第10話 使い道
目が覚めると、既に12時を回っていた。
「ふぅあ~……寝たな~」
大きく欠伸をした後で、起き上がる。
スーツのままだ。
「そう言えば、そのまま寝たんだっけ……」
面倒に感じながら、スーツを脱いでいく。
「メイド雇おうかな……お金はあるし」
メイドを雇うと幾らかかるんだろう……
このまましばらく仕事をするとして、今の状態でメイドを雇うと給料の大半を消費する事になりそうだ。……メイドを雇うために、仕事をする……いや、そもそもお金はあるからそっちからメイドの給料を出せば…?
寝起きだからだろうか、頭が回らない。
それにしたって、メイドを雇うために会社の給料の半分を使うとか、少し前の俺だったら発想もしないな……世の中のモノ好きには居そうだけど。
「……シャワー浴びるか」
考えるのを打ち切って、シャワーを楽しむことにする。
本当は湯船に水を張って風呂に入りたいが、シャワーも十分好きだ。
――
シャワーを浴びた後で、今日最初の食事を食べる。
最近胃の調子が悪いので、なるべく負担の軽いものを食べる事にしている。
「フレークとバナナは最強だな」
コーンフレークに牛乳を入れ、バナナも薄くスライスして一緒に食べる。
必要なエネルギーが素早く取れる為、我が家では定番のメニューだ。
……楽だしね
ここ一月ほどは、イベント関連の打上や反省会と称する飲み会で胃がストレスマッハだった。
「優しい味……」
よく、二日酔いにはアサリの味噌汁と言われるが、我が家ではコーンフレークのバナナ添えが定番だ。
……楽だから
皿に残った、牛乳を飲み干す。
フレークの味と、バナナの味がしみ出していていて、美味しい。
片付けも楽だ。
食べ終わった後の皿と、スプーンを洗うだけ。
「よし、着替えて出勤するか」
時間は14時少し前。
……そうだった。
昨日スーツのまま寝たため、皴が酷くてとても着ていけない。
スーツは他に4着持っているが、2着は冬用で、もう2着はクリーニングに出している。
「スーツも買うか……」
何なら最高グレードのスーツを買ってみても良い。
数百万円のスーツ……恐ろしく身の丈に合わない、無駄遣いな気もする。
「今日は私服で行くか」
思えば、入社してから初めての私服での出勤かも知れない。
何を着て行こう……
普段着で良いだろうから、特に悩む必要もないか……
「確かここにアイロンをかけた後のが……」
時間のある時にアイロンをかけておいた、紺のポロシャツと紺のチノパンを引き出す。
本当は、休みの日出かける用で用意していた服なのだが……生憎、ここ数カ月は忙しくて休日も家で仕事をしていた。それに、綺麗な服を用意しても、一緒に出掛けるような恋人などいる筈もないが。
「これでも学生の頃はモテたのに……」
知り合いの中にはすでに結婚をして、子供も生まれている奴もいる。
どうしてこうなったのやら……高校までは、アルバイトが忙しくて色恋にかまけている時間などなかったし、大学ではひたすら分析学を極めていた記憶しかない……
今年25歳、3月生まれだから同年代は26歳になっている。
「恋ねぇ……」
年齢=恋人いない歴の俺には少し遠すぎる世界だ。
今まで生きて来て付き合った事が無い為か、付き合った後に何をしたらよいかも想像できない。
「そう言えば、今井さんは結婚して……るわけないか」
少し失礼だとは思ったが、正直なところ今井さんが誰かと付き合っているところは想像できない。それが結婚ともなると尚更無理だ。
パッと見、綺麗なだけあって、言い寄る人はいくらでも居そうだが、機械狂いと言うしかない彼女の仕事ぶりを知れば、百年の恋も冷める。
それこそ、今井さんにとっては機械こそが恋人であり、パートナーなのだろう。
「技術の今井……か」
機械狂いともいえる彼女だが、そうなる切っ掛けを知ってしまった俺は何とも言えない。
それこそ、彼女の母親がジャーナリスト等でなく、父親が出版社等していなければ、彼女の人生もまた今のものと違っただろう。
ただ、その場合、人身売買の事実が一瞬でも表に出る事は無く、今も多くの被害者が居たはずだ。
……そもそも、今では本当に人身売買がされていないのだろうか?
本当は、今も人を商品として取り扱っているのではないだろうか……
そうだとしたら、ボーっとしている訳にはいかない。
一番割を食うのは弱者だ。
それは孤児だった俺が一番よく知っている。
俺は、周囲より少しだけ勉強が出来た。
……いや、勉強に興味を持てた。
そのお陰で学費免除で学校に通えたし、少し自給の良いバイトで生計が立てられた。
もし、もしも、勉強が出来なかったら、どうなっていただろう……
少なくとも、今のような暮らしは出来ていない。
「俺は何をしてたんだ……」
俺には力が
金という力を。
この
元々使い道を決めていなかった
弱者を助けよう。
……いや、違うな。
弱者から脱する気概を持つ者に手を貸そう。
弱者で甘んじている人はそこに居場所を見出している。
俺は
それに、ただ与えられただけでは人は堕落する。
俺もお金を手に入れた事で気を抜くと、直ぐに堕落するだろう。
自ら意思を持って努力する者に力を貸そう。
――
いつの間にかハイになっていた。
振り返ってみると少し恥ずかしい。
弱者だ、なんだ、と言ってみても結局本人の認識次第だ。
あくまでも、俺から目線でしか話が出来ない。
それに俺は、現状に不満を持っていて、今までもその不満を解決して来ただけだ。
学生の頃、アルバイトを始めたのは、友達が食べていた冷凍餃子を毎日食べたかったからだし、勉強に人一倍打ち込んでいたのは、分からない事に我慢が出来なかったから。大学に進学してからもそうだったし、社会人になった今でもそれは変わらない。
結局は自己満足だ。
「自己満足……上等じゃないか」
自己満足でもいい。
俺は俺の不満を解決していく。
そうやって生きて来たし、これからもそうだ。
900億円手に入れて、変わったのは何でもない事。
”不満を解決する手段が増えた””解決できる程度が大きくなった”これだけの話だ。
そう考えると、お金の使い道について、あれこれ考えていたのが馬鹿らしくなってくる。
「メイドとか、高級スーツって……」
……いや、確かにメイドは現状の不満を解決できる一つの手段だな。ただ、高級スーツは必要ないから、時間を見つけて安物のスーツを何着か買っておこう。
今週末は時間取れるかな、などと考えていたが、時計の針が16時を指したのに気が付く。
「やばっ、先輩はまだ会社に居るかな……居るか」
先輩は家に待つ家族が居るわけでもなく、恋人がいるわけでもない。何より、仕事に対して真面目だ。そんな先輩だからこそ、更に”シンガポール支社”について調べているに違いない。
今井さんの話を聞いたら、先輩はなんて言うのだろうか。
”自社の黒い噂”
”今井さんの両親の話”
何かせずにはいられないだろう。
……ともかく先輩を捕まえるのが先だな。
これから起こる事に考えを巡らせながら、家を出たのだった。
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