第6話 「バリケードの向こう側 6」

「彼女が戻ってくるまで、ここにいよう。何か目ぼしいものが無いか探してみよう」

どうしても水沼という人物が引っかかり、優華の情報意外にもどうにか自分自身で情報を集めてみたい衝動に駆られ和哉は診療室のあっちこっちを物色する。そして、さっき美佳と栄一が見ていたポスターが目に付く。どうやら風予防を呼びかけるポスターらしい。ふと右下に小さく記載された日付に目が行く。1999年6月厚生省と記載されていた。17年前だ。1999年か、と思い1999年を振り返ってみる。和哉自身は幼児期だから当時の世間のことは覚えていないが、当時はテレビなんかでノストラダムスの予言で世間が大騒ぎしてたいたらしい。結局世界は崩壊せずに今の自分達はこんな所に足を踏み入れているわけだが。厚生労働省になる前のポスターが張ってあると、随分と昔にこの病院は閉鎖されたんだなと感慨深く思ってしまう。

「この病院は随分昔に閉鎖されたみたいだな」

今、自分が考えていた事を代弁するように栄一が言った。どうやら彼もこの部分に興味があるようだ。そんな栄一の言葉に智樹は質問を投げかける。

「どのくらい昔なんだよ?」

「17年前ぐらいだよ」

「17年!?」

智樹は驚く。そんなに驚く事ではないと思うと和哉は思ったが、和哉の心の中を読んだかのように驚愕した理由を智樹の口から放たれる。

「17年も前の病院がこんなに綺麗なのか?誰か遊びに来てるやついるんだよな?別に誰も綺麗にしようとしてるわけじゃないんだよな?なのに…」

そう言われれば確かにそうだ。17年前の施設が誰の手も借りずにこれだけの美麗さをもつ事ができるだろうか?否、それは不可能なような気がした。普通に使用している病院ですら、壁紙がはがれていたり、水が滴りつたった壁は茶色く水が腐ったような色を見せる。それが何処にもない。長年、雨風にさらされ時には予想だにしない侵入者の侵入を許す。そんな環境にありながらこの病院は建設されてまだそんなに年数が経っていないような表情を見せる。そもそも、この病院がいつごろ建てられたものかというのは知りえる事ができない。17年という数値はこの病院が閉鎖されて現在までのインターバル。きっとこの病院は17年より前に存在していたはず。どうしてこの病院は閉鎖されてしまったのか?和哉の好奇心はそこに向かおうとしていた。バリケードの向こう側は病院だった。誰も居ない、病院だった。そして、その向こう側に踏み入れるという欲求は満たした。だから、和哉の満たされた欲求は次の欲望を目指し、今まさに走りだそうとしていた。そうしてそれぞれが持論を吐き出した後、いいタイミングで優華が電話をし終え診療室へ帰ってきた。

「ただいまー」

家に帰ってきたかのような言葉を4人に投げかける。

「どうだった?」

そう言ったのは智樹だった。

「友達も結構知っててね、いろんな事を教えてもらったよ。まぁ、たいしたことは無いんだけどね」

と言うと、診療室の扉を完全に締め切り先程友人から引き出した情報を4人の前で披露しようとする優華。優華の言葉に耳を傾ける。沈黙が診療室を支配し始めようとした頃、優華が口を開く。

「えっとね、水沼教授…17、18年前ぐらいにね、うちの大学に赴任してきたんだって。それが、変な赴任の方法だったって。何故か、国のコネで入ってきたって。これは教授の口から聞いたわけじゃないって言ってたから、別の学部の教授にきいたんだと思うわ」

国のコネ…。要するに水沼という人物は国政にかかわる何かに属していたというのか?これは天下りといっても過言ではないような気がするが…。ふと手を顎に添えると和哉は再び優華の声に耳を立てた。

「それで、うちの大学に赴任する前は病院に勤めていたらしいの。ただ、医療には関ってないって。病院内で何か薬の実験をしていたそうよ。それもこの国、いえ、この世界で初の薬になる筈だった、偉大な事を成し遂げられる筈だったって嘆いたらしいよ?」

