82話Cold2/狙われた皇女
王城、3階廊下。
アンナとエミリアが寝ている部屋に向け、十数人の憲兵が近づいていた。
一様にフルプレートアーマーを着込み重々しい足取りであった。
しかし、曲がり角を曲がり憲兵達の目的の部屋の眼前に捉えるも、1人の青年が立ちはだかるようにして佇んでいた。
「なるほど。確かにこれは私が適任ですね」
憲兵達は立ち止まり、隊長格が口を開く。
「貴様。そこをどけ。邪魔だ」
「残念ながら、その提案は却下させてもらいます。何分此方も上からの命令なもので」
彼らは各々剣を鞘から引き抜き、身構える。
「ならば、力ずくでも通るだけだ」
「ご勝手に?」
突然憲兵の1人が倒れ、煙をあげ痙攣し始める。そして、青年の腕からは雷が
「尤も、貴方達のような無能に通れればの話ですが」
◇
俺の体は、股間が光り輝くムキムキマッチョメンの変態へと体が組代わり、ドスンッという音と共に地面に足をつける。
「お、おぉ……」
セシリーから驚きの声が上がり、ため息と共にルチアが彼女の腕を引き。
「早く移動せんと、うまくいかんですよ」
「えっ、ええ!」
2人は王城へ向かって走りだし、俺は正面に居る巨漢の七賢人と変異体2体へ向かって走り出す。
ふと、エミリアの以前とある事で怒られた事を思い出し、思わず口元が緩む。
分かってるよ。
「ルチア! セシリー頼む!」
叫び、方向転換すると、飛びかろうとしている2体の変異体にターゲットを変える。
まずはあの2体から。
一手目に走り出したのはわざと2人を浮かせるため。そして、あぁ叫んで置けば、あのまま向かうと考えるはず。がら空きになれば当然狙って来る。
エミリアからすると、視野が広かったらどうするのよ。とまた怒られそうな手だが、俺の事を気にしていない様子を見る限りでは、相手はどうやら視野が狭かったみたいだ。
「ッ! そっちに行くぞ!」
狙うと見せかけていた3人の内の誰かが叫ぶ。が、お構いなしに俺はルチアから対処が難しく飛びかかろうとしていた左側の1体に狙いを定め、助走を付け跳び上がった。
「歯ァ!」
拳を作り腕を振りかぶる。
「食いしばれ!」
突き出された拳は2人に襲いかかろうとしていた変異体の腹部にめり込み、鈍い音が奏でられた。そのまま振り抜かれ、変異体は殴り飛ばされた。
ルチアは横目でその光景をみつつ、セシリーの腕を強く引き手を離す。
彼女は前のめりに倒れそうになるも彼に担がれそして、後ろに跳躍した。
残っていたもう1体は攻撃を繰り出すも、対象を失い地面を抉っていた。
「ユニーさん、よろしくです」
「任せ」
民家の壁を蹴り、跳び蹴りの格好しつつ俺は急落下する。
「ろッ!!!」
逃げようとするも、既に遅く落下の勢いがついた飛び蹴りが変異体の土手っ腹に命中。後ろに倒れ込み砂煙を巻き上げた。
「もう2人もやられただと!?」
と、呟き煙の横を通り抜けようとするが、投擲されたナイフが足元に突き立ち、怯み足を止めてしまった。
次の瞬間、煙から筋骨隆々の腕が飛び出し変異体の頭を掴む。
「いいや、3人だ」
力任せに地面へと叩きつけ、手を離し思いっきり踏みつけた。
変異体が黒い靄に包まれ1人の男性の体が出てくるのを確認すると、セシリーを抱えたまま逃げているルチアの元へと駆け寄っていく。
「うまく行ったな」
後方に目をやり、残り1体の変異体が追ってきているのは確認出来るが七賢人の姿が見えない。
隠れられたか。時間稼がれると面倒だけど、それならそれで距離を稼げるから別にいいか。
「ですね。最初はびっくりしましたけどうまく合わせられて良かったです」
「視野が広くて助かる。降ろさないのか?」
「此方のが速いんで」
運動音痴なのか、運動不足故か。
「それより、館の時より弱いですねッ!!」
振り向き、1本のナイフを投擲する。変異体の脳天に向かって飛んでいったが、異形の腕で払いのけられてしう。
「だな。もう少し手こずるかと思ってたが」
俺は足を止め、路地から迫る1つの反応に対し身構えると突進してきた男と組み合う。
「……前言撤回」
振り払おうと試みるも、力が異様に強く叶わない。それどころか力負けしていた。
「ぬぅ! ぢから、づよい!」
「それは俺の台詞だっつの!」
俺は横目で、組み合っている後ろを走り抜けていく変異体を確認する。
不味い、このまま見送ると対処のしようがねぇ。が、振り払うのも。
男の力に押され後ろに体勢が傾き。
いや、状態は?
