第3話 「バリケードの向こう側 3」
男性レポーターが床を指差す。カメラが男性レポーターの指差すほうを映す。確かにそこには何かあった。女性レポーターがゴム手袋のようなものを両手にはめるとそれを拾い上げた。
『女性ものの下着ですね…』
率直に女性レポーターは言った。それは確かに女物のパンツだった。だが、それは昔からあるようには思えない。埃かぶっておらず、土もそんなについてない。最近のものではないだろうか?和哉の考えを代弁するように女性レポーターも口にする。
『あ、あれは…ちょっと遠目にしか見えませんが、ブラジャーではないでしょうか?』
『そうですね。その隣には男性用のパンツが…』
女性レポーターと男性レポーターが次々と何かを発見していく。そして…
『カ、カメラさん!コレ!』
男性レポーターが取り乱しながらしきりに床を映すように指差している。カメラが促されるままに指差すほうを映すと、そこには血が映っていた。
『血、血です!』
その血は黒ずんではおらず、赤くまだ真新しい感じだった。
『まだ新しい感じがしますね…』
率直な意見を言い、その血に触れてみる。が、既に固まっているようであった。
『ここが病院だった時のものではありませんね…』
そのようなやり取りが画面の中で続いていく。無論、VTRの為スタジオとのつながりのある会話は無い。一通りVTRを流した後、再びスタジオに戻った。
『どうですかね?』
スタジオでは先程と同じように持論なのか台本通りの台詞なのか芸能人達が何かを喋っている。
「血…か…」
何故、廃墟になった場所に血があるのかというのが引っかかる。あそこで何があったのか…?血が流れるような場所なのか?もし、血が流れるような場所なら美代子の予感どおりに三須裏は事件に巻き込まれ死んでしまっている可能性がある。事故という線は考えにくい。テレビの映像を見る限り鉄骨がむき出しになっていたり、ガラスの破片が散らばっているわけでもなかったところを見ると、あそこは病院として機能していた時のままのようだ。どうあっても事故になる確率は少なかった。転落…という線も考えた。しかし、窓もしっかりと整備してあった。自分で窓を開け飛び降りない限り、転落は難しい。ならば、【バリケードの向こう側】には何か”居る”のという事だろうか?殺人鬼…?幽霊?何を考えているんだと自分の頭を横にぶんぶんと振る和哉。その時、ガチャガチャと玄関のドアがなり始めた。
誰かが鍵を開けているようだ。
「ただいまー」
という声が玄関から響いてくる。和哉の母だった。両手にはスーパーの袋を持っている。
「また、出来合いかよ!」
袋から総菜を出しているのが見え、和哉が声をあげる。
「仕方ないでしょ!もう、夜遅いんだから!」
母の発言を受け、ふと時計に目をやると7時57分になっていた。1時間、ずっとテレビに食いついていたのだ。
「もう…こんな時間か…」
「そうよ!もういい歳してテレビなんか…」
惣菜の袋を開けながらガミガミと言っている。母のそんな態度はいつもの事だった。そんな母の言葉を無視し、テレビに視線を戻す。
『先程の血…』
と有名司会者は続けている。その後、番組は1時間ほど他愛も無い会話をスタジオで延々と続け終了した。そうして、9時からは通常のバラエティ番組が始まった為、テレビをつけっぱなしにし、自分の部屋へと戻った。ベットに大の字になって倒れると、テレビの情報と栄一の話をまとめる。
しかし、考えているうちにいつの間にか眠っていたようで、気が付いた時には日が昇り、スズメの囀りに呼び起こされた。
「いっけねぇ!こんな時間だ!」
風呂も入っていない、夕飯も食べていないわで今日という日に対して何の準備もしていなかった。時計に目をやると7時だった。ベットから飛び起き急ぎ風呂場へと直行する。数分の後、風呂から上がりさっぱりする。そして、母が用意したトーストに目をやり、今日の朝食の確認をする。と同時に父の存在も確認をする。どうやら既に仕事に出てしまったようだ。父が読んだであろう朝刊を手に取り、大見出しに目をやる。新聞は普段からじっくりとは読まないが、テレビ欄と大見出しだけはチェックするようにしている。
