第7話 「バリケードの向こう側 7」

そうして、1階をあちこち探索する。薬品の匂いがする部屋や看護師達が使っていたであろう更衣室やナースステーションなどを巡る。やはりどの部屋も綺麗で荒された形跡も無く当時のままだった。また、水沼についての新しい情報を得る事ができずに1階の部屋を全て回った。

「まー特に何も無かったな」

「そうだな」

「じゃー、次に2階に行こう!」

優華の声に賛同するようにぞろぞろと智樹を先頭に2階へ上がる5人。2階は病室になっており、一部の医師の部屋も数部屋あるようだった。再び5人はぞろぞろと2階の部屋を巡り始める。集団病室は6人の患者が眠れるように6つベッドがあり、それをさえぎるように白いカーテンがかかっていた。また、この場所も荒されておらず当時のままだった。病室には窓があった。外は森が鬱蒼としていた。決していい眺めでないにしろ、外の風景が見れるという事は患者にとってはとても大きい事だったであろう。何より今の5人にも窓があるという事は大きい事だった。

「随分日が暮れたな…」

病室に入って和哉がすぐに呟いた。

「この窓、開かないよ?」

「逃げ出したりしないようにじゃないのか?」

智樹が美佳の問いかけに答える。和哉もそんな2人につられて窓の外を見る。2階にも関らず地面からの距離が随分とある。普通の建物の3階あたりにこの2階は匹敵するであろう高さだった。一方、栄一や優華は病室をぐるりと観察している。

「特に目ぼしいものは無さそうだな」

そう言ったのは栄一だった。それに同意するように優華も声を出す。

「そうね。ここには何も無いみたい」

「なぁ、和哉、もう出よう。ここには何も無い」

栄一がここから出るように言った。そうだなと和哉が一言言うと病室を出、廊下をとぼとぼと歩く。この調子だとこのフロアの全て病室を見て回ったとしても、何の手かがりも見つからないだろうと雰囲気が5人の間で充満していた。そんな雰囲気を払拭するように和哉が口を開いた。

「そうだ!担当医…水沼の部屋もきっとあるはずだ。そこに行けばなにか…」

「そうか!行ってみよう!」

乗り気で和哉の意見に賛同したのは智樹だった。それから5人は担当医“水沼”の部屋を探した。医者の部屋をくまなく探し、1階から4階、5階と全てのフロアを探し、見つけたのは最後の最後だった。

「ったくどんだけ探させるんだ…」

5人はあっちこっち探し続けてくたくただった。悪態をついたのは智樹だった。部屋の中に入ると、和哉はパチリと右手の電灯のスイッチをいれる。部屋の明かりは生きていた。照らし出された部屋の中は白衣がかかっており、バックやいろんな物がその当時のまま…の筈だが、その部屋はどうも違ったようだ。埃も溜まっておらず、さらに閉鎖された当時には無かったものがそこにはあった。

「おい、コレ…」

それは水沼が使っていたであろう机の上からあるものの汚いものでも触るかの如く角を持って4人に見えるようにした。それはスマホだった。

「なぁ…俺達の考えでこの病院はいつ閉鎖されたんだっけ?」

智樹がおそるおそる尋ねる。

「えっと…1999年…?」

上目遣いで思い出すように優華が答える。

「そうだ。1999年だ」

確信を持った声で言ったのは栄一だった。栄一はあの”厚生省”のポスターを見ていた。だからしっかりと目に焼きついているのだろう。無論、1999年にこの病院が閉鎖されたというのは和哉たちの憶測でしかない。あのポスターから判断したのでは、正確なものではないからだ。ポスターを張り替えてないだけかもしれない。だが、身近にあるものからその点を判断せねばならなかった彼らにとって、1999年という年をある物事を考える上では閉鎖された年として基準値に設定するほかなかった。そして、漠然とただ流れるものだと認識していた時代、年というものがここにきて急に意味を持ち始めるとは彼らには予想だにしなかった。

