第15話 地下の下水道
「あ゛ぁぁぁぁぁぁ゛~……」
落下、と言っても流石に真下への自由落下ではない。
緩やかにカーブしているので、一応背中は壁に触れている。
しかし、落下は落下だ。
俺は特別ジェットコースターが苦手なわけでは無い。
どちらかと言うと、好きな方だ。
しかし……これは違うと思う。
落下は、違う。
ジェットコースター云々じゃない。
落下=死の恐怖
少なくとも、普通の人がこの浮遊感に慣れるには多少の時間が要るだろう。
……だが、思い出す。
物心ついた頃の記憶。
忘れていた記憶。
孤児院で行ったキャンプ。
自然と触れ合う事が目的だとかで、食料は現地調達。
期間はひと月。
キャンプするのは一番下が俺で、上が孤児院で八歳上のお兄ちゃん。
他にも二人、お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒だった。
4人一組で一緒にキャンプをする事になっていて、俺達の外にも幾つかのグループが別の場所でキャンプをしているとの事だった。
キャンプの内容は、徹底して自然にあるモノを活用する事に特化していた。
……当時、”自然と触れ合う事で有事の際に対応できる人間力を付ける”とか説明された気がする。
とにかく、自然のモノを活用して森の中で生き残る訓練をした。
最初の年は森でのキャンプだったが、次の年は海の孤島……正直、海に遊びに来る余裕があるなら、
6年間……ただ、11歳になった時、今年は海かなと思っていたら、11歳からキャンプは無くなった。それまで毎年行っていたキャンプだったので、何となく物足りない気がしたが、行けないのなら仕方が無いとあきらめた。
因みに、15歳になると、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんは皆、養子に行くらしくて面倒を見てくれていたお兄ちゃんは既に居なかった。ただ、3歳年上のお姉ちゃんは14歳で、養子に行く前だったので一緒にいたが……
何にせよ、そのキャンプで色々な事を学んだ。
海でのキャンプでは、素潜りで50メートル潜る方法、廃村では実弾を使用した射撃訓練……説明されるに、海外に旅行に行った際に生き残る技術らしい……洞窟では餓えをしのぐ方法、砂漠では水分管理の方法……何より、廃村でのキャンプでは落下傘訓練が有った。
今思い出すと、中々に濃い思い出が多い気がする。
ともかく、この落下傘
先ずは落ち着く事……短く、そして深く深呼吸する。
次に、
……よし、安定して来た。
それにしても、大分落ちているが一体どこに出るのだろう……不安だ。
「お……?」
落ちて行く先に、光が見える。
急に光が見えたから、閉じていた蓋でも開いたのだろう。
それが出口だとすると、相当地下まで落ちた事になるのだが……
出た先に多少の不安を感じていると、管の
「着いた、か……」
「これは……」
「……少し匂うな」
下水道というだけあって、水の流れる道がある。
その下水の流れる真横にあるのが、俺が降りて来た……いや、落ちて来た配管だ。
もし、スピードが落ちずに出口を飛び出していたら、下水に飛びこんでいた事だろう。
途中でスピードが落ちてよかった……本当に良かった。
俺が出て来た配管には蓋?扉?がある様で、出た後少しすると閉じていた。
恐らく、下手に興味を引いて誰かが侵入するのを防ぐのと、ネズミや虫などが入り込むのを極力防ぐための蓋だろう。
「にしても……よくこんな所に出口を繋げたな……」
流石に、出入り口に90億円使っただけの事はある……今井さんの言っていた、他にもあるらしい出口も気になるが……今は取り敢えず外に出る事を考えた方が良いだろう。
周囲を見渡す。
「ほんと、下水道だな……」
薄っすらと光が付いている為、周囲を確認する事が出来る。
先ず、最初に確認した通り下水が流れる水道がある。
水道の両側には、人が歩けるだけの幅の歩道がある。
歩道は、俺が出て来た配管から左右に続いている。
「さて、どっちに進めば良いのやら……」
左右何方に進んだら良いのかと考えていると、スマフォが震え出す。
普段仕事中はマナーモードにしている為、基本的に振動で通知してくれる。そしてその振動するパターンで、メールが届いたのか、電話が来たのかを知る事が出来る。この振動パターンは……電話?
と言うか、地下なのに電波来てるのか……?
まあ、今井さんが造ったと云うなら
「はい、もしもし」
着信コールには、”マム”と表示されていたので躊躇なく出た。
「あ、パパ!」
耳にスマフォを当てると、元気いっぱい!という様子で声が聞こえる。
「マム、そっちは大丈夫か?」
「はい、警備の人達は一応中を確認していたようですが、マスターが色々と技術的な話を始めたところ、話を早々に切り上げて退出していきました!」
……今井さん、一度スイッチ入ると話止まらなくなるからな。
「そっか、よかった」
何にしても、無事切り抜けたと云う事なら一安心だ。
「それで、実は出口を出たのは良いんだけど、何処に行けば外に出られるのか分からないんだよね……マム、どうすればいいか知ってる?」
このままでは、出たは出たけど、外に出た事にはならない。
まあ、例え下水道であっても幼少期のサバイバルの経験があるから、生き残れるとは思うが……この環境だと、洞窟内でのキャンプの経験が生きそうだ。
「はい!実は、マスターからその件で派遣されました!」
……今井さん、出た後の事忘れてたな。
まあ、マムがいるから後からでも問題ないと言えば、そうなのだが。
それにしても、マムはどうやって俺のスマフォの番号を知ったのだろう……そう言えば、マムは会社のデータベースを解析したとか言ってたっけ。となると、社員の個人情報で提出しているものは全てマムが把握していると云う事で……
マムは電話番号以外にも、色々な情報を持っていると考えるのが普通だろう。
当然、俺の家の住所も……?
