第22話 合成生物《キメラ》

「――くん! ……正巳君!」


 ……いまいさん……今井さん?


 えっと、ここは……どこだっけ。


「早く、こっちに!」


「今井さん、どうしたんですか?」


 酸素カプセルの蓋が開いていて、今井さんが覗き込んでいる。


 ……そうだった、会社から脱出して今井さんの隠れ家に来ていたんだった。


 時計を見ると、眠りに着いてから30分程しか経っていないことが分かる。


 確か、交代は3時間毎だったはずだ。


「えっと、そんなに慌てて何が―」


 言いかけて、辞める。

 やっと動き出した頭が、幾つかの事を思い出したのだ。


 今井さんが慌てて俺を起こしに来る理由は、この場所が危険になったか、先輩に関する重要な事が分かったか、この二つしか今のところ考えられない。


 そして、今井さんの興奮の具合様子を見るにから考えられるのは……


「もしかして、先輩の事で何か――「そう!見つかったんだ!」」


 ……見つかった?って、先輩が見つかったって事?


「え、何処に……」


 先ずは喜ぶべきなんだろうが、起きて直ぐなので、リアクションが上手く取れない。


「とにかく、こっちに来てくれるかな」


 今井さんがそう言うと、俺の手を引く。


 引かれるままに、酸素カプセルの中で立ち上がり、外に出る。

 まだぼーっとした感覚があるが、寝る前に比べていくらかマシになった気がする。


「ちょちょっと待ってください、ちゃんと歩けますから」


 今井さんが腰に手を回して来たので、慌てて”大丈夫”とアピールする。


「そうかい?それなら良いんだけど、それより早くこっちに……」


 少しだけ残念そうに、腰から手を引いた今井さんだったが、直ぐこっち!と手を引き始める。どうやら、手を離す気はないらしい。


「それで、先輩は何処に居たんですか?」


 今井さんに問いかけると、微妙な顔をしている。


「うん、まあ先ずはマムに状況の説明をして貰うのが先かな……実はまだ僕も詳しい状況を把握している訳じゃ無いんだ。ただ、マムが先輩を見つけて、取り敢えず最悪な状況を脱したと言う事だけ聴いたところなんだ。それで、急いで正巳君を呼びに来た」


 なるほど、今井さんも詳しい話はまだなようだ。


 それに、マムから聞いたという”最悪な状況”について気になる処だが、それもマムの話を聞けば分かるだろう。何にしても、先ず正確に現状を判断する事が先だ。


 やるべきことが明確になったおかげで、気合が入る。


「よし、それじゃあマム、今の状況を……先輩の状況を説明してくれるかな?」


「はいパパ!」


 二階のモニターが並ぶ場所まで来たので、早速マムに説明をして貰う。


「先ず、上原和一さんは現在まだ生きています」


 マムの言葉にほっとするのと同時に、疑問を感じる。

 ”まだ”生きている?


「もしかして、命の危険があったのか?」


「はいパパ、上原さんは死の予告デス・ノーティスと言うデスゲームで賭けの対象となっていました」


 ……デスゲームで賭けの対象に?


「どうやって見つけた?」


 そんなゲームが大々的に行われている筈がない。


 デスゲームの存在が公になれば、世界中の人権団体が黙っている筈が無いのだから。よって、必然的にセキュリティも厳しくなるはずだ。そして当然、普通に探したのでは、先ず見つける事は出来ないだろう。


「先ず、上原さんが連れ去られたとして、行ったのがプロであれば当然通常の通信会社の情報端末で連絡を取り合うはずがありません……足が付きますので。それで、通信を監視する範囲を衛星通信と独自の通信帯でやり取りする範囲に絞りました」


 ……それだけでも、十分にとんでもない数になりそうだが、マムならどうにかしそうだ。


「結果、一部の端末から”ウエハラ”と言う単語と”日本人”と言う単語を傍受出来たんです。因みにその端末は、どうやらこのデスゲームに参加する為に必要なモノだったようで、中には色々な情報がありました」


「ちょっと待ってくれ、それじゃあ既に賭けは終わったという事か?それに、その賭けはどの様に賭けをするんだ?……生きるか死ぬか、に賭けるとしたら相手は……」


 先輩が生きているとしたら、それに越したことはないが、殺し合いのデスゲームであれば、殺し合いソレをする相手が必要なはずだ。


「安心してくださいパパ、このデスゲームでは人と人同士での殺し合いはされません。それに、掛け方が3通りで、『1.一撃死』『2.三撃之死』『3.生還』です……」


 ……マムの言葉を聞いて、意味が分かった。

 このデスゲームは、死ぬのが前提の生き残りを賭けたデスゲームなのだ。


 何かから生き残る……それで、一撃死とか生還とかが賭けの対象になっているのだ。


「それで、その相手って言うのは何だい?」


 今井さんが、考え込んでいた顔を上げて聞く。


「はい、マスター。それは、こんな感じの生物の様です」


 そう言ってモニターに表示された生き物を見て、嫌悪感を覚える。


 モニターに表示されたのは、目の無いモグラのような頭部に、ずんぐりした二足で立ち上がった人のような姿だった。それに、よく見ると腹部に一本の線が入っている。この線を見ると、新卒で入社した際の歓迎会で腹踊りをさせられた事を思い出す。


