第3話破壊神の鼓動

孫登は一瞬の間に太史慈の前に出て張角と対峙する。


「黄巾軍の大将が一体何の用だ!」

「若いね、君。その歳で私の弟子を退けるとはなかなか鍛えられているらしい。」

「師匠の教えがいいのさ。」

「ふふ、だろうね。先ほどのやりとりから察するに君の後ろでうずくまってる彼が師匠のようだが。まあ今はどうでもいい。」


張角は見下すように太史慈を一瞥すると、孫登に再び視線を送る。


「彼はね、魔現封神と呼ばれる呪法をおこなったのさ。この術はその地を守護する聖霊、もしくは神の力に依存するわけなんだけど。でも術は失敗した。本来なら術者に対して聖霊が応えるはずだけどそれは起こらなかった。それはね、必然だったんだよ。」

「…あなたは一体。」

「結果を知ってるって事はわかるはずだ。私はそれを邪魔するためにここにきた。」


そういうと張角は呪を唱え始めた。本能的に身構え剣を抜こうとする孫登だったが、その時太史慈が苦しそうに立ち上がり、孫登の手を止める。

「孫登…に、逃げろ…。」

「太さん!」

「奴は相当な術の使い手だ…噂が本当ならな。今のお前じゃ止める事はおろか返り討ちになる…。」

「そんなの…やってみなきゃわからないさ!」


太史慈の制止をふりきり、孫登は剣を構え直す。


「……馬鹿野郎!」


「さて、太史慈。君にはまだ聞きたい事がある。私と共に来てもらおう。」


その言葉が言い終わらないうちに張角が自らの胸元で不可思議な印を結ぶと彼の周辺の地面から土の塊がせり上がったと思うと瞬時に人の形を成す。それは意志を持つかのごとく大地に降り立つと太史慈を目指して歩きだした。


「来るな!」


孫登が土塊に向かって剣を振り下ろす。しかしその一撃で一刀両断されたかに見えたそれはすぐに元の形を形成し、孫登を無視して後ろの太史慈へ向かおうとする。


「!?こいつら一体、、。」

「無駄だよ。こいつらはね、下級の聖霊に土塊を形骸として使役した一種の傀儡の術でね。物理的な力で破壊するのは不可能に近い。君に術が使えるなら話は別だけど。」


張角の嘲笑うかのような言葉を孫登は無視し、なおも前進をやめない土人形達に虚しく剣をふるう。


「くそ!くそっ!くそっっ!!何でだよ!」

「孫登……。」


やがて土人形達が太史慈を取り囲むと手足をそれぞれ掴み、張角の元へ乱暴に運び去ろうとする。自分の無力さを感じながら孫登は涙を流して懇願する。


「後生だからその人を連れていかないで!僕の大切な人なんだ。お願いだから…うぅ。」

「君は孫権の息子だろう?ただの一家臣になぜそこまでこだわる?残念だが彼はこのまま生きて帰すわけにはいかない。術式の事を聞かなきゃいけなくてね。その後彼がどうなるかは……言わずともわかるはずだね。忘れなさい、若き皇子よ。」

「………。」


孫登は初めて直面するかもしれない親しき者との永遠の別れと得体の知れない力を目の当たりにした恐怖で精神が極限に追い詰められ、ある種の悟りの境地にいた。そしてそれは死ぬ瞬間に様々な記憶が流れる走馬灯の如く脳裏をよぎった。このまま自分が何も出来なければ間違いなく太史慈は酷い拷問の果てに殺されるだろう。この状況を打開するにはどうすればいいのだろうか。風の噂で気の力を制御し、様々な奇跡をひきおこす人間がいることは知っていた。父である孫権も気を自在に操り、勇敢に戦ったと聞いた。だが自分にそれが出来るのだろうか。いや、出来る出来ないは問題ではない。やるか、やらないかだ。孫登にとって太史慈は他人ではない、それ以上の人なのだ。命をかけて守るべき存在なのだ。その時、孫登の目に燃える何かが宿った。


「黙れ。」

「何?」

「黙れと言ったんだ!」


孫登が剣を天へかざし、空を薙いだ瞬間、土人形達に雷が降り注ぐ。凄まじい電撃に土塊は粉々になり、二度と再生しなかった。


「ば、馬鹿な…。下級聖霊とはいえ私の傀儡の術を破るとは…お前は一体…。」


張角は今まで全く興味の持たなかった目の前の若者を凝視する。そして孫登の並々ならぬ怒気に気圧され、後ろへ退く。


(私がこんな若造に威圧感を感じるとは…。まあいい、夜も明けてしまう。機会はまだある。)


「命拾いしたね。しかし次はこうはいかない、あの方の復活も近いからね。また会おう!」


「あの方?…待て!一体何を知っているんだ!」


しかしその言葉が終わらぬうちに張角は恐ろしい速さで山を下っていき、やがて見えなくなった。


「行ってしまった…。」


孫登は一瞬呆気にとられたが、太史慈を都へ運ばなければいけない事に気づき、気を失っている太史慈をおぶさり、山を降りた。背中に感じる太史慈の温かさが何故か嬉しかった。もし自分があの時あきらめていたら、きっと感じる事が出来なかったぬくもりだから。孫登は涙を拭いながら長安へ向かった。その様子を遠い場所から見守る影二つ。


「どう思う?彼。」

「ふむ、間違いなく覚醒し始めてるな。」

「では…彼が伝承にある世界に和をもたらす者の一人?」

「確実にそうだとは言えんが…。資質だけなら関羽様にも匹敵するものを秘めている気がする。張角が偶然にも彼の隠された力を引き出したみたいだな。」

「じゃあ我々の仲間に引き入れるかい?」

「それはまだ先だな。何より俺達の任務は術式の完了を確認する事が先決だ。しかし張角が動いているとなると厄介だな。彼らに気づかれずに奴の行動を把握し、場合によっては俺達が張角を仕留めるぞ。」

「了解…しかし張角とはまた大物が出てきたねぇ。骨が折れそうな仕事だよ、ほんと…。」

「文句を言うな。俺達はこんな時のために蜀の暗部を任されているのだから。」

「はーい。」


影は孫登達が都へ入るのを見届けると何処かへと消えた。

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