第20話 廃墟じゃないもん!

 トラックの中は想像よりも悪くなかった。


 今井さん曰く、色々と手を加えているようで、見た目そのままのオンボロトラックと言うわけでは無いらしい。


 何より、車が走っている際の振動が少ない。


 そして、音もとても小さい。


「この車は、僕の給料で色々と弄っているからね~」


 今井さんから説明されたところによると、元々ガソリン車だったのを電気自動車に改造、サスペンションを交換して、より衝撃を吸収する形に変更、後ろには荷物を沢山積めるように小型のコンテナを積んだ。


 そして、最後に先ほどマムをナビにインストールしたらしい。


「はい!マムも中に入ってビックリしました!」


 そう言えば、マムの口調が”わたし”から”マム”に戻ってる……やっぱり、こっちの方が何となくしっくりくる。


「ビックリ?」


「はい、この車はほぼ全てが電子制御で操作できるようになっているので、マムが居れば丁度良い移動手段になるのです、パパ!」


 カーナビだったパネルの中でマムが”エッヘン”と胸を張っている。


 ……中々に可愛い、ゆっくりと丸まったり開いたりしているしっぽも、良い感じに可愛い。


「そうなんだよ。僕は運転が苦手だからね、元々自動運転のシステムを開発する予定だったんだ。その前提で車も改造して弄ってたんだけど……何の気なしにマムをインストールしてみたら、操作できるっていうから、お願いする事にしたんだ」


 ……自動運転のシステムを開発って、普通大きなIT系の会社が開発するモノだろう。それを開発しようとしていたとか……流石、一人で会社のシステムを組んでしまうだけの事がある。


 まあ、マムがそれを肩代わりできてしまうとなると、そもそもマム自体が万能システムになってしまって、不必要になるシステムが多すぎる気がする。


 マムが増えたら、世の中の大半のIT系の会社が倒産するんじゃないだろうか……マムショック……まあ、マムの存在を外部に漏らすつもりなんてないから、心配する必要も無いだろうが。


「なるほど、操作出来る事はともかくとして、交通ルールとか運転の際に必要な情報は大丈夫?」


 見た感じ、特殊なセンサーは無かったはずだ。


「はい、パパ。操作に必要な情報は、ドライブレコーダーのカメラと衛星から取得しています!あとは、膨大な量の車操作情報から操作学習ラーニングして、勘で操作できるようにしています!」


 それって、あまり安全とは言えないんじゃないかな……


「時間ある時にセンサーは僕が付けておくよ……」


 今井さんも、若干不安に感じたのか、真面目な顔をして考え込んでいる。


 おそらく、何処にどんなセンサーを付けるか考えているのだろう。


「あと、マムの言う車操作情報って何のことなのかな?」


「はい、パパ。ネットに繋がっている車から様々な情報が取れるようになっていて、その情報を集約しているサーバーが有るので、そこから必要な情報を取得して学んでいるのです!」


 つまり、知らない内に集められた情報を、勝手に集めている会社があると……ネットに繋がっている車と言う事は、比較的最近の車だろう。


 知らない内に情報を集められている事を知ったら、社会問題になる事間違いないだろう。


「……因みに、何ていう会社が情報を集めているか分かる?」


「はい!」


 そう元気よく答えたマムが口にした会社は、国内でもトップクラスの自動車会社の名前だった。


「……知らない方が良かった」


 そう呟いた俺の肩に今井さんが手を添える。


「正巳君、今更だよ」


 やけに笑顔がまぶしい……が、確かに今更だった。


 今正に、知らなくても良い事を知ってしまったが故に逃げている途中だし……


「ところで、パパ。パパの銀行口座に入っているお金を、別の口座に移しておいた方が良いと思うんです」


「そうだね、正巳君はウチの会社系列の銀行口座しか持ってないみたいだから、お金を引き落とすと直ぐに場所がばれちゃうからね」


 確かに、俺は今まで口座は一つしか持っていなかった。


 会社の給料が入金される口座のみ。


 会社の給料を振り込んでもらうために、京生貿易の社員は全員自社系列の銀行に口座を作る。


 俺は、会社の給料振込用の口座を作って以来、必要が無かったのもあって、他の銀行で口座を開設した事が無かった。


 ……つい最近まで。


 そう、宝くじで900億円が当たって、流石に国内の銀行に入金するのは少し不安で、海外の永久中立国と言われる傭兵を雇っている国の、国営銀行に預けたのだ。


 この国営銀行は、完全に独立したシステムで運用しているようで、マムも中に入れないだろう……一度何処からか内部システムにインストールされてしまったら、また違うかもしれないが。


 と言う事で、基本的に俺が使う銀行は一つだけだ。


「どうすれば……」


「正巳君、大丈夫」


 今井さんに、何やら考えが有るらしい。


「でも、俺他に使える・・・口座有りませんけど……」


「無いなら、作ればいい!って事でマム、正巳君名義でネット銀行の口座を開設して、開設した口座に正巳君の残高を全部移動してくれ!」


 なるほど、確かにマムにかかれば造作もない事だろう。


 だからと言って、振り込みはともかく、お金の引き出しをマムが出来るのだろうか。


「マムは、銀行からお金を引き出せるの?」


 「はい、京生貿易の関連企業の銀行システムは既に支配下にありますので、可能です」


 ……セキュリティが意味を為さないと……マム、何でもありだな。


「分かった、マムに任せる」


「はい!」


 どうやら俺のお金はどうにかなりそうだ。


 俺の問題が済んだところで、目的地にも着いたらしい。


「パパ、マスター着きました!」


 車が止まったのを確認して、マムにドアを開けてもらって車の外に出る。


 既に外に出ていた今井さんが、早く早くと手を引っ張ってくる。


 ……まるで子供みたいなはしゃぎ方だ。これはこれで子供っぽくて見ていて癒されるので、そのままにしておく……一応三十路なんだけどね。


「さあ正巳君、ここが僕たちの潜伏する隠れ家だ!」


 今井さんの言葉に促されて、その隠れ家・・・に目を向ける。


「……廃墟?」


 思わず、口が滑ってしまったが、正に廃墟と言うのが分かりやすい例えだろう。


「……ない、……廃墟じゃないよ~!」


 どうやら今井さんにとって、ここはこだわりを持って造った隠れ家だったらしい。


 ……壁へのつたの絡まり具合と言い、屋根のトタンの錆の付き具合と言い、外見だけ見ると完全に廃墟と言うのが相応しい。これで、中が外見通りでなければ、良い隠れ家と言えるのだろうけれど、はたして……


 悠々と歩いて行く今井さんを尻目に、多少の不安を感じるのであった。

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