第21話 微かな光

 今井さんが入っていく場所を見て、一瞬?が浮かぶが、直ぐに理解して入り口を入る。


 入り口になっていたのは、本来壁であるはずの場所だった。


 壁の一部が、スライド式のドアになっていて、近づくと人を認識して開くようだ。


 となると、本来の出入り口であるドアはどうなっているのだろう。


「え?」


 ドアに見える……ドアの取っ手を回そうとするが、ちっとも回る気配が無い。


 目の前に来た今井さんが、何やら楽しそうにしている。


「ふふ、それ面白いだろ?ドアのオブジェなんだ」


 ドアのオブジェ……まあ、確かにこれはどんな人でも騙されそうだ。


 面白い、と面白がるよりは困る人が多そうだが、そもそも隠れ家に誰かを呼ぶこと自体珍しいのだろう……ただ、俺も慣れるまでしばらくかかりそうだ。


「こう云うのが幾つもあるんですか?」

「まあ、幾つか、かな。とにかく中に入ろうか」


 今井さんに引っ張られて、廃墟もとい今井さんの隠れ家に入っていく。


 壁がスライドして一歩入ると、そこは中々にレトロな空間だった。倉庫のような作りで、半二階がある。一階は片側が車なんかの整備が出来るようになっていて、もう半分はジャンク品に見える機械の山になっている。二階の方はモニターやらが見えるので、自室のようなイメージなのだろう。


 ……意外とセンスがいい。


「どうかね、正巳君!中々良い感じだろう?」

「そうですね、嫌いじゃないです」


 俺もレトロな物は好きなので、気を抜くといつまでも時間を潰せてしまえそうだ。


 不味いな、と思っていると足元をモフモフしたものがウロウロしている。


「どうした?ボス吉」


 結局、ここまで付いて来てしまった。


「ほう、ネコ君も気に入ってくれたのかい?」


 今井さんがそう言いながらボス吉の事をモフモフと撫でる。


「にゃ~ご……」


 何やら言いたそうな雰囲気だが、ネコなんだから気のせいだろう。


 だからこれも独り言だ。


「ああ、大丈夫だボス吉はちゃんと猫の王様に近づいてる」


 ……気のせいだと思うが、心なしか胸を張っているように見える。


「……猫の王って?」


 今井さんが首をかしげてこっちを向いている。


「な、何でもないです。それより、先輩を探さないと!」


 そう、そもそも先輩を見つけない事にはどうにもならない。


 そう言うと、今井さんが半二階に上がっていく。


「大丈夫だよ、正巳君。今マムが探してくれてる」


 今井さんに付いて上がると、そこにはモニターが上に4つ下に4つ合計8つ並んでいた。


 そのモニターには、それぞれに違う場所の映像が映し出されている。


「これは……先輩を探して?」


「うん、そうだよ。今マムが近くの場所からしらみつぶしに調べているところなんだ」


 8つのモニターの画面それぞれがまた幾つかの映像に分かれている。


「これ見つかるのかな……」


 思わず弱音を吐くが……今井さんがすぐに安心するように言ってくる。


「大丈夫だよ、マムが見つけ出してくれるさ。マムにかかれば、どんな場所にいようと隠れる事は出来ないさ!今はゆっくり休んで、マムが見つけた後すぐに動けるようにしないとね」


 今井さん……男らしすぎます!


 他にどうしようもない事も確かなので、大人しくここはマムに任せよう。


「そうですね、疲れが残ってると失敗もしやすくなりますしね」


「うんうん。さあ、これから寝室に案内しようではないか、付いてきたまえ!」


 ノリノリだな……もしかすると、この隠れ家に来たのは俺が初めてなのかも知れない。


 一人でいるには少し寂しく感じる広さだし、かと言って作業場として十分な広さがあるかと言うと、少々手狭なようだ。


 今井さんの後をついて行く途中にチラッと見たところ、色々な工作機械が積み重なって置かれていた。恐らく、端においてあるフォークリフトで持ち上げて重ねたのだろう。


「……これは?」


 今井さんの後について行くと、そこにはカプセルが有った。


 正確に言うと、酸素カプセルだ。


 高濃度の酸素の中で寝るとより疲れが取れると言われている


「交代で起きてればいいから、先に正巳君が休んでくれ」


 近くにおいてある時計を見ると、既に深夜0時を回っていた。


「分かりました。3時間毎に交代にしましょう」


「うん、それが良い!……ところで、これの使い方わかるかい?」


 ……?