「あど、すこじぃ!」
自らも後ろに倒れ、あたかも力負けしたように見せかける。
そして、右足を男の腹部に滑り込ませた。
「あ"!?」
「よっと」
そのまま、倒れ込んだと同時に足を蹴り上げた。
男は投げ飛ばされてしまい、地面に叩きつけられる。
「猪突猛進で助かった」
俺は急いで立ち上がると、変異体を追い始める。
奴は受け身を取らず、守りに入っていた。トドメを刺すには時間がかかるし、優先順位は低い。
「離れんといてくださいね」
後方の状況を確認しつつ、人気が少ない路地を走るルチアは彼女に告げる。
程なくして彼は足を止めると、セシリーを下ろし身構えた。
「ふら~っと、今何処かへ行かれると困るんで」
「わ、分かりましたわ」
投げナイフを2本取り出し、投げ飛ばすと同時に踏み出した。
変異体の行動を注視し、ナイフを弾いた瞬間を狙って変異体の足元まで滑り込み懐へと飛び込んだ。
これにより一瞬ルチアの姿を見失い対処への行動が一手遅れる事となる。
足を引っ掛け前のめりに転ばせると、右手で地面に手を着き左手でスカートを押さえ回し蹴りのようにして変異体の顔めがけて蹴り上げる。
すると今度は、身体が後ろへと傾き何者かに頭を掴まれていた。
「なっ━━」
「おらよっと!」
直後、変異体は地面に叩きつけられ間髪入れずに振り下ろされた拳が、奴の腹部を襲い黒い靄に包まれる。
「サンキュッ」
俺は彼に手を差し出だす。
「いえ、此方こそ」
握り返され、彼の身体を引き上げた。
「わっ!? 力強いですね」
「見た目通りってな。さて、残るは1人」
「あの変態さんが居れば、倒してもいいと思うんですけど変じゃありませんか?」
「何が?」
「
そう言われ、俺は周囲を今一度見渡す。
すると不気味なほど静かであり、人っ子一人見つけることが出来なかった。
罠。いや、店を出る前に騒がしかったって事は準備を整えた。伏兵が居てもおかしくないか。
「こいつはヤバそうだ。大人しく撤退しよう」
「ですよね。了解です」
2人は身を翻し走り始めた。
「……もう、おぞい!」
「え、倒しませんの!?」
ルチアは民家の影に隠れていたセシリーの腕を引き、再び撤退を開始する。
「時間稼ぎされると完全に術中です。下手すると」
「既に
最初、わざと変異体として現れ人気がない状態に違和感を持ちにくい状況を作り出す。
そして、最初に戦ったあいつらは言わば捨て駒であり、俺の変体を浪費させついでに時間稼ぎをさせるためのもの。
詳しい事情は話してもらえなかったが、ビランチャに収監しているアバスという七賢人から少しだけ情報は得られていた。それによると七賢人は俺達の能力をある程度知っているらしい。
変体しないって言う手を取れば先にピンチになるのは俺達。先に変体すれば後々に危なくなるって分けか。
「その状態時間制限があるんですよね? 後どれくらいです?」
「まだ1分は持つはずだ。けど、下手すると俺も魔力暴走の影響があるから短いかもしれん」
「なるほど。憲兵に頼る線もなしとなると変態がこの場に居ない事が響いてきますね」
「頼れないのか?」
