第23話 準備万端
今井さんが持って来てくれた生態認証に使用する機械を、設置する。
生態認証は二つ段階がある。
一つ目が静脈認証。
二つ目が網膜認証。
これらは、銀行に行くと特別室で認証を受ける事が出来る。それによって、国内にいても手軽……では無いが、殆どの銀行を通して国家銀行に預けた預金を引き出す事が出来る。
高度なセキュリティを必要とする資産家もしくは、それに類する富裕層が利用する場合が多い。俺も宝くじ当選の確認と受け取りの手続きの際に銀行から紹介されてその存在を知った。
正直、普通の銀行に預けていたら何となく心配になる。何より国家銀行の場合、保証をしているのが国家銀行を運営する国なので、もし何かあっても、国によって預けている資産は保証される。
……流石に、国家銀行を運営している国が経済破綻してしまったり、革命が起きた際はその限りでは無いが、安全度は通常の銀行組織に比べて段違いだろう。
「それで、後はマムに網膜スキャンのシステムを
指紋認証に必要な外部接続機器は、今井さんの倉庫にあった。
しかし流石に、網膜スキャンをするのに必要な設備や機械は無かった為、高性能なカメラをPCに接続して、マムがカメラを通して網膜情報を収集する事になったのだ。
少しの間、放心状態だった今井さんには、詳しい事は後で説明すると約束して、今は必要な事に集中してもらう事にしていた……流石に、10億円持ってると言うのには今井さんも少なくない衝撃を受けたらしい。
本当は900億円あると知ったらどうなるんだろう……まあ、お金は効果的に使うべきだと思うので、全部で50億円位持っている事にしようと思っているのだが。
「はい!網膜スキャンに必要なシステムの構築及び接続機器に特化した
マムに確認した際、認証システムを独自に構築する必要があると話していたのだが、どうやらもう構築を終えていたらしい。しかも、調整まで終わったと……
「流石、マムだ!それで、どうしたら良いかな?」
マムが嬉しそうに画面の中でくるくると回った後で、指示を出してくれる。
「パパは、椅子に座って下さい。その後、マスターにはカメラをパパの前で固定して持ってもらって……あ、静脈認証に使う機器はマムに接続した状態で、パパに指を置いていて貰えば大丈夫です!」
マムに言われた通り、椅子に座って静脈認証の機械に指を置くが……今井さんが思わぬタイミングでカメラを支えに体を出して来た。
……ふにゃっとした感触が手の甲にある。
「ひゃっ!……もう、正巳君そう言うのは後でにしてくれないかな~」
タイミングが悪く、静脈認証の為に伸ばした手が今井さんの胸部に触れる……
「えっと、いや、そういう訳でなくて……俺は認証に必要だから手を……」
あくまでも、事故だ!と冷静に説明しようと思ってはいても、咄嗟の事に上手く
「……ふふ、分かってるさ、このラッキースケベ君め!」
「いや、だから事故で……?」
ん?今井さんは今
「……ママ、マスター急がなくて良いんですか?」
マムが腰に手を当てて、少しだけムッとしている……もしかすると、二人で楽しそうにしていると勘違いしたのかも知れない。
「マム、大丈夫だよ、僕と正巳君は確かにイチャイチャしてたけど、別にマムをのけ者にしていた訳じゃ無い。いずれマムに体が出来た時には、マムも一緒にイチャイチャ……「―あの!」」
これ以上話が進むと、変な約束をする事になりそうな予感があったので、今井さんの話の途中で割り込む。
「えっと、急がないといけないので、その話も今度にしましょう……」
……やってしまった。
マムと今井さんのキラキラした瞳に、その話を辞めろと言えなかった……先送りにしてしまった。
「そうだね、うん。正巳君もこうやって約束してくれた事だし、無事
「はい、マムも早く体が欲しいです!」
……いつマムに体が出来る事になったのか不明だが、マムの言う体とはアンドロイドのようなイメージなのだろう。それなら、ロボット販売をしている会社に問い合わせれば、どうにか出来そうだ。
そんな事より、変な約束をしてしまった事が不安だが、それも今回の救出が上手くいかない事にはあり得ない将来の話だ。先ずは、先輩を救出する事を成功させなくてはいけない。
「……はい、と言う事で先ずは認証を……」
今井さんはニコニコしていて、マムも何やら決意したような表情をしている。
結果的にリラックス出来たのなら良い。
……そもそも、マムにはリラックスとか関係ない気がするけど。
あと、マムのアバターが表現する感情の機微が、物凄く人に近い物になっている気がする。きっと、自己学習のシステムが上手く機能しているのだろう。良い事だ。