偉大な事…?日本だけでなく世界初の事…?何かの新薬なのだろうか?それだけでは、優華の話は終わらなかった。

「そしてね、日本は惜しい事をしたって、自分の実験がうまくいけば日本は負けないとも言ってたらしいわよ?」

日本は負けない…?聞けば聞くほど水沼が何の研究をしていたか分からなくなってきた。その時、和哉の脳裏にある言葉が思い出される。それを4人に説明する為に、さっき智樹が置いたファイルを手に取る。

「優華ちゃんの話はそこで終わり?」

「え?うん」

今から自分が説明をするから、和哉は優華の話が終わったどうかを確かめた。そして、優華は自分の話が終わったと頷いた。

「じゃあ、ごめん。皆、これを見てくれ」

「なに?さっきのファイルじゃない?」

美佳がまた?とでもいうように言った。他の3人は何も言わずにファイルを覗き込む。

「ここ…この単語、さっきの優華ちゃんの話を聞いてやっと意味が分かったんだ」

担当医とかかれたすぐ左隣の単語を指差す和哉。その指先に集中するように3人の視線が集まる。

「被検体No…?これがどうかしたのか?」

「じゃあ、この前のページを見てくれ」

パラパラとファイルページを前に戻す。それは別の患者のカルテだ。そして、彼らの視線はある一点に集まる。

「な、無い?被検体Noという言葉が…」

栄一がたじろぐ様に言った。

「どういうことなんだ?和哉?」

率直に疑問を投げかける智樹。息を整え、智樹の質問に答える和哉。

「病院に被検体Noという言葉は似合わないと思わないか?患者Noや病人Noとかだったらまだ分かるけど、被検体Noという言葉がどうしても腑に落ちなかったんだ。だけどさっきの優華の話で線が繋がったよ。多分、被検体という言葉が似合うのは“実験”の対象者が一番だと思うんだ」

うーんと4人は唸った。分かっているのかどうかははなはだ不明だったがそれに関らず和哉は次の言葉をつなげた。

「この被検体というのは何か新薬の実験体だったんじゃないかって。担当医が水沼 昭一だろ?あの大学の水沼がこの担当医であれば全てが繋がるだろ?あの男はうちの大学に来る、17年前にこの病院で新薬を開発していた。そして、それは人間の何か治療なのか何なのかは分からないけど、人間を実験体に新薬を使い実験をしていたんだ。その実験は世界でも初めてとなる何かに対するものだった。まぁ、最後の”日本は負けない”という部分が意味が分からないんだけど」

自分の考えを一気に吐き出す。やはり4人はうーんと唸るばかりであった。和哉の言った事を理解しようとしているのか、また理解した上でそれがありえるかどうか、自身の頭でシミュレーションしているのだろうか?それは和哉が知る事ができなかった。やがて俯いて難しい顔をしていた智樹が頭を上げる。

「うん…確かにそれだと辻褄が合うな。まぁ、都合よく和哉が繋げただけかもしれないけど、それにしてはそれぞれのパズルのピースがきっかりと合いすぎる。和哉の考えるように考えたほうがしっくり来るな」

智樹は自身の考えを言った。他の3人は智樹の言葉に同調するように静かに頷く者もいればそのまま唸るようにうーんとあぐねいている者もいた。

「他に目ぼしいものは無いかな?」

4人をよそに診療室を物色し始める和哉。部屋中を物色したが特に目ぼしいものが見つからなかった為に4人に和哉は言った。

「もう何も無さそうだし…出よう」

「あ、ああ…」

二つ返事のように煮えきれない答えを返す智樹。5人は思い思いの考えを頭の中に目まぐるしく渦巻かせながら診療室から廊下に出た。すりガラス状の小さいブロック大の窓が幾つも連なったようなガラス窓から光が漏れなくなっていた。外の暗さを感じて和哉は携帯電話の時計をのぞく。17時49分を差していた。山の上に建っているからだろう、暗くなる時間をいつもより早く感じる。

「もう外が暗くなってる。もう少し探検したら帰ろう」

そう言ったのは和哉だった。

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