第10話 勇者と執事と大鬼と③

「ギャヒャ!」

「ギャギャギャ!」


 村の方角へ森の木々の隙間を縫って走るゴブリン達。その数は数十にも及び。もはやそれはゴブリンの波であった。

 ジルバとジン、それにニルスはそのゴブリンの波を押し返そうと奮戦していた。


「クッ!強い!」


 ニルスはその中にあって、一人劣等感を感じていた。

 それは当然、ゴブリンへの劣等感などではない。仮にも近衛騎士という王族を守るための剣、その副長にあってゴブリンなどという下級の魔物はまるで相手にならない。

 では何に対するものかと言えば、ジンとジルバの二人に対するものだ。

 ジンに関して言えば勇者であり、同時に頼もしさを感じもするのだが、ジルバに関しては劣等感と共に脅威や焦りすら感じる。ニルスはジルバに勝てるイメージを一切持てないでいた。


「何なんだアイツは!」


 ジルバは武器を一切持っていない。全て体術によって捌いている。それも哄笑を上げながら。蹴りの一撃でゴブリンの首を、肋骨をへし折り、逃げ出そうとする者はまるで瞬間移動したかのような速度で捉え、何故かニルスの方に放り投げてくる。つまり、このゴブリンの波を完全に御しているのだ。


「というか嫌がらせだろう、これは!」


 ニルスはそう叫びながら何体目かの投げ飛ばされたゴブリンを切り伏せた。


 どれくらい経っただろうか。ニルスの息が上がってきた頃、突如として森の奥から魔物の咆哮が聞こえた。それと同時に森に充満する異様な殺気。

 その声の主は――。


「クッ!馬鹿な!オーガか!?」


 そう、大鬼オーガだった。ジンはニルスの叫びに弾かれたように声の主を見る。

 そこにいたのは額に角を生やした筋骨隆々の赤い鬼だ。2メートルを優に超える巨体が1メートル程もあるこん棒を引きずって歩いてくる。その威容は歴戦の猛者でも逃げ出したくなる迫力だった。

 更に、オーガだけではない。オーガを囲むように展開しているのはホブゴブリン。彼らは鬨の声を上げ、錆び付いた剣と盾を打ち鳴らしていた。

 周りに残ったゴブリンたちもその歩を止め、その場で呼応するようにギャギャギャ!と喚きたてる。


「ホブゴブリンまでッ!ジン、これは流石に分が悪い!一旦引きましょう!ファフナーたちと合流し、陣形を整えた方が良い!」


 ニルスがそう言うのも頷ける。

 オーガは単体で王国の騎士が小隊規模で当たるような上位の魔物。

 ホブゴブリンに関しても、そのポテンシャルは人間と比べれば高く、知能も高い中位の魔物だ。通常の騎士であれば、絶対に一対一以上でやりたくない相手である。

 それらがオーガを中心に一つの小隊の様に固まっているのだ。ニルスとしてはいくら精鋭が揃っていても、未だ大量に溢れるゴブリンもあり、まともにやり合うのはかなり厳しいと判断せざるを得なかった。


「分かった!ジルバ、お前はどうする?!」

「ジン!」


 ジルバを気遣うジンだったが、それはニルスに止められる。ニルスとしては、ジルバはただの魔族だ。ここで共倒れしてくれるのが一番都合が良い。そもそも、何故ジルバがこちら側でゴブリンと戦っていたのかも理解に苦しむ。

 ジンは仕方なく既に撤退を始めたニルスの後を追うように駆け出した。


「逃がすかよ、人間!」


 そこへホブゴブリンの一体が飛びかかる。が、ジルバがその間に割り込む。


「フフ、少し戯れに付き合ってもらいますよ。勇者殿、それでは後程」

「あ、ああ」


 キヒヒ、と笑うホブゴブリンはジルバから放たれた蹴りを盾で受けると剣を振り下ろす。しかし、ジルバの次手の方が僅かに早い。蹴り飛ばされる。


「ギャヒヒ、あんだこの雌は!」

「通りすがりの執事ですが」


 すると、オーガがギラついた目で前に出る。


「どけ、俺がやる!」


 蹴り飛ばされ後退したホブゴブリンを押しのけると、オーガは獰猛に笑う。オーガも知性は十分にあるのだ。もはや彼等は魔族と言って差し障りない。


「貴様、強い女だ。俺のモノにしてやろう。……まぁ、死ななければ、だけどな!」


 そう言うとオーガは巨大なこん棒を振り回して地面に打ち付けた。地響きを立てながらこん棒が地面にめり込む。武器などいらないということか、こん棒を手放すと両の手をボキボキと鳴らした。

 ジルバは素手ですか、と不敵に笑いオーガに真っ向から相対する。


「ギヒ、ギヒヒ」

「アア、ガズルがやる気じゃねぇか」


 ホブゴブリン、それにゴブリン達はジルバとオーガを円状に囲み歪な笑い声をあげている。そこはさながら夜の森にできた即席のコロッセオだ。

 ジルバは周りをチラリと確認しながら胸の谷間から葉巻シガリロを一本取り出す。火を着けるとゆっくりと煙を吸い込み、そして吐いた。

 その仕草にホブゴブリンが口笛を吹いた。オーガは笑みを深める。


「ふん、余裕だな」


 オーガの言葉にジルバはニヤリと葉巻を指で弾く。くるくると宙を回る煙草。

 オーガはその演出に愉快そうな顔で鼻を鳴らした。強者とれる。それも極上の美女だ。勝ったら奪い、犯す。喜悦が沸き上がり、その欲望自体がオーガの力に変わっていく。感覚は研ぎ澄まされ、煙草が落ちるさまさえ随分と遅く感じた。

 そして――。


「るがあああああああ!」


 煙草が地面に着いたと同時にオーガは吠えた。闘いを始めるときの声。

 そしてオーガがその膂力を全開にジルバに飛びかかろうとしたその瞬間――。


「それでは私はこれで」


 とジルバは既にオーガとは逆方向に、邪魔なゴブリン達を蹴散らし走り出していた。


「「「なんじゃそりゃあああああああああ!」」」

 

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