「これで良いかな?」
今井さんがカメラを俺の顔の前で固定している。
「はい、今国家銀行にアクセスしますので、そのままでお願いします……パパ、脈拍が少し早いようですが……?」
……マムに言われて、少しだけ顔が赤くなる。
……だって仕方ないじゃないか!今までの人生で女の人と身体的接触が無かったんだもの……いきなりあんな事があると、平静になるには少し時間が必要で……今井さん、そこで顔を背けないで下さい……それ、笑いを堪えているのバレバレですよ。
「そ、それで認証の方はどうなんだ、マム?」
「……正巳君」
今井さん、黙ってて下さい。
「はい、パパ。認証の方は正常に終えました。次に振り込む先の口座ですが、如何しますか?通常の銀行口座の場合、一回の取引金額に上限がある為、今回の条件に合う種類の口座を新規開設する事をお勧めしますが……それに、名前も匿名で登録できる口座の方が良いかと思います」
……そうか、普通の銀行口座だと、一回の取引の限界が100万とか200万とか、多くても数千万円の単位だった気がする。
それに、匿名で登録できるならそれに越したことはない。何より、これから侵入しようとしているのは、裏の世界だ。俺の名前が知られてしまえば、どんな影響が後々あるか分かったものではない。
「分かった、そこら辺はマムに任せる!好きにやってくれ」
そう答えると、マムが何やら嬉しそうにガッツポーズを決め、ぶつぶつと呟き始める……AIなのに独り言とか……本当にどんなプログラムをすれば、そうなるんだろう。
「やった!パパに任せてもらえる!……えっと、先ず完全に情報隠ぺいをする事が条件で……登録する情報は褐色の肌の190cmの男性で……口座はFXに特化した国家銀行……口座開設の申請は中東の国から……」
マムが何やらとんでもない設定で口座を用意しているみたいだが、任せた以上問題がある結果にはならないだろう……以前はそれで失敗したが、前回からマムも成長している。マムの親として、大丈夫だと言う
「正巳君、マム張り切ってるみたいね……」
どうやら今井さんにも思う所があったみたいだが、俺が何も言わないのを見て任せる事にしたみたいだ。
「はい、マムなら上手くやってくれると思います」
そう今井さんに返すと、嬉しそうに微笑む……微笑む今井さんを見て、マムの微笑みが何処か今井さんに似ている事に気が付く。
きっと、マムが今井さんの表所をトレースして、アバターの動きに取り入れているのだろう。
マムについて今井さんから説明を受けた時、『マムの人工知能としてのプログラムは、一つの個が確立されるように組んであるし、自己学習するようになっている。個性のあるAIとして成長するだろう』と言われたことを思い出す。
マムは個として、今井さんの特徴を取り入れている……少なくない親愛の表れだろう。そう思うと、改めて、マムの事が可愛く思えてくる。
「パパ!無事に用意出来ました!送金にはパパの金額指定が必要となるので、お願いします!」
そうマムが言うと、画面上に口座の操作画面が表示される。
残金は表示されない。
安全面での理由で、残金を確認する為には再度認証する必要がある。
画面のパネルに、送金する金額を入力すれば取引が実行される。
送金する際に入力した金額と、口座の残金を照らし合わせて不足している場合は残高不足となり、実行不能と表示される。
「10億円と……はい!これで良いかな?」
10億円と入力し、マムに確認をする。
「はい、今実行します……確かに振り込みが実行されました……それに……」
マムが最後の方で口ごもるが、恐らく残高に気が付いたのだろう。
「それで良い!よし、後は賭けに参加するだけだな!」
少し強引に話を次に進める。
「……本当にあったんだ……」
今井さんが何やら呟いているが、既に済んだ事だ、問題ないだろう。
「はい!後は、賭けに参加する手続きを……済みましたので、賭けの会場に向かいましょう!」
……本当に、マムは優秀だ。次から次へとスムーズに進む。
「……うん、まあそうだね!よし、今車を用意する!」
少し間があったが、今井さんが立ち上がると出入り口の方に歩いて行った。
「いよいよだな……」
「はい、マムも端末の中に入って、一緒に行きます!それで、向こうに付いたらまずシステムを掌握して……」
どうやらマムの方もやる気十分なようだ……さあ、行こうか!
改めて気合を入れ直し、今井さんの待つであろう車へと向かうのだった。
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