そして、その大見出しに気になる事が書いてあった。
「【バリケード】に…捜査のメス…?」
それはバリケードを警察が全面的に調査するということだった。記事を読んでいくと、昨日のテレビの特番がどうやら原因らしい。それと同時にこの事を隠し視聴率を取ろうとし、事実を数日前から知っていたにもかかわらず、警察等に届け出なかったテレビ局に何らかの厳罰が与えられるとも記事にはあった。
「…警察の調査が入るのか…。三須裏も見つかるのか?」
ポツリと思ってもいない事を口にした。三須裏は見つからないと心のどこかで確信していた。何者かの存在があるとすれば、遺体は出てこない。もちろんこれらは死んでいればの話になるが、和哉は三須裏は既に死亡していることを前提とし全てを整理し始めている。冷めたトーストを少しかじると自分の部屋へ戻り、私服に着替える。時計は7時45分となっていた。和哉はいつも8時前後に家を出る。家を出るまで15分ある。テレビのニュースを眺めながら、残りのトーストをかじる。トーストを全て食べ終わるとちょうど8時ぐらいになっていた。何も入っていないバックを自分の部屋から持ち出し、母親にいってくると告げると玄関の扉を開けマンションから出て行く。通常通りの道を歩いていく。通勤途中のサラリーマンや通学途中の女学生や男子学生がすれ違っていく。学校へつくと案の定、栄一が和哉に近づき例の話をする。
「なぁ?昨日のテレビ見た?」
「ああ。見たよ」
うんざり気味に言葉を返した。いつもの事だ。
「血がついてたんだよな?もしかして…」
「?」
「もしかしてあれは三須裏の血じゃないのかって…」
和哉は呆れてため息をつく。
「あのなぁ、あれはVTRだから撮ったのはずっと前だぞ?2日前の血なんてあるわけねぇよ」
そっけなく一般論を栄一に告げる。これぐらい言わなければ栄一は分からないのだ。
「そうかな~?じゃあさ、三須裏以外にもあそこで何かあったって事だよな?」
「三須裏自身に何かがあったとはまだ断言できないが、昨日のTVを見る限りでは【バリケードの向こう側】で既に何かがあったのは事実だ。」
「殺人…?」
「…どうかな?ただあそこで遊んでいた奴が怪我をしただけかもしれない…」
そう和哉自身は言ったが、内心そうではなかった。栄一の殺人という言葉に心は過敏に反応していた。心の隅ではそう思っている自分自身が居るのだろう。
「和哉?どうしたんだ?」
栄一が心配そうに顔を覗き込んでくる。和哉は数十秒の間、心ここにあらずというようにボーっと一点の見つめていたようだ。そこに急にボーっとし始めた友人を気遣い栄一は声をかけたのだ。ふと時計を見るともう一時限目の授業が始まろうとしていた。
「もう、こんな時間だ…」
和哉は心をそこにもどさないままポツリと呟いた。その声に栄一も教室の時計に眼をやる。確かに一時限目が始まる前だった。
そうして、今日の授業が終了した。今日、授業で得たものは何も無かった。今日一日中「殺人」というキーワードに頭は苛まされていた。何を言われても今日は耳に言葉が入ってこなかったのだ。今もそうだ。
「ねぇ!?聞いてるの!?」
「え?…あぁうん」
美佳と帰る途中、話を聞いていない事を咎められる和哉。慌てて、機嫌を損ねないように聞いていたと嘘をつく。だが、それもすぐに見破られる。
「嘘!また、バリケードの事考えていたんでしょう!?」
ズバリだった。取り繕う言葉も無くただただ天を仰ぐ。今日も晴天の空は和哉に何も語りかけてはこない。そんな空は西から体を紅く染め始めていた。
「…」
「ねぇ!和哉!?」
「…ああ。聞いてるよ。ちゃんと」
きっぱりと言い切った。空を仰ぎながら歩き続ける和哉に美佳は呆れる。
「そんなに気になるの?」
「ああ」
何がそんなに気になるのか、和哉はずっと空を見上げ続ける。カラスがカーと鳴きながら数匹で群れを成し北の空を目指す。
