第2話 「バリケードの向こう側 2」
「こっちだよ!」
美佳が声をあげる。客はこちらのテーブルに近づき、どちらに座ったらいいのか?という視線を二人になげる。
「こっちに座りなよ!」
バンバンと自分が座っているソファを左手で叩きながら、美佳が言った。
「ええ」
勧められるままに席に着く。彼女が行方不明者から最後に連絡をもらった美代子という女性だ。和哉が一人、美佳と美代子が二人で相対する形で座った。
「この娘が美代子よ。こっちは私の彼氏の和哉」
美佳に紹介されて互いにペコリと軽い会釈をする。そのタイミングで二人が頼んでいたアイスコーヒーとオレンジジュースがテーブルに配膳された。ウェイトレスがちょうど来たと、美佳が美代子に伝える。ウェイトレスはその会話の流れを読んでか、その場にとどまった。
「美代子、何か頼むの?」
「私はいいよ」
と美佳に言った後、美代子は自分の口から「いいです」、とウェイトレスに告げる。ウェイトレスは軽く頭を下げ、厨房の方へ消えていった。
「それで…私に聞きたい事があるんですよね?」
おずおずと美代子は口を開いた。
「そうなんだ。君は、三須裏 舞がいなくなる直前にNINEをもらったんだよね?」
いなくなる…というのは現段階では適切ではないのだが、あえていなくなったと和哉は表現した。
「ええ…」
「何か変な所はなかったの?」
「いえ、メッセージの内容もいたって普通で、写真もみんな楽しそうに映ってました。…」
「みんな…?ああ、彼氏とかも居たって言ってたっけ?」
和哉はアイスコーヒーに砂糖と、ガムシロップを入れながら言った。そして、ストローでそれらをかき混ぜながら、ちらりと美代子の視線に合わせると彼女はコクリと頷いた。
それを確認するとストローを通してアイスコーヒーを飲んだ。
「それから?」
俯き顔の彼女に話の先を催促する。美佳は相変わらずつまらなさそうだ。
「え、ええ…。そのNINEの流れで【バリケードの向こう側】へ行くってきて…。」
「それが最後?」
「ええ…。それが最後のNINEでした」
「そうか…」
「ごめんなさい、何の力にもなれなくて…」
「いや、いいんだ。大学とかでの態度も普通だったんだよね?」
「ええ」
和哉は手持ち無沙汰になっているのか、アイスコーヒーのストローをクルクルと回し続けている。空気が張り詰める。そんな空気が気に入らなかったのか、つまらなそうにしていた美佳が口を開いた。
「もぉー、和哉いいでしょ?美代子も用事あるんだよ?」
「ん、ああ…」
「すみません、お力になれず…」
申し訳なさそうに美代子が頭を下げる。
「いや、そんな事はないよ」
右手を左右に振り美代子の言った言葉を訂正する。
「どういうことよ?」
「三須裏は普通にしていた…という事は、彼女は失踪する気も死ぬ気…自殺する気も無かった…。だからそういう線は無くなる…という事じゃないか?」
「…そうだと思います」
和哉は得意げに自身の推理を公表すると、美代子はそれを肯定してきた。
「私も、自分自身の意思で行方不明になってるわけではないと思っています」
「…それって彼女以外の誰かの意思によって行方知れずになった。つまり、事件に巻き込まれちゃった…ってこと?」
美代子は、今自身が不安に感じている事を口にした。それに付け加えるように美佳が喋る。
「ええ…。彼女はそんな事はしないと…思います…。きっと…」
そこまで喋って彼女は言葉を切った。きっと、の後の台詞は誰もが予測できる。誰かに殺されたか、事故にあったかのどちらかだ。美佳もその先の言葉を感じ取ったのか、それ以上は口を噤んでしまった。ただ、それは美代子自身が感じている不安であって、事実ではない。事故か、殺人か、はたまた、失踪か、ただの家出か…。今はその答えは出せない。ただ、答えはあの【バリケードの向こう側】にある、それだけは確かだった。
「あーあ…。そんなにたいした話聞けなかったな…」
美代子とサンライズの前の歩道で分かれ、美佳と並んで歩きながらポツリと和哉は口にした。さっきはそれなりの情報が得られると思って好奇心がざわついていたが、今はそれも落ち着きを取り戻し、平和な日常の帰宅の景色に戻っていた。
