第8話 勇者と執事と大鬼と①

 伝説の剣、一ノ太刀を手に入れた勇者達。結局勇者は仲間・・の元へと戻ったのだ。彼らはそのまま魔族の国ハーデスへ向かうべく進路を取った。

 現在はその途中の村、カナデ村に駐留しており、既に数日が経過している。

 カナデ村は初代勇者を迎えた初めの村である、ということを密かに誇りに思っており、今回ジンたちが一番最初に立ち寄ったことをとても喜んでいた。

 カナデ村は農業や酪農主体の村であり、牧歌的な風景は僅かばかりかはジンの心の慰めにもなった。こうした風景が見られたのは、この世界で初めての良かったことかなぁとジン思った。それに、村の子供らに剣を教えるのも楽しかった。


 時刻は日がやや傾きかけた頃。橙色の日が差す村のはずれ、やや開けた場所では剣戟の音が響き、その度に子供たちの歓声が上がっていた。

 剣を交わすのはジンとニルス。ニルスが鍛錬と称した野試合を所望したのだ。


「その、一ノ太刀でしたっけ?随分と頑丈なようですね。そうは見えないのですが、私のロングソードが傷だらけですよ。これは買い換えないと駄目ですね」


 そう茶化すニルス。しかし、その剣閃はしっかりと受けなければ危ういほどに鋭い。ジンへの信頼感があってのことだろう。


「まぁなぁ、確かにこれだけやって刃こぼれ一つないのは異常だな」

「流石は勇者の剣、ということですか」


 それを軽々と受けるジン。

 ジンが元々武を嗜んでいたとはいえ、戦い、鍛錬が常である近衛騎士と対等以上に渡り合えるのは、やはり勇者・・だからだ。この世界に渡った時点で、ジンは魔王と戦うための力を備えている。勇者とは、勇者召喚とはそういうものだった。


「話通りならそのロングソードくらいバターみたいに斬れると思ってたんだけど、な!」


 再び剣が交わる。ニルスの表情に焦りが生まれる程の一撃をジンが放ったのだ。


「何か、その真価を発揮するための術式があるのかもしれません、ね!」


 しかし、ニルスも負けずに反撃を仕掛ける。二合、三合と剣戟の音が響いた。

 しばらく続けていると、ニルスが呟いた。


「確か、ジンは体術も使えましたよね」


 何か悩んでいるようにも見える。


「それがどうかしたか?」

「動きに組み込めない、ですか?」


 ジンを無理矢理押し飛ばし間合いを開けるとふぅ、と一息つくニルス。

 対してジンはほとんど消耗していない様だ。


「別に構わないが、何故急に」

「いえ、封印の間で出会ったあの魔族。体術と魔術を使うようでしたので……。次に会ったときは、確実に仕留めたいのです」

「まぁ、構わないが」


 多分、アレはそれだけじゃないぜ、と頭の中でジンは呟く。

 ジンは構えを変える。今迄の刀のみを使った動きではなく、もっと軽く、早く体を動かすための構え。


「んじゃ、やろうか」

「ええ、来てください」


 二人の野試合はそれから日が暮れるまで行われたのだった。


 勇者たちが居座っているのはこの村の村長宅だ。食事から何から全て世話になっていた。更に、今日は明日勇者たちが村を立つということで、村全体でお祭りの様相を呈していた。

 流石に明日には立つといっても、ジンとしてはただ居座らせてもらうのは随分と気が引けるものだったが、この世界のこういった面を見れるのは随分と嬉しいことでもあった。いや、一応、村の農作業の手伝いや、子供たちの相手はしていたのだが。

 現在村長の家の庭では、村人たちも集まって賑やかな宴の最中であった。庭は広く、100人に満たない村の人間と勇者一行程度ならば余裕がある程だった。


「いや、毎日本当にありがとうございました」


 丁度乾杯を済ませた頃、勇者は隣に座る村長に礼を言った。


「いえいえ、我が村に勇者様をお迎えできるのは非常に光栄なことでございます。此方こそ、毎日粗末なもので、大変申し訳ない」


 恐縮すれば恐縮される。これは連日繰り返されてきた謂わばもう、挨拶のような一つの形式になっている。


「それでは、いただきます」


 ジンがそう言うと、村長はいつもニコニコとしている。


「……ずっと気になっていたのですが、何か変ですか?」

「ああ、失礼。その"いただきます"という挨拶、先代の勇者様も為されていたと私もお爺様から伺ったことがありましたので、本当にこの村にまた勇者様をお迎えしたのだと、嬉しく思っていたのですよ。気にされていたのなら失礼しました。どうか、ご容赦を」

「ああ、いえ。そうなんですか」


 ジンは成程と頷いた。


 何処からともなくギターの音が響き始めたのは、皆の酔いが回ってきた頃だった。

 メリオは勇者にしなだれかかり、ニルスは村の女性に囲まれ、ファフナーはご老人に囲まれていたりもした。


「Wow Yeah♪人は何故争うのか。アタシは争うより、アンタと乳繰り合いたいのさぁ、Wow Wow♪」


 随分と酷い歌詞にジンは葡萄酒を噴いた。


「Hey!アタシを抱きしめておくれ、Yeah!二人で愛のクリームパイを作ろうZE☆」


 ジンの隣にいたメリオは酷く不服そうだ。


「ちょっと、いくらお酒の席だからと言って節度を守っていただきたいですね。あんまりな歌詞です」

「まぁ、そうだな。ちょっと、注意してくるよ」

「流石勇者様!行動も勇者様ですね!」


 実際問題、ジンはこの歌の主が気になってしまっただけなのだが、とにかくジンは盛り上がっている村の男衆をかき分け、歌の主を探した。

 ようやく人だかりを抜けると、その歌の主の正体が見えた。その正体は――。


「おや、勇者殿ではないですか。奇遇ですね」


 怪しく笑うマロンちゃん、ジルバだった。

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