦うようなゲームで、だが……


 そして、絶死の王は会場・・へと入って来た。


 ……己の置かれた状況を、いつもの”餌の時間”と勘違いしたまま。

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