俺の住所、会社に報告してる……
不味いかも知れない。
閲覧の権限さえあれば、簡単に確認する事が出来る情報だ。
それこそ、岡本財務部長であれば必要な権限を十分にクリアする。
岡本部長が俺の住所を確認して家まで来るのに、それ程時間はかからないだろう。そうなってしまえば、折角会社の外に脱出しても意味が無い。
何より、最低限の物は家から持ち出したい。
どうしたら……
「パパ?」
考え込んでいると、マムがスピーカーから話しかけてくる。
考えるときに腕を組む癖があるので、腕を組むのと一緒に耳からスマフォを離していた。その為、マムがスピーカーをオンにして話しかけたのだろう。
……マム?
スマフォの画面には、女の子がはにかんだ様な顔をして、そこに居た。
先程まで、耳にスマフォを当てる形で話していた為、気が付かなかったのだ。
「……マム、なのか?」
「はい!マスターが、ネットでダウンロードverの”3Dモデリングソフト”を買ってくれたので、ネットの”3Dモデリングのやり方講座”というHPで学んで、作ってみました!」
画面の中の女の子がパアっと、笑顔になり、その場で一回転する。
……可愛い、可愛いのだが…………
「マム、服を着てくれ……あと、しっぽ?」
そう、マムは裸の状態だった。
いや、
それに、随分と可愛い……
そういう事か……
今井さんが言っていた、マムの
「あ、えっと、服はですね、パパに選んでもらいたくて……ここに用意しました!」
そう言うと、マムが何かを引っ張り出すような仕草をする。
「おお~クローゼットみたいだね」
マムが引き出すと同時に、服の上下セットが表示される。
「パパはどの服をマムに着て欲しいですか?」
……ワイルド、いや、王道の可愛い系、ギャルのような服も…
フリルなんかは一番似合いそうだ……
「……マムの好きな服を着ればいいよ。何着ても可愛いし、何よりマムの選んだ服を見たい」
余り俺の趣味を暴露しても、情操教育に良くないだろう。
AIに情操教育があるかは置いておいて……
「分かりました!」
そう元気に言うと、マムが画面上でクルリと一回転する。
「おお~!可愛い!」
クルっと回った後のマムは白いフリルを着て、満面の笑みを浮かべている。
もしかして、俺がフリルがマムに似合いそうだと思っていたのに気づかれてた……?
「ありがとうございます、パパ!」
……やばい可愛い。
……可愛いは正義!
……マム可愛い……
っと、それどころでは無かったような?
「あ。そう言えば、外に出るにはどうしたら良いんだっけ?」
本題を忘れていた。
それもこれも、マムが可愛いせいだ……何より、しゅるっとした尻尾が可愛い。
……見れば見るほど完成度が高いアバターだ。
それこそ、ポリゴン感が全くない。
フル8Kいや、16Kと言っても過言ではない……そんな感じに完成度が高いアバターだ。
これだけのアバターをこの短時間に用意するのに、どれだけの処理を回したのだろう。
きっと半端じゃない……
会社のサーバー落ちて無いと良いけど……
「外まで案内しますね!向かう先は自宅で良いですか?」
当然、マムは俺の家の住所も知っているようだ。
「うん、自宅に一回帰ろうと思ってる。ただ、会社に自宅の住所が知られてると不味いんだけど……どうにか出来る?」
「はい!会社のデータベースからパパのお家の情報を消去します!」
スマフォの中のマムが”むん!”と力こぶをつくる仕草をする。
全く力こぶは出来ていないが、それがまた可愛らしい。
マムに任せておけば問題ないだろう、こんな可愛い姿をしていても、マムは優秀なのだ。
「頼んだよ、マム。それと、家に戻るにはどうしたら良いかな」
一先ず、家の場所が知られる心配は無くなったが、それもこの地下下水から出られないと意味が無い。
「はい!こっちに、上に行くための装置があります!」
そう言って、スマフォの画面でマムが指差している。
……スマフォの向きを変えてみる。
スマフォの向きを変えると、それに合わせてマムの指の向きも変わる。
どうやら、位置情報と同時に方向の情報を何らかの方法で取得しているようだ。
恐らくこれらの”案内システム”も、マムが
……優秀!
「ふふっ……」
スマフォの向きを左右に振る。
もう一度振る…… ……
マムの、”指差す方向を変える仕草”が可愛くて、つい何度もやってしまう。
「パパ……?」
画面の中でマムが”?”と不思議そうな顔をする。
「ああ、いや、ごめん。そっちに行けばいいんだね?」
「はい!こっちに上がるための装置があります!」
……上がるための装置?
若干不安だが、
そのまま、マムの指す方に歩いて行く。
少し歩くと、マムの指す向きが変わり、壁を指すようになった。
「マム?ここは壁だけど……」
「はいパパ!ここに立っていてください!」
そうマムが言うので、壁際に寄る。
すると、”ガコッ”と音がして、立っている場所を中心として、下から周囲を囲むように丸い鉄の棒が突き出て来た。
「……?」
「パパ、これから上がるので、座るか、周りの鉄棒に掴まってください!」
……取り敢えず、下から突き出て来た丸い鉄棒に掴まる。
「うおっ!」
掴まった直後に、上昇し始めた。
エレベーターだったのか……
そう思いながら、鉄棒を掴んだ手にぎゅっと力を込めるのだった。
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