召喚勇者と謎執事
こぺっと
第1話 勇者と執事①
コツ、コツ、と真夜中の屋敷に足音が響く。足音の主は、銀髪をサイドバックに撫でつけた執事風の若い男。右目にはモノクルなんかつけている。
その右手には軽食サンドイッチと紅茶の入ったカップを乗せた盆を持っている。主が好物なのか、サンドイッチは全てたまごサンドだ。
左手には明かりの点いた燭台。その光にぼんやりと照らされながら、彼はコツ、コツ、と屋敷の廊下を歩いている。
やがて、彼は一つの扉の前で足を止める。
その扉は一際緻密な細工が施されており、この先に誰か要人がいるのだと一目で分かる。分かりやすく威厳があることは良いことだが、セキュリティ上それはそれでどうなのか、と思う次第だ。
ともあれ、彼は扉を軽くノックした。
「バイオレット様、お夜食をお持ちしました」
「入れ」
中から入室を促すアルトボイスが聞こえる。彼は失礼します、と扉を開き、部屋の中へと入った。
真夜中だというのに、中には
彼女、と言った通り、部屋の主は女性だ。名をバイオレット=ブルーノートといい、ブルーノート伯爵家の女当主である。
名前の通り、ブルーバイオレットの長い髪と瞳が特徴的で、小柄ながらややキツめの風貌をしており中性的。今は手紙を渋い顔で読んでいるため、更にキツさが強調されている。
執事風――実際に執事なのだが――の男がバイオレットの机に彼女の邪魔にならぬよう軽食と紅茶を置くと、彼女は紅茶に手を伸ばした。
「良い香りだ」
「こちら、中央大陸より取り寄せた、ミッドナイトグレーでございます。今宵は良い月。最高級の茶葉をと」
「成程な、今宵は満月か」
彼女は紅茶を一口飲むと、ほぅと息を吐き、窓の外にぽっかり浮かんだ満月を眺める。そして、執事に向き直り、垂れた髪を軽く掻き上げる。
「良い仕事だ、執事バトラー」
バイオレットがカップをソーサーに置くと、かちゃりと音が部屋に響く。
「ワー、キャー」
突然よく分からない歓声を棒読みした執事。バイオレットは訝し気に彼を見る。すると彼は両手を拡声器の様にして中腰に構えていた。意味が分からない。
「……なんだ」
「いえ、バイオレット様がそういう仕草をすると、年頃の
バイオレットは盛大な溜め息を吐いた。
「いかがって、ただ意味が分からん」
そういうところが無ければ優秀なのだが、と呆れるバイオレットだったが、これ以上構っても仕方ないと思ったのか、それはともかく、と彼女は先程まで見ていた手紙をひらひらとさせる。
「これは、私が見ても宜しいので?」
そう言いつつ手紙を受け取ると、サラサラと目を通し、これはこれは、と呟く。
手紙の内容を端的に言えば、中央大陸が異世界から勇者を召喚した。ただこれだけだ。
「彼らは本当に懲りませんね。時間が忘れさせたのか。それとも、味を占めたというべきなのかもしれませんね」
「……味を占めた。正しくその通りだな」
これの何が問題かと言えば、そもそも異世界から人間を召喚すること自体が問題であり、禁忌であるということ。
そもそも考えれば分かることだ。異世界の人間を呼び込むことはそのメリットも大きいが、同時にデメリットも多い。簡単に考えても、文化の汚染や魔王に匹敵する力がもう一つ生まれてしまうこと、それに彼らからは必ず恨まれる《・・・・・・》、ということが挙げられるだろう。
バイオレットはサンドイッチを一つ摘まんで口に放り込む。
「やったのはアステア。あそこは人間至上主義だからな、魔族を抱えるウチにどんな影響が出ることか」
「魔王を倒した後は、魔族の掃討、ですかね」
以前にも一度だけ、勇者が召喚されたことがある。その時も魔王に対抗するために召喚を行ったのだが、その勇者は体よく洗脳されてしまったのだ。結局その勇者は魔王を殺した後も魔族を見境なく殺し続け、最終的には日和見派や穏健派の魔族まで巻き込んだ更なる戦争の泥沼化に貢献したという過去がある。
彼らはこの二の舞を懸念しているのだった。
「とにかく、面倒なことにならないうちに勇者とは接触しておきたい。目的は、分かるだろう?」
執事は目を閉じて礼を取る。
「ならば、これから私が言うことも分かるだろう」
執事はハイ、と一言答えると一拍置く。
「ええ、このサンドイッチ、よく見たら全部たまごサンドじゃないか、ですよね」
「ハズレだ」
バイオレットは盛大に溜め息を吐くとこめかみを抑える。しかも今更かよ、と小声で呟いた。
しかし、そんなこともお構いなしに執事は無駄にオーバーなリアクションで驚いた。
「ええ!?ツッコミ待ちだったのに!?」
「茶番が過ぎるわ!私が言いたいのは、ジルバ、お前に勇者と接触してこい!ってことだ!いつ私がサンドイッチの話をした!」
再び溜め息。バイオレットはお疲れの様だ。
「お前意外に適任はいない、と思っていたのだが。いや、何か不安になってきたな、ほんとにもう」
すると執事、ジルバは佇まいを正すと真面目な顔に戻る。
「いえ、私は良いのですが、私がいない間、バイオレット様のお世話は誰が?失礼ですが、この屋敷の使用人は私しかおりませんが、どなたかお心辺りでも?」
かと思えばわなわなと震え出す。
「なに、私も一人で生活したこともある身だ。どうとでもなる」
「まさか、お食事もご自分で?あの禍々しい儀式、独りサバトを催すつもりでございますか?!」
「何が独りサバトか!」
頭を抱えてイヤイヤと体を左右に振るジルバ。バイオレットはどこからともなく取り出したフライパンで彼の頭をひっぱたく。どうでもいいが、バイオレットは料理が壊滅的に苦手だった。
「では、お食事はアザリーさんにでも頼んでおきましょう」
「いらん!」
「まぁまぁ、私の心の平穏を保つためにもここは一つ」
「何が心の平穏だ!お前と話していると非常に疲れる私の心の平穏は誰が提供してくれんだバカ者!」
ギャーギャーと騒ぎ始める二人、というかバイオレット。
結局バイオレットが折れる形となり、彼女の食生活は最寄りの村の食堂の娘により提供される運びになった。
一方、その頃アステアでは、召喚された勇者の教育が行われていた。
この世界の歴史。人類の置かれている立場。魔族の邪悪さに魔王の恐ろしさ。人間の尊さに神の偉大さ。
これらは召喚された勇者の奥深くに、まるで呪いの様に染み込むように教育が進められる。
「勇者の教育はどうなっている?」
「順調にございます。しかし……」
ここは絢爛豪華な一室、アステア王国謁見の間だ。王然とした姿風体の筋骨逞しい男が玉座に座り、それに対し、魔術師然としたローブ姿の男が相対、
「恐らく、彼の勇者は自らの真名を名乗っておりません。そのため、呪詛の効果はいまいちかと」
ローブの男が言う。呪詛、と。
「ふむ、小賢しいガキだ。しかし、まぁ良い。たっぷりと教育し、我らが悲願の
尊大な物言いで玉座の男、アステア王国国王ガルドルド=アステアが言った。
「御心のままに」
ローブ姿の男は、それだけ言うと、謁見の間を去る。
残された王は一人呟く。
「今代こそ、我らが悲願ヲ……」
その目は暗く、濁っているように見えた。
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