第9話 仲間
その後、今井さんから詳しい話を聞いていた。
今井さんが当時10歳で、小学校から帰ったら父親が青い顔をして電話の前に立っていた事。
その後父親から母親が亡くなった事を聞いて、始め信じられずにいた事。
帰国予定日を過ぎても母親が帰ってこない事が原因で、その日父親と喧嘩をし、家を出て公園で一人で泣いた事。
いつの間にか泣き疲れて公園で寝ていて、家に帰ると父親の気配が無く、慌てて家中を探すと、荒らされた書斎と動かなくなった父親の身体を見つけた事。
その後警察を始めとした人が調べに来たが結局、外国人の強盗に巻き込まれたという結論が出た事。
それから暫くは自分の部屋にこもってネットをしていたが、ある掲示板の記事を見て一連の事件を改めて調べ始めた事。
関連があるであろう企業と政治家の下調べをし、ほぼ間違いがない確信をした事。
それからはひたすら”その時”の為に力をつけていた事...…
恐らく、今まで誰にも話さず、自分の中にため込んでいたのだろう。
せき止めていた堤防が決壊したかのように、次から次へと言葉が止まらなかった。
これだけの話を聞いて、はいそうですか、大変でしたね。なんて黙ってられない。一息ついてから、少し落ち着いた今井さんに声をかける。
「俺も黒幕を探します」
一拍おいて、今井さんの顔が綻ぶ。
「君と出会ってから色々と調べさせてもらっていてね、君に仲間になって欲しかったんだ」
「”技術の今井”に比べると、僕が出来る事は殆どなさそうですけどね。少し分析が得意なのと、とことんやり切る位が取り柄ですよ」
「分析ね、君の卒論読んだよ」
「卒論、ですか?」
大学の時書いた
「そう、あのデータ分析へのアプローチの仕方と、その応用は興味深いものがあった」
俺が卒業論文で書いた内容は、はっきり言って論外。
”そもそも検証不能だ!”と、教授にも散々怒られた。
……俺の頭の中では検証したんだけど。
「評価して頂いて嬉しいです。でも、アレは異端も異端、そもそも検証や再現出来ませんよ?」
今井さんがニヤッとする……技術の今井の顔だ。
「正巳君、君の頭の中では再現されているんだろう?」
「一応自分が考えた事ですから」
「それで、アレの中身はアプローチこそ特殊であれ、機械によって再現可能なはずじゃないのかい?」
確かに、俺も論文の中で機械学習によるシステムの構築の可能性(つまり、機械の自己学習による自己成長。一般的に人工知能と言われる)についても書いた。お陰で14万文字以上書くことになった。小説の分量の文字だ……文字が多すぎるって教授には怒られたけど。
確か、教授には3万9千文字以内にしろとは言われてた……まあ過ぎた事は良いかな。
何はともあれ、俺が自分の頭の中でやっている事を機械にやらせようとした場合のアプローチについて、その有益性と得られる可能性について書いただけだ。実際に出来るとは思っていなかったし、実現できるとは思えない。
「まあ、確かに卒論では書きましたが、そもそもあんなシステム組める訳が……」
もしかして……
「確かに、前例が無く、それでいて何世代も先の技術思考だった。それに、予想よりも一年以上時間がかかった」
「まさか……」
「つい、ひと月前に出来たんだ」
まじか、俺がする分析を機械が……俺もういらないんじゃ?
「と云うか、そもそもなんで俺の卒論の事を知ってるんですか?」
所詮新卒、ペーペーで入って来た一人ひとりの情報をそこまで丁寧に確認するだろうか。
「ああ、それはね、毎年新入社員の中で、仲間に出来そうな人を探していたんだ。勿論情報もその過程で確認していた。正巳君も知っている通り、この会社は伊達にデカいだけじゃない。正社員として入るのは極々一部の超優秀な人材ばかりだろ?」
確かにウチの会社は、社員数こそ500人、関連事業社で20万人はいる。しかし、そのほとんどはパートナーと言われる準社員で、正社員は国内で300人いないだろう。
そんな優秀な新卒は当然”普通”であるはずがない。
何となく予想はしているが、聞いてみる。
「……それで、他に仲間は見つかりました?」
微妙な表情をしている。
「……どいつも、こいつも、権力志向が強すぎる」
そう、皆優秀なだけあって、トップを目指して競い合っている。
自分の立場を良くする為なら、どんな事でもするだろう。
”仲間”として背中を任せるには危険すぎる。
「みんな真面目ですから……」
俺は今更誰かと競う気はない。
なぜなら、以前統計分析をして、競う事で得られる結果が寂しいモノだと知っているから。
「真面目か、そういう面では正巳君の先輩なんかは”真面目”過ぎだな」
「そう言えば、先輩は仲間に誘わなかったんですか?」
先輩は、特に権力に対する執着も、誰かと競うようなイメージもない。
敢えて言うなら、自分と競っているイメージか…確かに真面目だ。
「ああ、何度か誘おうかなとも思ったんだが…その、天気がな……」
「天気?」
「いや、気温がな……」
これは……あれだ、単に誘うに値する人が居なかったのではなく、今井さんに理由がありそうだ。
「人見知りですか……」
「いやいや、そんな事は……ない、ぞ……」
はい、アウト―
「それで、先輩に声を掛けますか?」
「正巳君、よろしく」
俺が担当らしい。
ため息をつく。
「まあ良いです、明日先輩に声かけておきます」
「おお、ありがとう!流石だ、まさみが押すだけある」
……俺?
