第1話 「バリケードの向こう側 1」
それは、2016年の夏に起こった。世間では時期が夏だからか例の不可侵の廃病院の話題でいっぱいで大学中でもそれは同じだった。
「聞いたか?」「ああ、【バリケード】か?」などと廊下を歩く学生達の話はどれもこれもこのような形だ。朝の清々しい空気が一気に陰鬱になる。ただでさえ、面倒な授業に出なければならないというのに、大学に着いてから耳に入る話題がこれとは気が滅入る。そのうえ斉藤 和哉は友人である男、田中 栄一からいつも【バリケード】の話を聞かされていた。毎日毎日同じ話題で少々うんざり気味だったが、その日の話題はどこか違った。和哉自身は心霊の類や都市伝説話の話は嫌いではなかったがこうも同じ話題で食いつかれると少々うんざりする。一方、栄一はそういう類の話が大好きだった。随分昔に一度だけ栄一の持ってきた、その手の話に食いついてしまったがためにその後は度々話を持ってこられるようになってしまった。最近は、このバリケードの話で持ちきりだった。
教室に入り、いつものお気に入りの席へ座ると、いの一番に栄一が飛んできた。
「おい!斉藤!」
「何だよ?また、【バリケード】か?」
「そうなんだよ!!今度は実際に事件が起きたらしいんだ!」
「実際に事件?」
実際に事件というのはどういう事なのだろうか?
「うちの大学の2年に三須裏 舞っていたんだが、先週の土曜日から行方不明らしいんだ」
「?それが【バリケード】とどういう意味が?」
「それがよ、土曜日にその三須裏から友達宛にNINEがあったらしいんだ。その内容が、今から【バリケードの向こう側】に行くからっつって、写真も送らて来たらしいぜ」
「【バリケードの向こう側】に…?」
「彼氏とその友達と行くからって…聞いたところによるとその写真に写ってたメンバーが皆、行方不明らしい」
「そうなのか…」
「な?実際の事件だろ?」
「警察に届けてるんだろ?」
「うーん、どうだろうな。この行方不明になった奴らって、ちょくちょく遊び歩いて音信不通っつーことが多々あったらしいんだよ。だからよ、そいつらの親もいなくなってまだ2日しか経ってねーから、家出かなんかだと考えてんだろ」
「じゃあ、ただ遊び惚けてるだけだろ?」
「お前なぁ…」
三須裏という女子大生が遊び人だということは大学内では有名らしく、結構な頻度で行方不明騒ぎがある生徒らしい。ただ今回は、最後に【バリケードの向こう側】へ行くというメッセージを友人に残しているという点が大学の話題をさらっている要因なのだろう。絶対に踏み入れてはいけないと噂の【バリケードの向こう側】、そして、行方不明者。この二つを結ぶのは何なのだろうが?そっけなく言ったものの、普段うずく事のない好奇心が珍しく栄一の話によってかきたてられている。そうこうしているうちに次の授業の始まりのチャイムが学内に響き渡るのだった…。
授業が全て終わり帰路に着こうとしたその時、和哉の名前を呼ぶ声が響く。和哉の恋人である、近衛 美佳であった。同じ大学に通う彼女もまた、例の行方不明事件を耳にしていた。
「ねえ聞いた?うちの大学の娘、居なくなっちゃったらしいじゃん?」
大学の玄関を抜ける時に美佳が和哉に言った。大学ではサークルに精を出す者や、バイトがある為急ぎ足で大学を後にする者等、様々だった。和哉は特に大学に用事も無く、今日はバイトが休みだったのですぐにでも家に帰って寝ようと考えていたところだ。だが、そこに美佳が一緒に帰ろうと言ってきたためその計画も頓挫した。
「ああ、聞いたよ。三須裏 舞…だっけ?結構、遊び人ってことで有名らしいじゃん。知ってるか?」
「ううん。私は直接は知らないけど、美代子の友達だって…」
美代子というのは美佳の中学校からの友人だ。
「美代子は、その娘から'今から【バリケードの向こう】へ行く'っていうNINEをもらったんだって。だからすごく心配してて…」
栄一が言っていた、三須裏が’最後にメッセージのやり取りをした友人’とは美代子の事だった。ただでさえ栄一のせいで掻き立てられている好奇心が、この話を聞いて更に掻き立てられ、和哉は詳しい話を美代子に聞きたくなった。
「なぁ、美佳?」
「ん~?」
「その…美代子…ちゃん…だっけ?会えないかな?今すぐ」
「会ってどうするのよ!?しかも、今すぐだなんて!」
自分とは別の女に会いたいといきなりの和哉の申し出に少し嫉妬の色を見せる美佳。急な美佳の大きな声に、返答がしどろもどろになってしまう。
