第3話 勇者と執事と伝説の剣①
アステア王国王国騎士、近衛隊副長ニルス=アーランド。20代そこそこの若者の男だ。金髪碧眼の優男。
アステア王国宮廷魔術師、ファフナー=フォーマルハウト。30代くらいの男だ。こちらは黒髪をオールバックにした目つきの鋭い男。
そして、新たに加わった仲間、ヒュマナス教会の聖女メリオ=ウラヌス。10代後半の少女。青い髪を腰まで伸ばした美少女。
これらが勇者ジンのお供として、共に魔王の討伐に向かう精鋭たち。そして彼らは今、先代勇者が扱ったという無双の剣を得るために山登の準備を兼ねて、夜を明かすために
ジルバは小屋に入ったジン逹を遠目からひっそりと確認すると、おもむろに山を登り始めた。
鬱蒼としていて昼間でも視界が悪い山の中を、月と星の明かりしかない夜に事もなさげに進んでいく様はいっそバカにしているかのように軽快で淀みがない。
時折現れる魔物も意に介さず、まるでただの障害物を蹴倒すかのように排除していき、全くのノンストップで夜の山を突き進んでいくジルバ。その足取りは山を登っているということすら忘れかねないものだった。
昇り始めて既に数時間は経過しているだろう。空が白み始めた頃になると辺りは霧に包まれ、草は朝露に濡れていた。
ジルバは既に山頂付近まで登っていた。
「あそこ、ですね」
朝霧の中うっすらと見える山小屋。その付近を見てみれば、洞窟の入り口のような洞穴があった。
ジルバは山小屋まで進むと、木製の扉を軽くノックした。
特に誰かが出てくる、という訳でもなかったので扉を引いてみるが、鍵が掛かっているのか扉が開くことはなかった。
「ふむ。誰もいらっしゃらないなら構わないでしょう。それでは失礼して」
特に何かをしたようにも見えなかったが、もう一度扉を引けばあっさりと扉が開いた。
誰もいないように思えた小屋だったが、ジルバがお邪魔します、と一言小屋の中に入れば、慌てたようにドタドタと階段を下りる音と老人の怒鳴り声がした。
「まてまてまてーい!」
「おや、人がいましたか」
二階から降りてきたのは寝間着姿の老人。たっぷりとした白髭を蓄えており、唾を飛ばしながらジルバに詰め寄る。
「いましたか、じゃないわい!こんな朝っぱらから訪ねてきおって!しかもワシの術式まで破りおって!」
「それは失礼致しました。いい感じの山小屋があったもので、目的地にも着いたようですし、私もそろそろ休もうかと思いまして。宜しければ部屋とベッドをお貸しいただけないでしょうか?二時間後には起きますので、そうですね、朝食はフレンチトーストでお願いします。ベッドは二階でしょうか、それでは宜しくお願いしますね」
そういって老人を押しのけ、良い笑顔で朝食の注文まで付けてズカズカと中に入ったジルバ。あまつさえ階段を登ろうとしている。
「ここは旅館か何かか!?ええいふざけおって!」
老人が軽く腕を振ると壁に立て掛けてあった木製の杖が老人の元へと飛んでいった。それを格好良くキャッチし、くるくると回して決めポーズを取った老人。
ジルバは何となく感嘆の声を上げた。
「ワシはここの守人じゃ、何者かは知らんが勝手に入ってきて虚仮にしてくれたのは事実じゃ!ちぃと懲らしめてやるから覚悟せい!」
そう言うと老人は杖を執事に向けてむにゃむにゃと呪文を唱える。
「ワシの十八番じゃ、とくと味わえ!シャイニングアロー!」
老人が叫ぶと杖の先から光が膨れ上がり、指向性を持って射出された。さながらそれは光の矢の様で、まさにシャイニングアローという名前の通りだ。
光の矢はジルバの足元へ突き刺ささると轟音を立てながら爆発した。暫くその荒れ狂う熱波から身を庇うような姿勢のまま固まったままの老人だったが、やがて爆発の余波でもうもうとした惨状を見るや冷や汗を流す。
「ちと、やりすぎたかのぅ」
「少なくとも室内で使うものではありませんね」
「どおお!?!?」
にゅうっと背後から突然表れたジルバは、多少なりとも煤で汚れてはいたが全くこたえていない様子で、驚いた老人は勢い余って床を転がった。
「ぬぅ、貴様只者ではないな!?よもやワシのシャイニングアローを受けてその程度とは!目的はなんじゃ!?やはり貴様も伝説の武具を奪いに来たのか!?」
「いえ、ですから」
「ハッ!無駄じゃ無駄じゃ!どうせ封印の間の術式は勇者様にしか解けないんじゃ!」
片膝を付き、ぜいぜいと息を荒げ捲し立てる老人。その瞳には老人とは思えぬほどの闘志が滾り、諦めとは程遠い力強さを誇っていた。
「私はただ休ませていただこうと…」
対してジルバは無表情のまま、淡々と誤解を解こうと自分の要望を伝えようとしていた。しかし、その意思は全く伝わらず、老人は更に白熱していた。
「しかしワシもここの守りを任されたもの、いかな巨悪だろうと勇者様が残された武具を守り通すのが勤めよ!ただ通したとあれば勇者様とご先祖様に顔向け出来んわい!
さぁ!かかっ「そぉい!!」」
ついに我慢できなくなったのか、ジルバは手近な本で老人の頭をひっぱたくとわりと鈍い音がして老人は昏倒した。
「全く、人の話はちゃんと聞いてほしいものですね」
口上の途中で相手を昏倒させた自分のことはまるで棚上げではあるが、確かに正論だろう。ジルバは気絶した老人を抱えて小屋の二階へと登っていった。
二階には二部屋ほどあり、手前の部屋を開けてみるとベッドは乱れており、慌てて飛び起きたことが伺える。恐らく老人が先程まで眠っていた部屋だろう。
部屋は存外片付いており、木製の本棚と机が一つずつ、それにベッドがあるだけだ。ベッドに老人を下ろし、部屋を出ようとした執事だが、枕の下から少しだけはみ出ている本を見つけると失敬、と抜き出した。
「おお!これは!」
なんとエロ本だった。
官能小説と呼ばれる類いのもので、ジルバは机の椅子に腰かけると暫しパラパラとページを捲っていき、やがて読み終わったのかパタンと本を閉じた。
「セクシーダイナマイツの調教ものでしたか、非常に興味深く読ませて頂きました」
ところで、この世界にもこんな迷信がある。枕元や下に本を置いておくと、そんな夢が見れると。
この迷信はある一点においては真実だった。
「良い勉強をさせて頂いたお礼です」
妖艶に響く女性の声。
ベッドの横に先程までの執事の姿はなく、まさにセクシーダイナマイツな銀髪の女性が立っていた。
「私とて、夢魔を名乗る者。良い夢を魅せてあげましょう」
そう言ってジルバは老人の隣に、ベッドに潜り込むのだった。
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