第2話 勇者と執事②
シュトラフェルンという世界。その中央大陸、アステア王国によってに勇者として召喚された黒髪黒目の青年、一条 迅衛こと勇者ジンは当惑していた。
いきなり光に包まれたと思ったら、よくわからない場所。おお、勇者よ、とか
なんだかよく分からないうちに一か月くらいか? 監禁され、この世界の歴史の教育。神がどうだ、人間がどうだとかを教えられたり、魔族がどんなに人間にとって害悪かを説かれたり、一体どこのテストに出るというのだ。
そのうえ魔王と戦うためとか言って戦闘訓練まで施される。驚いたことに、ここは完全に元いた世界とは異なるようで、魔術とかいう代物が当たり前のように戦術に組み込まれていた。
元々ウチは武で身を立てた家の末裔だったから、こと戦いという面には多少なりとも自信があったのだが、今までの常識がまるで通用しなかったから
結局その監禁自体は晴れて今日解かれたわけだが、何はともあれこいつら本当に頭がおかしいんじゃないかと思った。おかげでこの一か月、心身ともに疲弊して多分体重だってかなり落ちたんじゃないだろうか。
更にだ、俺の頭も少しおかしくなっている。何故か魔族憎しという気持ちが日に日に増大している気がする。確かに聞いた話では随分と人間に対し酷いことをしてきたようだが、俺自身何かをされたわけでなく、そういった事柄に関して、今までは無頓着だった。魔法の存在する世界だ。これは何かされたと思った方が良いかもしれない。
ジンは今までのことを説明的に振り返りつつ、魔王討伐のための仲間、近衛隊副長のニルスと宮廷魔術師のファフナーと共に、アステアの街並みを歩いていた。
これはこの街での最後の仲間である聖女を教会へ迎えに行くためなのだが、その道中彼を困らせる存在が更に現れたことで、彼は頭を抱えることとなったのだ。
彼を困らせているのは、先ほどから感じている謎の視線。いや、視線の主は分かり切っている。それは、彼だけでなく、彼と旅を共にすることになった二人、近衛隊の副長であるニルス、宮廷魔術師のファフナーも気づいている。
「ジン、ファフナー、どうします?」
「どうしますって言われてもなぁ……」
その視線の主は正直なところ、どこをどうツッコんだらいいのか、そんな存在。隠れているのか隠れていないのか、もはや明らかなツッコミ待ちとしか言いようがない風体、とどのつまりそれは一本の街路樹に変装した男だった。木の幹の上の方から顔だけ出したフザケた出で立ちをしている。因みに枝の先には白いつぼみがついていたり、花が咲いたりしていて無駄に芸が細かい。およそ五分咲きと言ったところだろう。
何が言いたいかといえば、おかげで視線の先のジンたちは無駄に注目を集めてしまっている、ということだ。
ジンは困ったような顔で頭を掻くと、仕方ないとばかりにその視線の主に近づいてく。
「ちょッ!ジン!危険では!?」
「どこがどう危険なのかもよく分からんが、このままってのも良くないだろう」
街路樹の傍まで来ると、あからさまに視線を逸らす木の男。腹が立つ仕草だ。
「おい、そこの木」
話しかけられ、なお私じゃないですよね的な表情をしている目の前の男。それに若干イラつきながら、お前だお前、とジンはドアをノックするように幹、つまりは胴体の部分を叩く。割と強めに。
なおも口笛を吹いて誤魔化そうとするその木に苛ついたジンがボディブローを一つその胴体に入れると、流石に男はグフゥ!とかダメージを感じさせる感想を口から吐き出した。
「……フッフッフ。流石は勇者殿。こうもあっさり私の変装を見破るとは、大した観察眼です」
不敵な笑みを浮かべてそう返した木の男。よく見てみれば、銀髪に金の瞳と特徴的な風貌をしている。
「いや、バレバレだから!さっきそこの店でリンゴ買ってたおばちゃんとか完全に二度見して笑ってたから!てかお前、昨日は城の中にも咲いてやがったろ!一体どうやって入ったんだよ?!」
「おや、まさか初日にも気づいていらしていたとは。いやはや、勇者様の評価を上方修正しなければいけませんね」
「ウルセェ!あとその勇者様ってのはやめろ!」
「ああ、勇者様!人々を救う勇者様がこちらにいらっしゃいますぞ!」
「だああああああ!」
完全に嫌がらせである。
「大体テメェ、俺に何か用かよ!」
「いえ、勇者が召喚されたとの報を受けまして、どんなものかと観光に」
「俺は観光スポットか!?」
この阿保みたいなやり取りだが、男の言葉にニルスとファフナーは一瞬色めき立つ。
「御仁。貴方は一体……」
するとニルスが言い終わる前に、男は秘儀!花粉の舞!などと叫び、体をわさわさ動かす。体から謎の粉がふぁさふぁさと飛んでいく。
「な、なんックシュ!胡椒か!?」
「ハッハッハ!それではまた会いまックシュン!」
そして、そのまま大量の胡椒をまき散らすと、男はそのままいずこかへと消えていった。
はた迷惑である。
一体何だったのか、そう思ったジンだったが、ジンはあることに気付いた。
先ほどまでの悩みの一つが解消されていることに。もしかしたらこのアホらしい騒動にどうでもよくなってしまっただけかもしれないが。
「アイツ、本当に何だったックシュ。んだ……」
ジンは胡椒吹き荒れる中、とにかく胡椒ヤバイとそう思ったのだった。
~ 勇者観察報告書 ~
思った通り、アステアは勇者に洗脳魔術を施していたようです。
恐らくは、魔族に対する憎悪を増幅させるようなものかと。しかし、幸いにも掛かりが甘く、応急処置でもどうにかなってしまうレベルでしたので、早々にも対処させていただきました。
それと、彼は恐らく、私と同じ故郷を持つ人間でしょう。外見的にも、翻訳されている《・・・・・・・》言語的にも、完全に私の知るものと一致しておりました。
とにかく、今後も観察を継続いたします。
追伸。
料理はちゃんとアザリーさんに作ってもらっていますか?間違ってもご自分で作ろうなどと思い立ってはいけません。どこの神話の邪神が生まれるともしれません。
世界平和のためにも、宜しくお願いいたします。
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