「僕ですか?」
「あ、いや、正巳君では無くて、まさみ。いや、MASAMIかな」
そう言いながら、今井さんが壁の一部を操作する。
操作した部分の壁がせり出して来て、反転した。
……映画みたい。
「パソコン?」
反転した部分が液晶パネルに、その下にキーボードが付いている。
「ああ、MASAMIだ」
「すいません、その名前どうにかなりませんか?」
自分の名前が毎回呼ばれるのは耐えられない。
「でも、君の分析と云うか、考え方をトレースした様な物だから……分かった、分かった、睨むなって。君が名前を付けたらいい。言わば君と僕の子供なんだ、君にも命名権がある」
子供って……確かに今井さんは女性で、30代で僕ッ子だけど学生と言っても通じる程若々しくて……ってそうじゃない。
「命名権はともかく、こいつが今井さんの言っていた、完成した分析システムですか?」
今井さんの話だと、つい最近完成したはずだけど……
『Yes.デす。わtくしは、MASAMUです』
ハウリングするような音と共に、壁の液晶パネルに文字がふわふわと浮かび、人の形をつくっていく。
えっと、人と云うか線と点の化け物……
「まさむ?というか、どうやって音出して……それに人工知能?」
色々と聞きたい。
「あ、まだ言語学習は終えて無かったかな。社内の情報分析を優先させてたから……」
『MAZUMI……でsu。音hあ液晶を振動さzeることでだ自ています』
まずみって……孤児院時代に調理担当だった時のあだ名……
それよりも、液晶の表面を振動させて音を出す。確かに可能だが……
「……高性能ですね、マム」
「マムか、いいね。今日からマムだ!」
『yes.マム!』
「ぶふぉっ……っと、分析結果は出たかな?」
……今井さんが吹き出しそうになってる。
確かに、イエス、マム!はナイケド……
『……表示』
単語が少なくなった……怒った?
いやいや、AIだし……ないよな……
「これは……正巳君。ごめん、明日また夕方頃来て貰えるかな?」
マムが画面いっぱいに表示したのは、日本語や英語、その他初めて見る言語を含んだ、多言語の集合だった。恐らく、結果は正確に出力されているのだろうが、これじゃあ文字化けだ。
「……確かにこれじゃあ読めませんね」
「分析を急がせていたのが仇となったな。処理速度を改善させて、最優先で言語学習をさせておく。明日の夕方頃には済んでいるだろう」
「分かりました。よろしくお願いします」
手を差し出す。
「あ、ああ。仲間だな!」
いや、明日よろしくって意味だったんだけど…
まあ、良いか。手を握りながらすんごく、嬉しそうにしているし。
……そろそろ離して欲しい、手が痛い。
「あ、あと、マム……と云うか、俺の論文には確かに人工知能の必要思考と概要を書いていたと思いますが、どうやって……?」
そもそも、俺の要求する人工知能の前提をクリアする事が難しい。いや、出来るとは思えない。もし、開発しようとすれば国家予算規模の費用がかかるはずだ……やっと手を放してくれた。
「あ、僕は元々人工知能の技術者だったんだ!最初は友達が欲しくて……」
胸を張って答えたかと思ったら、弄りにくい事を出してくる。
「ま、まあ、信用できる仲間は多い方が良いですしね」
仲間は多い方が良い、の部分で負い目を感じたのかしょぼんとしている。
不味いと思って、言葉を続ける。
「……あ、いや、慎重に越した事は無いという意味で……」
「信用……仲間?」
あ、そっちに食い付くのか。
「はい、ともかく今日は帰りますね。明日先輩と一緒に来ます」
これ以上いると、何だか禄でもない展開になりそうなので、とっととお暇する事にする。
「うん!マムもパワーアップさせておくね!」
背中で聞いた”パワーアップ”という言葉に若干の不安を覚えながら、技術部を後にする。
時計を見ると、深夜の4時を回ろうとしていた。
体がだるいわけだ。
「こりゃ明日は昼からだな……」
俺の会社は、自分の仕事さえこなしていれば、勤務時間は自由だ。だから、夕方頃に出勤しても問題ない。
急ぎの案件は全てこなしたので、何なら明日は休みにしてもいいくらいだ。
まあ、今井さんに先輩を連れて行くって話しているし、明日は出勤するが。
頭の中であれこれ考えていたが、家に着いたので寝る事にした。
風呂には朝入れば良いだろう。
布団を敷いて、上に倒れる。
先輩の笑顔と今井さんの素顔を思い出しながら、”何か”が始まる予感に浮遊感を覚えるが、直ぐにぼんやりとした思考の中に沈んでいった。
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