「これが……」

「はい、上原さんのゲームの相手です」


 確かに、嫌悪感を覚える姿だが、特別危険な気がしない。


 ……クマの様に鋭い爪と牙があるわけでは無いし……俺が幼い頃言ったキャンプでは食料にする為にクマを狩った事があったが、アレは正に死闘……命を賭けた戦いだった。


 まあ、5歳で熊を狩るのが常識的ではない事を知ったのは、孤児院から社会に出てからの事だったが。何にしても、良い経験になった。


 俺が、それほど危険だと感じていないと考えている事を読み取ったのか、今井さんが口を開く。


「正巳君、これは合成生物キメラで、俗称として”腹口はらぐち”とか”恐怖公”とか言われているんだ。それに……まむ、コレが捕食する動きを再現できるかい?」


 そう今井さんが言うと、モニターの中のキメラが動き始める。


 一度四つん這いになり……いきなり立ち上がったと思ったら腹部の線が上下に裂け、中から何やら小さい口の様な物が連続して飛び出す。


「これが……」


「そう、これが腹口と言われる由縁さ。いきなり腹が裂けてそこから口が出てくる……正面にれば、喰われてしまうだろうね」


 ……確かに、こんなのを喰らえば一撃で死んでしまう。


 しかし、これを初見で避ける事などできるのだろうか。


「……先輩は無事なんですよね?」


 確か、マムは”まだ生きている”と言っていた。


「はい、私が上原さんを見つけられたのも、上原さんが大番狂わせをしたからの様ですし」


 つまり、先輩が一撃若しくは二撃、三撃で殺されると思っていた奴が殆どだったわけだ。それで、賭けに参加していた参加者が、思わず”ウエハラ”と口に出したのを、マムが拾ったと。


「それで、先輩は今どこに……」


 生き残ったのであれば、何処に居るか把握して、助けに行かなくてはいけない。


「今上原さんは、ユニットの中で治療を受けているようです」


 ……治療?


 まだ生きていると言っていたのは、治療を受けている最中だからその事を言ていたのか……


「それで、先輩はどんな怪我をしたんだ?」


「はい、パパ。上原さんは、キメラの攻撃を凌いだ際に左足及び左手首、それに腹部を数か所欠損されました……」


 ……左足と左手、それに腹部欠損?


「おい、それ大丈夫なのか……?」


 普通に聞くと、明らかに手遅れな怪我に聞こえる。


「……」


「……」


「……何か方法はないのか?」


 方法が有るのであれば、どんな方法でもやる。


「一応、有るには有ります……」


「そうだね、まあ可能だろう……」


 何やらマムと今井さんは心当たりがある様だ。


「どんな方法ですか!?」


 思わず、前のめりになってしまう。


「まあ、落ち着き給え……簡単な話、上原君……先輩がいる場所に侵入し、奪い返してくる。その時に、マムが傷の治療をするんだ。リミットはあるが、急げばギリギリ間に合うだろう。ただ、それには必要なものがあってね……」


 方法があるらしい、それならやらない手は無いだろう。


「やりましょう!今から急げば間に合うんでしょう?」


「そうなんだがな……」


「パパ、それには莫大なお金がかかるんです。マムが侵入した端末から得た情報から、賭けの会場に入る為には正規の方法で侵入する他に、上原さんを確実に救える方法が無くて……正規の方法で侵入するには、賭けに参加する条件……最低資産10億円が必要なんです。他にも必要なものはありますが、それらは端末に侵入した際に全て準備できたのですが……」


 ……なんだ、そんな事か。


「それなら、問題ない!さあ、行こう!」


「いや、正巳君気持ちは分かるが、正面突破すれば途端に参加者は全て逃げられてしまう。それに、証拠隠滅の一環で先輩は処分されてしまうんだ……それに、流石の僕でも10億なんて大金あるはずないし……」


 俺が、考えなしに正面突破しようとしていると思ったのだろう、今井さんが必死に説得してくる。


 こちらを心配そうに見つめながら話す今井さんの姿を見て、少し落ち着く事が出来た。


「ですから、そのお金が問題ないんです……それで、マム。どこに振り込めばいいのかな?」


 俺がそう言うと、一瞬俺の言葉が理解できなかったのだろう、今井さんがフリーズする。


 しかし、マムは、フリーズする事なく直ぐに聞き返してくる。


「パパ、10億円ですよ?確かにパパは倹約家のようで、昨日移動した貯金は一般的な貯金額よりの沢山ありましたが、それでも10億円には程遠い―」


 時間が無いらしいので、マムの話に割り込む。


「マム、国家銀行コード88の認証システムにアクセスしてくれ、それと……今井さん、ここに生態認証システムをアクティベート出来るような端末有りませんか?」


 ……?


 今井さんから反応が無いので、今井さんの方を向くと呆けた様な顔をしていた。


「……今井さん?」


 少し、心配になって肩を揺すろうとしたところで、今井さんが変な声を出して座り込んだ。


「なんだいそれ……だって、10億円……大丈夫って……どういう事だい!!?」


 座り込んで絶叫する今井さんを見ながら、時間が無いんだから急いで欲しいと思うのであった。

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