第8話 「バリケードの向こう側 8」

優華の言葉に同調するように美佳が口を開く。

「そ、そういえば、同じ学園の子…三須裏って言ったっけ?その子も【ここ】に来ていなくなった…」

美佳に続いて栄一も震える唇で言葉をつなげる。

「そして、そんな行方不明者がいるかどうかを捜索する為にこの病院へ入った数人の捜査員が消えた」

リレーで喋らないといけないのか次々と一つの真実を複数の人間が語っていく。その全てを一気に吐き出す事の恐怖を互いに分担するかのように。リレーの最後は和哉の口からだった。

「そして、その捜査員達の血痕が見つかった。彼らは少なくとも傷ついていて、更に彼らの姿は見つかっていない…」

全ての事実がその部屋にパズルのようにはまった時、5人を言い知れぬ恐怖が足元から頭を目指してずるずると這い上がってくる。どす黒い正気が5人を包む。今日も水沼はいるのだろうか?彼に捕まったら“実験体”になってしまうのだろうか?次から次に疑問がふつふつと頭の中を駆け巡る。

「なぁ…もう出よう…?」

そう言ったのは智樹だった。数分の沈黙の後、5人の気持ちを1人代弁するように口を開いたのだ。

「そ、そうね!帰ろう!」

優華も智樹の声に賛同する。急に恐怖が自身を覆い、好奇心が鳴りを潜めてしまったようだ。その為、誰もがこの病院から出たがっていた。もう、この病院を取り巻く謎を知る必要は無い。知りたければ”水沼に聞けばいい”と先程結論付けた。だが、この病院でのことをを水沼に聞いたら、彼は俺たちに対してどんな行動をとるかは考えにもよらない。実験体にされてしまうのか?それとも何も無かったかのように、今まで通り大学の一生徒として取り扱ってくれるだろうか?なんにせよ、この【バリケードの向こう側】の謎と自分の命は天秤にかけなければいけない。5人の間に広がった沈黙を払拭するように栄一が水沼の部屋の扉を開ける。廊下は真っ暗だった。

「真っ暗だな。和哉、ライト」

そう言ったのは智樹だった。彼に言われるがまま、バックをごそごそとあさり、懐中電灯を照らす。それに合わせるように、優華と美佳も懐中電灯を点灯させる。

「用意がいいんだな」

智樹が感心したように言う。美佳と優華は当然よとでも言わんばかりの目線を智樹に送る。和哉が先頭をとり、先を照らす。それに続くようにぞろぞろと5人は廊下を歩き、最初に入った入り口を目指す。あまり大きくない病院の入り口はあの一つしかない。ふと和哉が携帯に目をやる。19時21分を差している。窓の外は既に真っ暗闇。月の光すら届かない森の中にただただ佇むおぞましき謎の病院。それからおさらばできると思うと急に心は安堵に包まれるのだった。たった数時間しかいなかったにも関らず、この病院は和哉自身の中で恐怖の対象へと変貌した。2階から1階へ下りる。もうすぐだと心が躍り始める。自分自身でも感情がころころと変わりすぎだと感じている。こんなにも感情が次々と代わることは無かった。たが、この場所は何かが変なのかもしれない。そう考えていると、ふと何者かの視線を感じる。

誰だ?誰だ…?一人しかない。水沼だ。いるとしたら水沼以外にはありえない。だが、和哉の中には自分達は水沼が教授を務める大学の生徒なのだ。見つかっても何とか言い訳できるかもしれない…なんて考えるもそれは無意味である事は同大学の生徒である女生徒、三須裏で立証されている。一週間経った今でも、彼女は見つかっていない。この地に踏み込み水沼に見つかったのだろう。彼女も捜査員も未だに帰ってこない。視線を後ろから感じるようになってすぐにここから出たくなる。

「なあ?もう少し早く歩こうぜ」

「ああ…」

そんな和哉の頼みを聞いてか智樹の歩くスピードが上がる。これで帰れると心が躍ったのだが、その小躍りもすぐに終わってしまう。

「し、閉められてる!?」

そう、和哉たちが入ってきた入り口はシャッターによって閉め切られていた。

「だ、誰だよ!?こんな悪戯…!!」

栄一が怒鳴り散らすように言った。その言葉がエコーになって病院の廊下に響き渡っていく。そんな栄一の言葉に誰も答えたがらない。彼らは全員分かっているのだ。この悪戯をやったのが誰か。もちろん水沼だ。

「あ、開けよう」

そう言うと、智樹がシャッターの下に手をかける。それを見て慌てて和哉もシャッターに手をかける。せーのという掛け声で上に力を入れる。シャッターはビクともしない。栄一も2人を見かねてかシャッターに手をかける。3人でせーのと声をあげ同時に力を入れる。だが、それでもビクともしない。

「ど、どうなってるんだ?」

それは和哉の悲痛な叫びのように聞こえた。通常、シャッターは外と内の両側から開くはずだ。だが、何故か彼らの前にそびえるシャッターはビクともしない。そして、和哉はうーんと唸りを上げ、手を顎に当てる。1分間ぐらいの沈黙の後、和哉は口を開いた。

「このシャッター実験体を逃がさない為じゃないのか?」

「?」

その台詞に4人は和哉を見つめる。そして、その眼差しにはどういうことだ?という疑問の念が含まれていた。

「つまり、実験で新しいウィルスを投与された患者…だったり、人を襲う何かだったり…」

思い付きで言っているものの和哉自身がぞっとする。もしそうであれば、絶対にこの入り口からは逃れられない事になる。そして、病院全体の窓が通常のものではないのも、全ては被検体を逃がさない為ではないのだろうか。という事は、自分達は出る事ができない巨大な密室に閉じ込められたのだ。

「そ、そんな…」

ガックリと膝から座り込む優華。美佳は目を細めシャッターを睨みつけている。智樹と栄一は懲りずにシャッターを上げようとしていた。そんな状況が数分続いた後、和哉は気付いた。先程感じたあの後ろからの視線が無くなっている事に。間違いなく感じでいた視線。後ろを振り返っても何も無い。閉じ込められたという状況を和哉たちが確認するまで視線の持ち主はじっと和哉の後姿だけを見ていたのだろうか?それを考えたとき、足の先からぞくぞくと鳥肌が立ち始める。何としてでもここから出たかった。視線の持ち主はきっと水沼だろう。視線の意味するところは分からないが、もしかすると水沼は和哉達を実験体と定めたのかもしれない。

「他に出れる場所を探そう」

「そうだね…」

和哉の提案に即座に回答をもたらす美佳。彼女の表情には沈鬱さが広がっている。そうして和哉たちの長い、長い夜が始まった…。

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バリケードの向こう側 ぶり。てぃっしゅ。 @LoVE_ooToRo

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