「あ、ごめん。え…、えっと、そ、その行方不明の娘とのアプリでのやりとりを聞きたいんだ」
不自然な回答になってしまったが、美佳は不振に思うことなかったようだ。
「どうしたの?和哉、こんなオカルトじみた話は好きじゃないじゃん?」
そう、取り立ててオカルト関係は好きじゃない。
「そうなんだけどさ。どうしてかこの事件のことをさ、知りたくなったんだ…」
「へぇ~。本当かしら…?。まぁ、浮気心じゃないと信じて…。ちょっと待ってて」
そういうと、右の肩に下げたバックからスマートフォンを取り出すと慣れた手つきで操作し、やがてスマホを耳にあてた。
「もしもし?美代子?今、大丈夫?」
和哉の横を歩きながら、時折、うんうんと相づちを打ちながら会話をする美佳。数分後、スマホの液晶画面にタッチし、通話を切ると和哉に言った。
「大丈夫だって。場所は勝手にサンライズにしておいたから」
サンライズは駅前にあるファミレスで、100円でドリンクバーが堪能できるためこの大学の学生もよく利用している。
「ああ。分かった。すぐに行こう」
和哉はそう言うと足早にサンライズを目指した。美佳も急ぎ足で和哉を追いかけていった。
駅前の広場の一角にサンライズはあった。駅前とあって駐車するスペースはない。時計は午後5時を指していた。そんな時間だった為、駅前は学生で賑わっていた。店内も暇を潰す学生で賑わっていた。店の自動ドアをくぐると2人に気付いたウェイトレスが近づいてきた。
「何名ですか?」
和哉と同じ年齢ぐらいであろうウェイトレスは笑顔で質問してくる。
「今は、2人なんだけど…。後で3人になる」
「えーっと、後で3名になるんですね…。おタバコは?」
19歳なのだからタバコは法律上吸えない。禁煙席へと案内してもらう事にした。
「ご注文は?」
案内された席に着くと間髪いれずにウェイトレスは注文を聞いてくる。その場を取り繕えればよかったので、和哉はアイスコーヒーを頼み、美佳はオレンジジュースを頼んだ。正直、ドリンクバーを頼んだほうが安上がりだが、あいにくサンライズのドリンクバーにはコーヒーが含まれていない。美佳のほうはもったいないパターン。
「いつ来るんだ?」
4人がけテーブルを挟むように両向かいに座り、テーブルに並べられたお冷を口にしながら和哉は言った。
「もう来ると思うよ?」
自分に聞かないでという含みも持たせたように美佳は言った。やはり、恋人である和哉が別の女と会うというのがとてもつまらなさそうだ。美佳が疑惑のまなざしを向けて聞いてきた。
「どうして急にこの話に興味を持ったのよ?」
お冷をちびりと口にして、和哉は答えた。
「栄一がさ、その話を持ってきたんだ。いつもの事だからって聞き流そうと思ったんだけど、この話を聞いた時、ピンと来てさ…」
「ふーん」
馬鹿みたいとでも言うような顔をする美佳。美佳自身オカルト染みた話が嫌いなのだ。信じていないからではない、恐怖からこの毛嫌いは来ている。
「【バリケードの向こう側】…。絶対に入ってはいけないなんて言われると入りたくならないか?」
「別に」
和哉の好奇心を打ち消すような冷めた声が返ってきた。
「今までお前がこういうオカルト話が好きじゃないからって遠慮してたんだけど…」
栄一とバリケードについて話すのはうんざりしているが、実際、和哉は【バリケードの向こう側】へ行ってみたいと心の中では思っていた。ただ、朝からこの話一辺倒なのはうんざりしているが。
「どうせ行ってみようなんて考えてるんじゃないの?」
ズバリだ。
「あれだけ世間じゃ言われてんだ、行ってみたくないなんて言う方がおかしいと思うぜ?」
本心だったが、興味を持っている自分を正当化するようなセリフになってしまった。
「別に~」
相変わらずの返事。美佳の視線は窓の外に向けられていた。その視線を辿る。その先には一人の女が。もしかしてアレが?と聴こうとした瞬間、美佳が口を開いた。
「あの娘がそうだよ」
微動だにせず口だけ動かした。
「ふーん…」
そっけない返事をするも、心の奥では興奮してるのが分かる。何故、興奮してるのかは分からない。話が聞けるからだろうか?自問自答しても何も始まらない。自動ドアが開く、一人の女性客はキョロキョロと店内を入り口で見回すとハッとこちらに気付いた。
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