第5話 勇者と執事と伝説の剣③

 マロンことブルーノート家執事にして夢魔であるジルバ。上は七分丈のカッターシャツを胸元までざっくり開き、気の強そうな瞳と相まって挑発的。ゆるくウェーブの掛かった長めの銀髪が風になびき、時折覗くうなじが酷く悩ましい。

 下は革製のローライズパンツをロングブーツにイン。形の良いお尻は彼女が歩く度、まるで誘うかのように形を変える。実に引っ叩きたくなるお尻じゃ。

 元の執事姿の男とは似ても似つかない。これこそが夢魔。彼らにとって、姿かたちなどはあってないような物か。

 現実と夢の境すら失った魔物。それが夢魔。魔法そのもの・・・・・・と言っていいような彼らは人間にしてみれば脅威ではあったのじゃが、夢魔はその性質故、自我が希薄であった。ともすれば、このジルバという夢魔は非常に特殊だと言える。

 人間は彼らを御する術を覚えると、彼らに欲望の矛先を向けた。

 曰く、夢魔狩り。夢魔がまだ人の前に姿を現していた頃に行われた所業じゃ。何と業の深いことか。


 老人――名をエドモンド=フォーマルハウトという――、エドはうんうんとそんなことを考えながらジルバの後ろで密かに涙しながらサムズアップしていた。それほどまでに彼の好みだったのだろう。


 現在二人は先代勇者の残したという伝説の剣が封印されている広間、すなわち守り人の老人エドがいた小屋の傍にある洞窟の中に来ていた。通称、封印の間だ。奥には石碑がある。

 二人は石碑の前まで来ると、エドがおもむろに石碑に手をかざした。すると突如、中空に蒼くきらめく文字が浮かび、文章が構成される。


「これじゃよ。ワシにも何が書いてあるかは伝えられておらん」

「そうですか、ありがとうございます」


 ジルバは胸から葉巻を一本取り出すと火を着ける。ほのかに香る葉巻特有の甘い香りが空間に広がる。


「流石はバイオレット様用に取り寄せた一級品。香り高いですね」


 そう言って煙を吐くとボソリと一言、変わっていませんね、と呟いた。


「良く分かりました。それでは勇者様が来る前に迎える準備を致しましょうか」

「というか本当に来るのかのう」

「ええ、間違いありません。私はその為にいるのです」


 ジルバはそう言ってジジジ……と葉巻の煙を吸い込んだ。


「まぁ、何にせよ、儂の役目は次代の勇者様が来るまでここを守るのが務めじゃ。お主が何であろうと、その邪魔さえせねば良い」

「アステアには珍しい御仁ですね」

「儂を教会の馬鹿共と一緒にするな。魔族が全て悪であるなら儂はとっくの昔に殺されておったわ」


 成程、と煙を吐き出すジルバ。


「さて、何の準備もしませんでしたがお喋りはここまでのようです。とにかく、私が何か言っても適当に知らないフリさえしてくれれば良いので」


 そう呟くと、洞窟の外から微かに声が聞こえ始めた。


「あー、やっと着いた」

「勇者様、まずは守り人殿に挨拶を致しませんといけませんわ」

「えー、その前に一回見ときたいけど、駄目?」

「もう、しょうがないですわね!許可いたしますわ!」

「聖女殿が許可してどうする……。まぁ、大丈夫であろう。もしかしたら守り人も中にいるかもしれない。守り人故」

「では、中に入りましょうか」


 ジルバはエドに視線を投げる。


「何だか、遠足みたいな勇者たちじゃの。大丈夫なのか」


 ジルバは肩をすくめて見せた。


「まぁ、勇者には違いありません。緊張感が無いのは、もしかしたら自信の現れかもしれませんよ」

「そうじゃと良いんじゃがな」


 洞窟の入り口、扉が音を立てて開く。


「オー、なんかスゲェそれっぽいな」

「そうですわよね!ここは先代勇者のつるぎ、一ノ太刀イチノタチが封印されているそうですわ!その太刀と呼ばれる特殊な剣は、斬ることに特化していて例え鉱物相手でもスルリと刃が通ったとか!」


 そんなことを言いながら入ってきたのは、まず黒髪黒目の青年、それに青い髪を持つ神官ドレスを身にまとう蒼い髪の少女。その後ろから、金髪碧眼の優男、黒髪オールバックの男が続いた。

 それぞれ勇者である一条 仁衛ことジン、ヒュマナス教の聖女メリオ、アステア王国の近衛隊副長ニルス、それに同じく宮廷魔術師のファフナーである。メリオは何故かジンにべったりとくっ付いていて見た目が鬱陶しいことになっている。


「ん、奥に誰かいるみたいだぞ」

「本当ですわね」


 ジンたちがジルバたちに気付く。


「ん、あれは叔父上か。問題ない、片方は我が叔父、守り人のエドモンド=フォーマルハウトで間違いない。隣の女性は……、誰かは分からんが、叔父上が一緒にいる人物であれば問題なかろう」