「殺人…か」
「え?」
「いや、なんでもない」
そう言うと、和哉は顔を正面に向けスタスタと歩き始めた。そんな和哉のスピードについていくように小走りでついていく美佳。あっという間にいつも別れるT字路にたどり着く。
和哉は、じゃあと左手を少し上げ、一言だけ美佳に告げる。そのそっけなさが美佳の怒りに触れる。しかし、その怒りもすぐに収まる。自身の感情があまりにバカバカしく感じられたからだ。何をこの程度でイラついているのだろうか?とすぐに我に返ると、和哉の後姿を見届けた後、美佳は家路につくのだった。
和哉は玄関のドアを開ける。相変わらず両親はいなかった為、自分で鍵を開け肩にかけたバッグを手に持ち、自分の部屋のベットをめがけて投げ飛ばし、リビングへ直行する。テレビのリモコンの電源のボタンを押す。この時間帯のテレビ番組はどのチャンネルも夕方のニュースばかりだった。つまらないと寝そべった状態で頬杖をつき、リモコンを操作し次々と番組を変えていく中、一つのニュース番組に興味を引かれる。
『【バリケードの向こう側】の警察の捜査なんですが…』
今日、朝刊で読んだニュースだ。生中継の映像が出ている。画面の向こう側はすっかり暗く染まり、テレビ局のライトによって辺りが照らし出されている状態になっていた。地元のテレビ局なのか、数台のカメラと数人のキャスターがマイクを片手に何かをリポートしているのが映し出されている。その奥には警察の監察官が幾人も歩き回っている。ただの廃墟…心霊スポットにあたる場所が今は事件の現場として扱われている。テレビのVTRで初めてお茶の間に提供された【バリケードの向こう側】の映像は国民が期待していたものとは若干違ったようだ。
『ただいま、警察の監察官の方々が…』
生中継の映像は続いている。捜査の状況ばかりを映すだけで、その後何も目新しい情報は何も得る事ができなかった。
「やっぱり明日にならないとダメだな…」
明日になれば警察の何らかの会見が開かれるだろうと簡単な考えでテレビの電源を消した。
そして、自分の部屋へ行きゲーム本体の電源を入れ、途中までプレイしたロールプレイングゲームのセーブデータをロードし、続きをプレイし始める。そうして、夜が更けていくのだった。
水曜日…。朝のテレビのニュースは様相を呈していた。朝起きてリビングのテレビに目を向けるとまたバリケードの話が出ていた。テレビには記者会見のシーンが映っている。カメラの先にいるのは案の定、警察だ。
『昨日から行っておりましたXXX病院跡地の監査ですが…』
記者会見の映像はVTRで生中継などではなかった。
「また、この映像?」
と母が愚痴るぐらいなのだから、さっきからうんざりするほど同じ番組内で同一のVTRを流しているのだろう。そんな母の感情とは裏腹にVTRは進む。
『監察官数名が、病院内部から帰ってこず…』
病院内部から帰ってこない?どういうことなのだろうか?和哉の考えと同様の質問を記者が投げかける。
『ええ。一旦操作を打ち切った後、監察官を招集したところ、数名、帰って来ませんでした…。それで、今度はその監察官たちを…』
歯切れの悪い回答だったが、監察官が数名いなくなり探したのだが見つからない、という内容の記者会見だった。また、調査の方は昨日の特番で発見された血以外に別のDNA情報をもつ血が数滴見つかったという事も同時に発表された。
『また、監察官の血などはまだ見つかっていないそうで…』
いつの間にか、会見VTRからスタジオの映像に切り替わり、メインキャスターの女性が原稿を読む声が聞こえる。警察の捜査が入り全てが明かされるかと思いきや、ますます謎が増える。消えた三須裏や警察官…。次々と見つかる複数の人間の血痕。これが意味するものとは?和哉の頭の中はここ数日で完全にバリケードの向こう側に洗脳されている。
「いったい…何が起こっているんだ…?【バリケードの向こう側】で…」
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