第6話 勇者と執事と伝説の剣④
「さて、勇者殿。お仲間は全てこの通り。どう致しますか?」
ニルス、ファフナー、メリオは地に倒れ気を失っている。
残り半分ほどとなった葉巻を口にくわえ、無表情に煙を吐き出すジルバ。
ただ、ジンはジルバに相対するにあたっていつでも剣を振れるよう構えてはいるものの、戦意はあまり感じられない。ただ、緊張気味にジルバを見据えるのみだ。
「どうするって、戦わない選択肢があるのか?」
選んだのは消極的な選択だった。
「それは貴方次第でしょう。私は自己紹介をしたまでです。先に手を出したのはそちら。私はそれに対応したまでです。見たところ、あまり戦う気が無いようですが……」
「確かに、そうかもしれない。正直な話、良く分からないんだ」
ジルバは目を細めた。
「何が、でしょうか」
「何故人間、こいつらがここまで魔族を憎んでいるのか」
それは、ジンにとっての当然の疑問だった。
「俺は、この世界の住人じゃない。勿論、人間と魔族の諍いの話は知っているが、人間と魔族だって会話ができるんだろう?現に、ここで何をしていたか知らないが、問答無用で襲い掛かったのは魔族じゃなくて人間だ。一部では共存している国もあるって聞く。邪教の使途だとか、魔族の奴隷だ、とか教えられたが、俺は俺の目で見ていない」
「成程成程、しっかりと洗脳は解けたようですね」
「は?」
突然出された"洗脳"という言葉にジンは戸惑う。しかし、その後何かに気付いたようにやっぱり、と口の中で転がした。
「ふふ、ここで全てを明かしても良いですが、それは王道ではありませね。バイオレット様の意思には反するかもしれませんが。勇者殿、貴方は貴方の目でこの世界を判断すると良い」
そう言ってジルバは吸い終わった葉巻を地面に落とし、グシグシと火を消す。それを眺めるジン。
「さっきも思ったんだが、煙草のポイ捨ては魔族うんぬんじゃなく、どうかと思うぞ」
「いえ、こちらの煙草はフィルターなんて高性能なものありませんよ?」
現代人っぽい指摘だ。それに言い訳がましく対応するジルバだったが――。
「おい」
「なんでしょう」
ジンは気づいてしまった。
「
それは当然の疑問。まるで、ジンの世界を知っているかのような物言い。
「お前、まさか――」
「ハッハッハ!今日のところは見逃して差し上げましょう!それでは勇者殿、またいずれ会うこともあるでしょう!」
ジンが何か言いかけると、ジルバは突然アディオス!と叫びながら広間を駆け抜け出て行った。完全に誤魔化された、とジンは思ったのた。
「まさか、なぁ……。守り人、でしたっけ?」
「なんじゃ」
「あの人、何だったんですか?」
「……儂は何も知らんぞ」
「……そうですか」
ジンは何の手がかりもないな、とガッカリするも、エドと手分けして転がっている仲間たちを起こした。
三人にジルバのことを聞かれたが、口ごもるジンに代わりエドが勇者の活躍により魔族は撤退したとか適当なことを抜かし、ジンから半眼での視線を頂いたりもした。実際、合っていなくもないのだが。
さて、ジン達はいずれにしても当初の目的を果たすことにした。勿論それは、封印されている勇者の剣を手に入れることだ。
「主が本物の勇者かどうか、それは分からんが少なくとも我が不詳の甥もいることじゃ。それに、勇者でなければいずれにしろ封印は解けん」
そう言ってエドはジンたちを石碑に案内する。
「キャー!これが勇者様の伝説の剣が眠る石碑!?素敵ですわ!これで魔族を皆殺しにできますわ!ささ、勇者様、早く!取り急ぎあの淫売が真っ二つにされるところを見たいですわ!ね、勇者様!」
余程憎かったのだろう。異常にテンションの高いメリオは置いておいて、ジンは石碑に手を翳した。すると浮かび上がる蒼い文字で書かれた文章。
「おい、これ!」
その文字にジンは絶句した。
文字は三種類、ジンの良く知る文字だったのだ。かな文字、漢字、それにアルファベットだ。つまり、日本語と英語の文章が併記されているのだった。
英語の方はスペルミスや、文法的にいびつな部分もあり、勇者が恐らく日本人であったということが分かる。この文章は、勇者が読める、ではなく、勇者と同じ世界から来た人間なら恐らく読める、そう言った類のものであった。
曰く――。
こんにちは、地球の民よ。もし君がこの文章を読めるのなら、そうなのだろう。もしくはその関係者っていうこともあるのかな?
もし地球人であるのなら、私と同じくこの世界から召喚という名の拉致被害を受けた被害者の線が濃厚でしょう。
それはともかく、もし君が地球人であるなら、この先にある私の刀と共に、この世界で過ごした時に着けていた手記を受け継いで欲しい。この先に進むには、ドラコレの転移魔法名を唱えればいい。因みに、もし悪い人たちに連れてこられたとしても、転移するのは自分だけだし、暫くは転移機能が停止する。転移先では別の場所に転移することも出来るので安心してほしい。因みに一度転移機能を使ったら、起動キーワードを変えることをお勧めするよ。
そして最後に、君に残念なお知らせだ。
私が探した限り、この世界から帰る手段は、無い。Nothingだ。
それじゃあ、良い異世界ライフを……。
「……帰れ、ない」
急激に頭が冷える。
つまり、やはり、自分は嘘を吐かれていた。そういうことなのだ、とジンは理解した。そもそもがおかしかったのだ。洗脳じみた歴史教育。街で出会った木の男、彼の胡椒により何故かクリアになる思考。さっきの女の洗脳という言葉。そして、仲間たちの異様な魔族への殺気。元の世界への帰還と言う嘘。
このままではマズい。相当にマズい。そうジンは思った。
ジンは一度頭を振る。まずここで悩んでも仕方ない、その手記とやらを確認して、今ここで逃げ出すかどうかを決めよう。そう意気込み、彼は転移の起動キーワードを唱えた。
「***!」
消えた勇者の姿に喝采を上げる聖女、驚くニルスとファフナー。
エドはそれを尻目に、さてどうなることやら、と溜息を吐くのだった。
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