第9話 勇者と執事と大鬼と②

「~~~~~ッ!」


 ジンは言葉にならない悲鳴を上げると周りを見渡す。幸いにもメリオは付いて来ていない。ニルスたちも近くにはいない様だ。

 それならば、とジンはジルバの腕を取りちょっと来い!と引っ張っていった。外野から随分とヒューヒューと言わんばかりの野次を飛ばされたが、それは全力で無視した。


 村長の家の裏は丁度森の入り口になっていた。ジンはジルバを連れて森へ入る。野次馬は付いて来ていないようだったが、なるべく距離を取りたかったのだ。


「ハッハッハ、勇者殿は随分と大胆ですね。こんな所に連れ出して、私をどうするつもりですか。もしかして上級者コースですか?いやんエッチ」

「意味分からんし五月蠅いわ!おま、何してんだよ!」


 そう言うとジルバの手を放り投げるように離すジン。若干顔が赤いのはきっと急いで走ったせいでしょう。


「いえ、何か賑やかなことをしている村を見かけたので、私もちょっと混ざろうかと」


 そう言うとジルバはその豊かな双丘の間から煙草を取り出し火を着けた。

 一瞬ジンの目が釘付けになるが――。


「それより、私に何かご用ですか?」


 という言葉に我に返る。


「ご用ですか?じゃねぇよ!お前、自分の立場分かってんのか?」

「立場?何のことでしょう」


 本当に分からないというようなジルバを見て、ジンは盛大に溜め息を吐いた。


「あのなぁ、お前――」

「貴女、何故ここに?」


 何かを言いかけたジン。そこへ割って入ったのはニルスだった。

 彼は愛用のロングソードを抜き、その切っ先をジルバに向けている。その気配は随分と殺気立っていた。


「先程勇者殿にも申し上げましたが、何か賑やかな村があると思い立ち寄っただけなのですが」


 シレっと答えるジルバ。


「魔族が何の用だと訊いているのです」


 その明らかな敵意を持った問いに、ニルスには見えないようにジンは渋い顔をする。

 ジルバは一瞬考えるように上を向いた。


「……この村を滅ぼしに来た、とでも言えば満足なんでしょうか」

「貴様!」


 挑発的なジルバに殺気を膨らませるニルス。

 ジンはこの事態に頭を押さえていた。彼にとっては一番面倒な事態になったようなものだ。それも仕方ないだろう。ここでこの二人が戦闘を始めればファフナーやメリオもそのうち気づく。そうすれば本当にこの村を脅かすことになりかねないのだ。


「勇者殿は私に話があったはずですが、会話の途中に剣を向けて乱入してくるとは、些か不躾ではないですか」

「魔族風情が何を!」

「私は会話をしようと言っているのですわ。騎士様」


 あくまで挑発的なジルバの態度にニルスは苛立ちを隠しもせずに怒鳴りつけた。


「何を馬鹿な、魔族の貴様が会話だと!?貴様らの口は人間を誘惑し、誑かす為にあるのだろう!?ジン、何故このような者と話など!」


 ジルバはやれやれと言うように肩を竦め、ジンは満点の星空を仰ぎ見て現実逃避をしていた。


「さて、騎士様は私と会話ができないそうなので、これ以上は不毛でしょう。勇者殿、話はまたの機会にでも。ですが、その前に一つだけ」


 そう言うとジルバは煙を吐き出し、森の奥を指さした。苛立たし気なニルス、そして訝し気なジンがその方角を見ると、オレンジの光がポツポツと遠めに見えた。


「……アレは?」


 それはまるで、松明を持った何かの群れの様で――。


「私もここに来る前にすれ違ったのですが、どうやらゴブリンの群れのようですね。恐らくこの村を狙っているのでしょう」


 瞬間、ニルスがジルバに斬り掛かった。


「貴様!この村へゴブリンを引き込むつもりだったか!」


 ジルバはその必殺の一撃を悠々と躱すと距離を開けるように後方に飛んだ。


「いい加減、話を聞かない人ですね。……まぁ確かに、勇者どのがいるうちにと思い彼らをこの村へ誘導したのは私ですが」


 ジルバは肩を竦めて紫煙を吐き出す。これには一瞬ジンも我が耳を疑った。そしてジルバはついでとばかりに駄目押しの呪文を吐き出した。


「テヘペロ」


 特にその呪文が何か物理的な現象を引き起こす訳ではなかったのだが――。


「「お前じゃねぇかぁぁ!」」


 効果は抜群だった。




 村の宴が一転、襲撃を知らせる鐘が響き渡り緊迫した空気に包まれた。ニルスにより、ゴブリンの群れ襲来の報が告げられたのだ。


「ゴブリンだぁ!ゴブリンの群れが来たぞぉ!」

「女子供は家の中へ!まさか酔っ払って使えねぇ馬鹿はいねぇだろうなぁ!?迎撃態勢ぇぇッ!さっさと準備しろぉぉ!」

「「「おおおおおおお!」」」


 村中上を下への大騒ぎとなり、数十分後には武器を持った男衆がゴブリンがいると報告のあった森の入り口方面に終結した。その数二十はいる。

 メリオも酔いを醒ますために桶に汲んだ水を何杯か被り目を覚まして後方に控た。ファフナーは村人を守るように男衆の先頭に立ち、いつでも魔術を行使できるように集中を高めていた。

 ゴブリン襲撃の報を知らせたニルスは即座に森へと引き換えし、ジンはジルバと共に・・・・・・ゴブリンとの戦闘を既に開始していた。


「ようし、お前ら!俺たちは、勇者様たちの打ち漏らしを三人一組で一体ずつ確実に仕留める!深追いはするな!全員無傷で勝利の宴を再開すんぞ!」

「「「おおおおおおおおおッ!」」」


 鬨の声が上がる。

 こうしてカナデ村の長い夜が始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る