 すると、ジルバは始めましょうか、と一言。一歩前に出ると口上を述べた。


「ようこそ。ようこそ勇者御一行様。お待ち申し上げておりました」


 慇懃いんぎんに礼を取るジルバ。たわわな胸元が開き、エドがちらりと覗く赤い下着に声を押し殺す。ファフナーの目も血走っている。何故かメリオの瞳には憎悪の炎が宿っている。そんなメリオをよく見れば、どこがとは言わないが成程、ペッタンコだ。


「誰だ!」


 ニルスが誰何すいかする。


わたくし、マロンと申します」


 そう言って持っていた葉巻を地面に落とすと、ブーツの踵で火を消した。


「因みに私、夢魔でございまして――」

「夢魔だと!?魔族か!」


 過剰に反応するニルス。他のファフナー、メリオも素早く戦闘態勢に移行する。


「ええ、一応そう言うことになるものかと」

「叔父上、一体これはどういうことですか!?何故魔族がここに!」

「え、えええ!お主、魔族じゃったのぉ!?儂を騙したなぁ!?」


 矛先を向けられるエドであったが、そこは全力でしらばっくれた。それがシナリオだった。ワザとらしい棒読みである。

 しかし、するとファフナーが激昂げっこうした。よもや正気とは思えない・・・・・・・・反応だ。魔方陣を展開すると、キーとなる詠唱を行う。


「貴様ッ!魔族死すべし!――駆逐せよ、駆逐せよ!混沌の焔、我が怨敵を焼き払え!」


 彼の杖、その先より迸った炎がジルバの元へと一直線に飛ぶ。ジルバはもう一本葉巻を取り出すと口に咥え、その炎で火を着ける。紙一重の技である。危ないので真似してはいけない。


「遅いですね」


 そう呟いた矢先、目の前にはニルスが直剣を振りかぶっていた。


「余裕ですね。魔族風情がッ!」

「ええ、まだ余裕です、ね」


 真横一閃に振るわれる直剣。合わせるように放たれた回し蹴りが交差し、ブーツと剣が硬質な悲鳴を上げた。蹴り上げられた剣、空いた胴、ジルバは更に一回転し、そこを続けざま蹴飛ばしニルスとの距離を取る。重たい衝撃がニルスを襲った。


「グッ!仕込み靴か!」


 そこへメリオの憎悪に満ちた叫びが響く。


「魔族の巨乳など、生かしておく価値は塵芥程もない。おお神よ感謝いたします。厚顔不遜で胸に不要な脂肪を蓄えた悪女を成敗せよと、そう仰っているのですね。きっとこいつの前世は豚だったに違いない!――裁きの槍よ、形を成して世の悪徳を打ち破り給え!」


 およそ聖女とは思えない口の悪さである。そしてメリオから放たれた雷撃がジルバを襲う。しかし――。


「――打ち消せ。――爆ぜよ」


 それを一言で相殺。更にファフナーとメリオの前で炸裂する閃光。二人の悲鳴が上がる。

 それを確認せず、ジルバはニルスとの距離を詰める。苦し紛れに振り下ろされた剣を足で弾くとそのまま回転して後ろ蹴りソバットを叩き込む。勇者の元まで蹴り飛ばされるニルス。


「つ、強い。夢魔がこれほどまでに強いなどと、聞いたことがないぞッ!」

「クッ!勇者殿!」


 その間、ずっと呆けるように突っ立っていたジン。話を振られても、え?何?みたいな顔をしている。完全に状況についていけていない。というより、ジンとしては何故突然戦い始めたのか。彼女、ジルバはまだ挨拶しかしていないだろうに、と考えており、逆に味方の溢れんばかりの殺気に違和感を感じていた。

 それを絶望的な顔で見るメリオ。


「ッ!――おお、神よ!彼の者この世に不要の者!世界を切り取り、虚空へ誘い消し去り給え!」


 空間爆砕。それは空間ごと一切合切を吹き飛ばす切り札だ。酷く消耗する術式ではあったが、彼我ひがの戦力さから選択した一撃。

 瞬間、物凄い爆砕音と共に沸き立つ土煙。


「やったッ!?」

「いいえ、やったのはこっちです」


 しかし、あっけらかんとしたジルバの声。


「なッ!二人とも!」


 煙が晴れると、そこには倒れているニルスとファフナーがいた。

 二人とも息はあるが、呻き声を上げ、立つこともままならないようだった。


「ゆ、勇者殿ッ!」


 ファフナーが呻く。メリオは近くに倒れていたファフナーへ駆け寄ると、治癒を施す。慣れない術式だった故、一瞬効果範囲を誤ったかと焦ったメリオだが、少なくともファフナーにはそれらしい外傷が無かった。ということは、あの一瞬であの女は二人の仲間を打倒したのだろう。


「化け物めッ!ヒッ!」


 短く上がる悲鳴。目の前にジルバがいたのだ。


「他所見はいけませんね」


 何か硬い、四角いものを振りかぶるジルバ。メリオが最後に見たのは『熟れた桃の果実』という謎の単語だった。

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