「それはそうよ。美代子にも無理を言って…!!」
意味も無く美代子を呼び出した事、なにより他の女と話した事が気に食わなかったのか、むくれた顔で言った。
「んなこと言うなよ…彼女の不安も聞いてやれたろ?」
「それはそうだけど…」
もっともらしい理由をつける事で美佳の怒りを抑える。それが効果的かどうかは不明な点があるが。
「……」
そうして、いつものT字路でいつものように美佳と別れT字路から数分ほど歩いたところにあるマンションに和哉は入っていった。和哉は都内のマンションに家族3人で住んでいる。家のドアに鍵を差し込み回す。家のドアを空けるが、誰も居ない。母も父も共に働いている為だ。時計は午後6時43分を指していた。ふぅっと一息つくとリビングのソファに腰を下ろした。空では日が完全に落ち、月が輝き始めている。
「本当に何も無いのか…?」
天を仰ぎ自分の気持ちを口に出す。テレビをつけてみても行方不明のニュースなんてものは報道されていない。ボーっと考え事をしているとテレビの時刻が午後7時を示し、ゴールデン番組を放映され始めている。つまらないとリモコンを使いチャンネルを変えていると、ふと目に付くチャンネルがあった。
「【バリケードの向こう側】…緊急リサーチ…?」
その番組のテロップにはそう書いてあった。世間ではバリケードの向こう側の考察で賑わっているのだからこのような特番が組まれても何も不思議ではない。ただタイミングが良すぎる気がしなくもないが…。興味を引かれそのままソファに横になりテレビに食い入る。テレビではスタジオで有名な司会者と今人気のタレントが数人座り、台本通りの言葉なのか持論なのか分からないが喋っている。
『実際に、【バリケードの向こう側】の撮影に成功しましたので…』
司会者がそういうとVTRが流れ始めた。週刊誌などで見慣れた風景の前、例のバリケードの前に男性レポーターと女性レポーターが二人で立っていた。
『えー、こちら【バリケード】の前です。時間は午後11時になろうとしています…』
照明器具のおかげか森はとても明るく映し出されていた。ある程度【バリケード】の概要を説明するとバリケードを踏み越えとうとう向こう側へと足を踏み入れたのだ。
『テレビ至上初!【バリケードの向こう側】を我々のカメラがついにとらえようとしています!』
この番組によって、自分の欲求が満たされるのか?と和哉は興奮していた。そうしてテレビ上では噂の廃病院の影が徐々に映し出されてきた。週刊誌等で写真は見ているが、実際に動いている映像で病院を確認するのは和哉自身初めてだった。
『見えてきました!これが世間で噂になっている【バリケードの向こう側】の世界…例の廃病院です!』
掌を上にし、指先を廃病院へ向ける女性レポーター。
『禍々しい感じがします…。怖いですね…入るのは』
テレビの向こうでは率直な感想を言っている。そんな感想とは裏腹に遠慮することなく、ずかずかと病院へ入っていく2人。男性レポーターが先頭になり、玄関へ到達する。病院は小さくは無い。山の中という大きな敷地を使っている為、広さに制限がない。広さ限界まで病棟を建てている為、都内の大学病院よりすこし大きい感じが見受けられる、と男性レポーターが鼻にかかったような声で伝えている。今まで写真でしか見た事がなかった為、比較対象がなかったが、映像になって人間が実際に玄関に立つとこの病院がどれだけ大きいかというのはテレビの前でも一目瞭然だった。廃病院になった当初のままの玄関が2人を迎え入れる。壁はきれいなままで、下駄箱にも数足のスリッパが当時のままで残されていようだ。
『何だか、随分綺麗ですね…。今も使用している病院といった印象を受けます…。もう少し奥へ行って見ましょう…』
長い一本廊下をゆっくりとした歩調で歩くレポーター達。不気味という以外は特におかしなことはない。【バリケードの向こう側】とは、この程度のものだったのか?和哉は自分自身が心の底から魅かれたものにだけにその裏切られたと落胆した。
『?何かありますよ?』
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