第11話 勇者と執事と大鬼と④

 カナデ村、森の入り口。夜の村には魔術による発光と、剣戟の音が舞っていた。

 ファフナーが村に入ろうとするゴブリンを魔術で排除、その網を掻い潜ってきたゴブリンは村人たちは三人一組で的確に排除し、今のところ大きな被害に繋がることは起こっていなかった。

 怪我人は少なからず出ていたが、そういった者達をメリオが癒しの魔術、――法術で癒す。


 そうしてゴブリン達に対処していると、森の奥から恐ろしい咆哮が聞こえた。これには村人達の間にも動揺が走った。


「ゴブリンだけではない!?あの叫びは!」


 メリオも聞きなれない魔物の声に動揺を隠せなかった。まるで地を揺るがすような咆哮は、森の中から聞こえるものであったにも関わらず、ビリビリと魂を恐怖に振るわせるような迫力を持っていたのだ。


「案ずるな、もしそうであってもジン殿とニルスがいる。……あの魔族がいるというのが少し気がかりだが、今は何故かこちらに味方しているという」


 ファフナーとメリオはニルスから、ジルバという魔族が再び現れゴブリン共をこの村に引き込んだ。が、何故か彼女は我々に手を貸しゴブリンに対抗している、という良く分からない報告を受けていた。

 これには二人も多少混乱していた。


「……ジルバとかいう魔族ですか。あの魔族、一体何が目的なのでしょう」

「分からん。が、とにかく俺達は今この村と村人を守るために専念すべきだ。討ち滅ぼすべき魔物はここにもいる」


 そうしているうちにジンとニルスがガサガサと森の中から音を立てて現れた。


「ファフナー!メリオ!」

「ジン殿、それにニルスか!森の奥から叫び声が聞こえたが!」

「「オーガだ!」」


 オーガ。その言葉にファフナーも驚きを隠せず、村人達からも叫び声が上がる。


「オーガ!?勇者様、大丈夫なのですか?!この村は!」

「皆さん、心配しないでください!オーガは我々が優先して対処します!村に入れることは何があっても食い止めます!」


 村人の不安にニルスが叫ぶ。


「ファフナー!今はジルバという魔族がオーガとホブゴブリンのただ中にいますが、あの者の思惑は全く分かりません。恐らくオーガはこちらへ向かってくるでしょう。今のうちに最大火力の魔術の構成を!最悪森を少し吹き飛ばすくらいの犠牲は仕方ないでしょう!」


 オーガとは、それ程の脅威だ。

 しかし、逆に言えば、ファフナーの最大火力であるならオーガと言えども耐えられない、ニルスはそう考えていた。


「承知した。ならば――」


 ファフナーは巨大な、三層に及ぶ魔方陣を瞬時に組み立てた。


「この場は暫し預けたぞ!」


 ファフナーが術式の維持に集中する。

 広い範囲でゴブリン達を相手取っていたファフナーという戦力がいなくなり、森の入り口での瀬戸際作戦は次第に綻びを見せてきた。ジンとニルスも先行していないのだ。面で攻めてくるゴブリンの波を受け止められないのも仕方のないことだろう。


「全く、情けない男たちだねぇ!」

「五月蠅くって寝てられやしないのよ!」


 しかし、そこに現れたのは武装した女性達。早期に撤退したはずの女性達だった。彼女達が加わり、村人たちは女共に任せられるかと更に奮起し、意気軒高いきけんこうと戦い始めた。


 そうしてしばらくゴブリンとの戦闘が続いたころだろうか。ゴブリンは減り、一瞬の静寂が訪れた。皆が肩で息する中、ファフナーは一人、尚も集中を高めていた。

 魔術とは、術者の精神力が重要になる。構成を保ち続けるというのは相当な集中力と精神力が必要であり、優秀な魔術師手の条件でもあった。ファフナーが今維持している構成は三層である。魔術はその魔方陣の層が増える程複雑になり、維持するのも難しい。ちょっと優秀な程度の魔術師であればこの術式の維持は数十秒持てばいい方だろうというところか。

 

「……そろそろか」


 再度、森の中で咆哮が聞こえる。

 ファフナーは三層の術式に、もう一つ魔方陣を足す。四層・・だ。

 いかにファフナーと言えど、四層を維持するのは厳しかった。だから三層まで組み、最後の層の構築をギリギリまで待ったのだ。


「おお、これが魔術師様の力!」

「す、すげぇ。四層の魔術なんか見たことない!」


 村人たちが興奮する中、ファフナーは一層集中力を高める。


「さぁ、いつでも来るがいい!」


 自らを奮い立たせる雄たけび。

 しかし、この緊迫した雰囲気の中次に聞こえてきたのは何とも場違いな声だった。


「うふふ、捕まえてごらんなさーい。うふふふ」

「待てやゴルァ!」

「テメ、いい加減にしやがれこのアマァ!」

「逃げんじゃねぇぇぇ!」


 オーガ、ホブゴブリン、それに残った数匹のゴブリン達が怒声を上げながら一人の女性を追いかけていたのだ。言わずもがな、その女性はジルバだ。ジルバはまるで砂浜を遊ぶように森の中を駆けている。

 この状況を目にしても集中を保ったファフナーは流石という物だろう。

 ジンは何か疲れたような目でファフナーに向き直る。


「ファフナーさん。お願いします」

「いや、ああ」


 流石のファフナーもこの光景には本当に魔術を発動しても良いのか悩むのであったが――。


「お願いします」

「……任された」


 有無を言わさぬジンの口調に押され、ファフナーが魔術発動のキーとなる呪文を口にした。杖の先で膨れ上がる閃光。


「うふふって、おや?」


 その閃光は指向性を持ち、丁度ジルバの足元辺りに突き刺さる。

 その位置はまさに絶妙の一言。ジルバ、オーガ、ホブゴブリンとゴブリン達全てを巻き込むことが出来る位置だった。

 着弾から一拍遅れて膨れ上がる目を焼くほどの閃光。そして爆発。辺りに轟音が響き渡り、大地が揺れる程の衝撃が発生した。魔術の炎が青白く荒れ狂い、爆風が村人達、それにジン達の頬を撫でた。

 その爆発は半径10メートルにも及び、そこにいた者を区別なく吹き飛ばしただろう。後に残ったのは爆発によって抉られた地面だけだった。

 ジンは溜息を一つ吐き出すと、どうせジルバは無事なんだろうなぁと一人何の根拠もなく思うのだった。

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