第16話 脱出先
上昇を始めたエレベーターの中で、落ちるのとはまた違った不安を感じていた。
上昇する早やさが上がり、片手で掴まっているだけでは体を支えられない位のスピードになって来たので、反対の手に持っていたスマフォをポケットに入れ、両手で鉄棒に掴まる。
もうヤバイ!と、座り込みそうになったところで上昇が止まった。
「……着いたのか」
『はい、パパ。着きました!』
ポケットの中に入れたスマフォからマムが答える。
仕舞ったままだと可哀そうなので、スマフォを取り出してマムに質問する。
「それで、この後どうしたら……マム?」
スマフォの画面を見ると、マムが動画?を見ていた。
「パパ、これが外の映像です。人が居ないのが確認出来たら外に出られます」
なるほど、外の様子をカメラを通して確認していたのか。
しかし……
「今井さん、マムが居ないときどうやって
今でこそマムがいるから、全自動並みの簡単さで使えるが……
そもそも、操作とかどうするんだろう……
「私が操作しないときは、マニュアルで操作できます!」
……マムの一人称が、私になってる。
アバターが定まったのが原因だろうか。
別に、自分の事を”マム”と呼んでいても良いのに……というか、そっちの方が可愛いのに。自立学習型というだけあって、きっと、凄いスピードで学習、吸収、成長しているのだろう……
そんな事を考えていると、元々壁だった側の一部が反転して操作盤が現れる。
「なるほど、これで操作するのか……」
確かに、操作盤があるなら、何とかできそうだ。
これだけの設備を幾つか造っていたとしたら……
「そりゃ、90億掛かるだろ」
細かいところにも、こだわりと云うか、何処か芸術性を感じる。
特に、この床と壁はコンクリートに見えるが、よくよく見ると実は全く違う素材なのが分かる。恐らく、もっと軽く、自動昇降機……エレベーターに合う素材で出来ているのだろう……塗装が完璧で他の壁と全く見分けがつかなかった。
「パパ、外の安全が確認できました。今から外へのハッチを開けます。上から降りてくる梯子を上がって外に出て下さい!」
マムがピシッと敬礼のポーズを取っている。きっと、これも何処かで学習して来たんだろう……変な成長の仕方をしないといいけど……パパ心配だよ、マム……
「わかった。一旦仕舞うな、マム」
昇降機の天井部分が開き、梯子が下りてくるのを確認して、スマフォをポケットに仕舞う。
スマフォを仕舞った後、梯子を上って行く。
「ここは……?」
外を見渡すと、そこには計測器やら作業台やらが置かれているのが見える。
マムが確認してくれた通り、周囲に人が居ない事が確認でいたので一先ず外に出る事にする。
『パパ、閉めますので、気を付けて下さい』
ポケットの中の
画面の中でマムが”気を付けて!”と、身振り手振りをしている。
マムが一生懸命に動いている姿に癒される。
しばらく見ていたいとも思うが、そうも言ってられない状況だと思い出す。
「もう少し下がるか……」
一歩、二歩と出て来た場所から後ろに下がると、音もなく床がスライドして穴が閉じる。
穴が完全に閉じたのを確認して、改めて周囲を見渡す。
「下水処理施設?」
そう、そこは毎朝通勤時に通り過ぎている下水処理施設の中だった。梯子を完全に上がり切った事で、自分がいるのが下水処理施設の中という事が分かったのだ。
計測器やら作業台やらが置いてあるが、窓から見える景色は間違いなく普段通勤時に通り過ぎる景色に違いない。
「パパ、今ドアのロックを解除するので、そこから外に出て下さい」
ドア、と言われてそちらの方を見ると、なるほど確かにそのドアは電子制御されているようで、近くに操作するパネルが付いている。
……下水処理施設に、こんな高性能なセキュリティ要らないと思うが、ここが緊急出口ならそれも分かる。
と言うか、数年前……2,3年前にここが工事されていたのは、この設備をつくる為だったのか……大がかりすぎる……まあ、その工事で下水の臭い匂いが改善されたから真っ当な施設工事もしたんだろうけど。
そんな事を考えていると、”ガチャッ”と音がして、ドアが内側に開く。
「マム、外に出ても大丈夫?」
「はい、パパ。外の防犯カメラで確認しまいたが、施設の周囲には人の気配がありませんので、外に出ても大丈夫です。ただ、施設に面する道路には人通りが
なるほど……スマフォで確認するに、現在時刻は20時30分を回ったところ、今の時間帯だと帰宅途中の会社員や学生が居ても可笑しくない。
ただ、俺が
「よし、それじゃあ、外に出たら裏門を出て、そのまま家に急ぐ。何か知っておくべきことが有ったら、教えてくれ」
この後、表通りに出たらマムと会話する訳にも行かない。電話をしている振りをすれば問題ないかも知れないが、そんな演技をするような余裕も時間もない。
ただ、今後の為にマイク付きのイヤホンを買っておくのは良いかも知れない。
マムと話をする為に、わざわざ耳を近づける必要も、スピーカーで話して不要なリスクを取る必要もなくなる。
「はい。マスターから伝言を預かているので伝えますね」
そう言うと、マムが伝言 ―と言うより録音された音声― を再生し始める。
「正巳君。無事着いていたら、良かった。実はまだ僕も試したことが・・ゴホン。……ともかく、家に着いて必要な物を用意し終わったら、一旦マムに伝えてある住所まで向かってくれ。そこに逃げる為の手段を用意している」
無事着いていたら、って……俺が初めて使ったのか
「後は、逃げた先で君の先輩 ―上原君だったか― をどうやって助け出すか、その後の事をどうするか考えよう。マムが居れば通信は問題ないから、安心してくれ。それと……マムの姿気に入ったかい?案外尻尾っ娘も可愛いもんだね。まあ、取り敢えず伝えた住所に着いたら一度連絡をくれ。それじゃあ」
そうだ、今は安全な場所まで逃げる事と、先輩をどうやって助け出すか、そもそも何処に居るのかを探し出すのが最優先だ。今は、余裕が出来た後でマムの尻尾について話をするのを、楽しみにしておこう。
「ありがとう、マム。確かに、今井さんからのメッセージ受け取った。この後はマムとは一旦話せないけど、部屋に着いたら向かう住所について教えてくれ」
「はい!パパ……それとしっぽが可愛いって……」
マムがごにょごにょ言っているが、
まあ、重要な事は聞いた後だと思うし、必要な事であれば後で言ってくるだろう。
マムは、優秀で可愛い娘なのだ。
「よし、それじゃあ行くか」
そう言ってスマフォをポケットに仕舞い、ドアを開く。
勿論、画面上のマムが恥ずかしそうに、そして嬉しそうにクネクネしている事に、気が付く様子もなく。
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