 今井さん、自分で使う時どうしてるんだろう。


「……いや、実は初めて使うんだ。ハハハ……」


 多分、勧められるままに買ってしまったのだろう。


「パパ、マスター大丈夫です!このカプセルはネットに繋がっているので、マムが調整します!……パパ、中にどうぞ!」


 マムがそう言うと、酸素カプセルの上部の蓋が開く。


 このカプセルは、眠っている間の睡眠の深さを測る機能が付いていて、その為にネットにも繋がっていたらしい。上手い事マムがやってくれるようで良かった……本格的にダメ人間に近づいているような……取り敢えず、折角マムが開けてくれたのだ、中に入って休む事にしよう。


 ……お風呂は、起きてからで良いだろう。


 そんな事を考えながらカプセルの中で横になると、今井さんが覗き込んでくる。


「……何ですか?」


「いや、他人の寝るところを見るなんて久しぶりでね……」


 いや、今井さんの場合、数人いる技術部の社員をフル稼働させた挙句、一人ひとり墜ちて行く顔を見る機会があるんじゃ……と言ってしまうのは無粋だと分かっているので、大人しく今井さんに見られる事にする。


 ……見られるだけならタダだしね。


 ……


 ……


 数分経っても、今井さんの視線が気になって中々寝付けないでいた。


 流石にこのままでいる訳にも行かないので、今井さんに声を掛ける。


「あの……蓋閉めて貰えます?」


 マムが自動で閉める事も出来るのだろうが、話していた為閉めずにいてくれたのだろう。


 しかし、流石にこのままだと幾ら時間が経っても離れそうになかったので、今井さんに蓋をして貰う。


「……何か、棺桶みたいだ……」


 今井さんが蓋を閉じる際に、ぽつりと呟いた言葉がまどろみに落ちて行く意識の中で、最後までぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。







 同時刻、ある場所で一人の男が目を覚ました。


 男はまだ完全に覚醒していない意識の中、必死に自分に起こった出来事を整理しようとしていた。


 目的はただ一つ、”生き残る為”に。


「……そうか、俺は結局……正巳の奴ちゃんと逃げたかな……あいつ、頭良いくせに何処か抜けてるとこあるから……」


 男が呟いていると、視界の端で何かがモゾリと動いたのを感じ、同時に体中の筋肉が一気に緊張しているのを理解する。そう、俺は一度こいつを何かで見ている……


 あれは何だったか……そうだった。

 仕事の休憩中にネットの掲示板スレッドを見たんだ。


 そのスレッドはこう題されていた。


 ”恐怖を感じ取る生き物と生き残りをかけたゲーム”


 当然、そのスレッドに書き込む人はネタだという事を前提にして、書き込んでいた。勿論、俺も同じようにネタである事前提で流し読みしていた。


 内容はゲームの概要から始まり、主題が二つ。もしもゲームに参加したとしてどうやったら生き残れるか、そもそも恐怖を感じ取る生き物はどんな生物なのか、この二つが主題だった。


 ……当然、真面目に読み込むような事をする筈もなく、興味本位の流し読み程度だった。


 しかし、一つだけはっきりと覚えている事がある。


 生き物の姿だ。


 忘れられるはずがない。


 あの、眼球が無いのっぺりとした頭部に、灰色と白の疎らな身体。


 何より、二足で立ち上がった時に腹部にある、横に線を引いたような口。


 確かあのスレッドにはこう書いてあった。


 ”決して恐怖を悟られるな”


 もう遅い気がする……視界の端にその存在を感じた瞬間、既に呼吸が荒くなっている。



 そして、こうも書いてあった。


 ”立ち上がった獣の前には決して行くな。もし、この二つを破れば命を保ったまま生きて出る事は出来ない。唯一生きて出る方法は……”


 生きて出る方法は……?


 どうしても、その方法について思い出せない。


 何だったか……


 思い出そうとして、男の癖の一つである”左手を顎に添える動作”をしようとした時だった。


「あ……」


 薄暗い暗闇に慣れて来ていた目が、あるモノを捉えた。


「……立ったら逃げろの、”小鬼こおに腹口はらぐち”」


 それ、は目の前で腹に一本の線を引いていた……いや、腹に付いた大きな口を開き始めていた。


 ”ヤバイ”男はそう思った瞬間、右に思いっきり飛んでダイブしていた。


 ――男が決死のダイブをした瞬間、時を同じくして世界各国で手元に置いていたモノにを壊した富裕層セレブ達がいた。逆に、歓喜の声を上げる者も極僅かいたが……


 その中でも、一人のでっぷりとした一人の男は分かりやすい態度を取った。手に持っていた、小型端末を、見ていたモニターに叩きつけたのだ。男は、モニターと小型端末が砕けたのを見て満足げな表情を浮かべた。


 そして、こう言った「こいつ、日本人の”ウエハラ”って言ったか、売りに出たら、必ず俺様が直々に可愛がってやろう」と。


 その瞬間、壊れたはずの小型端末が微かに光を発した事に、男が気が付く筈も無かった。

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