「これって…スマホだよな…?」

「ん?そうだけど?それが?」

優華がとぼけたように智樹の質問に答える。

「1999年に…スマホってあったの?」

智樹が答える。彼が感じている恐怖はこの事にあった。

「いや…。その当時はまだフィーチャーフォンだったはずだ」

智樹が何に恐怖を抱いているかを感じ取りつつも、和哉は質問に対してインターネットで得た知識で答える。それに5人は次第に気が付いていく。

”この病院は閉鎖された後でも、誰かが出入りをしている。”

それは、この部屋を見れば分かる。それは疑惑の“水沼”だ。水沼の部屋にこのスマホがある以上、彼がこの病院を出入りしている事が一目瞭然だった。スマホのスクリーンを触ってみるも画面は黒く、反応しなかった。それならばと電源をつけようとスマホの側面のボタンを押すもバッテリーが無いのか電源はつかなかった。

「動かない…電池が無いみたいだな…」

残念そうに智樹がスマホを元にあった場所に戻す。

「また新しい情報が見つかったな。この病院に水沼が出入りしている…」

自分達の憶測を口にする。口にするとそれが現実味をおびて彼らに襲い掛かる。水沼は何かの実験を続けている。そう絶対に。そんな確信が彼らの中に生まれつつあった。そして、彼らの中では水沼教授=担当医水沼という構図が出来上がっていた。彼らは知りたかった。

水沼が言う”世界初の薬”とは、日本が負けないという薬とは何なのかを。

目まぐるしく変化していく自身の好奇心に答えるべく和哉は動き始める。

「まだ、他には何か無いか調べてみよう」

携帯が置いてあった机の引き出しに手をかける。今でも使っているだろうに無用心にも鍵は掛かっていなかった。一段目の引き出しを開けると診療室とは違い、名札が入っていた。この病院が機能していた頃のものだろう。手に取り誰の名札か確認する。それは律儀にも顔写真付きだった。名前は…

「水沼 昭一…。やっぱりうちの大学教授だ…」

名前を確認し、顔写真を見る。17年以上前のものだろうが彼の顔は一切変わってはいなかった。和哉がそう呟いた為、他の4人がわらわらと和哉の周りに集まり、彼が持つ名札を後ろから覗きこむように見たり、横からひょっこりと覗き込む者もいる。

「あ、ホントだ。水沼だね?コレ」

優華が軽い感じで言う。この事がどう意味するのか分かっているのかどうかはなはだ疑問であった。

「これで完璧に和哉の考えが正しい事が証明されたな」

そう言ったのは栄一。今までは、”病院の水沼”≠”和哉達が知る水沼”であったものが、完全に同一人物であることが証明された。それが証明された以上、ここにいる必要も無い。全てを知りたければ水沼に問いただせばいいのだ。水沼はこのようにこそこそと人知れず実験をしている為、この事を問いただすと嫌な顔をするかもしれない。

「じゃあ、水沼に聞いてみるか?」

問いただせば自身の好奇心が抑えられると和哉は考えた。バリケードの向こう側にはたった一人の大学教授の実験場が広がっているだけであった。

「…待てよ」

帰宅ムードに包まれる中、栄一がふと口を開いた。

「水沼がどんな実験をしているか分からない…。だけど、ただの実験ごときで血が流れるのか?」

4人は栄一の言葉にハッとした。そうだ。自分達が何の為にここに来たのか?少なくとも和哉はあの時テレビで見た血痕が、【バリケードの向こう側】へ駆り立てた理由なのだ。ここで”たった一人の男、水沼 昭一という男の実験場だった”という結論だと、あのテレビで見た血をどう説明する?一番考えられる事は、水沼が血なまぐさい実験をしているという事。それが一番のしっくりくる説明だ。

「もしかして、ここに来た人間を実験体にしているの?」

優華が恐ろしい事を口にした。

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