「ええ。恐らくこの周囲の憲兵は粗方掃除されてるでしょうし」
すると、ポンッと言う音と共に煙が発生し俺の体は元の小さい獣の姿へと変わる。
やっぱり影響があったか。まずいな。
「敵である可能性もありますから」
タイミングを見計らったようにして、周囲から複数の変異体が姿を現す。うち何体かが逃げ道を塞ぐように立ちはだかり俺達は足を止める他なかった。
「ハハッ、うまくいった」
1人の鼠の耳と尻尾を持つ小柄のハーフウルフの男が現れ、静かに笑う。
「チェックメイトだぞ。セシリー様?」
腕には黒い球体が付いた腕輪が確認出来、奴らを統率している素振りが見られる。
七賢人が2人目……!?
「対抗手段。なんてありますか」
ルチアに問いかけられ。
「ない。事も、ない」
歯切れの悪い返答をしていた。
だが、本当にやっても良いものか。迷っていた。本当に魔法少女にしても。
「き、きゃー!」
少女の声が聞こえ、目線を向けると1人の少女が尻もちをついて叫んでいた。
最初の騒動の時から逃げ遅れたのか!?
「いかが致しましょう」
「邪魔。始末していいぞっと。揺さぶりにもなる」
ハーフウルフの男から指示が出され一体の変異体が少女に近づき、鋭利な爪がむき出しになる。
俺はその光景を見て歯切りをする。
くそ……。
「あー、もう!」
俺は飛び出し、少女と変異体の間に割って入る。
「プロテクト!」
突き出された腕は俺の張った防壁に阻まれ、少女を突き刺す事は叶わなかった。だが。
「愚策だぞっと」
知ってるよ。
今度はルチア達に変異体が襲いかかろうとしていた。
けど、見捨てる分けにもいかねぇだろ!
「この、お人好しが」
突然何者かが現れ、変異体のうち1体を蹴り飛ばし、ルチア達の前に立つとマッチを取り出しタバコに火をつける。
「……変態さん、何処行ってたんですか」
「あん? 面倒臭そうだから隠れてた」
「仕事放棄とは関心しませんね。一度死んでみてはどうですか」
「馬鹿は死んでも治らねぇって言うだろタコ助。それに助けてやったんだ。礼の一つでも」
スピカに向かって1体の変異体が飛びかかるも、軽くあしらわれ殴り飛ばされてしまっていた。
「欲しいもんだと思うんだがな? そうだろ"お嬢ちゃん"」
格好つけるようにして、タバコを吹かした。
「はぁ。別にその人達に偽る必要はありませんよ」
「あらま。柄にもなく空気読んだらコレだ。面倒くさい事はするもんじゃねぇな。おい、ユニー!」
俺は変異体を押しのけ、防壁を消し少女を守るように浮遊し周囲の状況を再確認している所であった。
「なんだ!?」
「この状況をなんとかしてやる。だから、"見逃せ"や」
見逃せ? 何を言っているんだ。こいつは。
「なんとかする? 強いみたいだけど、この状況でよく吠えれものだぞっと」
ハーフウルフの七賢人が高笑いすると、睨みつけスピカがこう返す。
「てめぇには聞いてねぇんだよ。糞チビ。すっこんでろ」
と、一蹴され不機嫌そうに舌打ちをすると、衝撃波を生み出しスピカに向けて撃ち放つ。
だがこの攻撃も軽くあしらい余裕という態度を崩す素振りが見えなかった。
「早くしろ。手遅れになってもおりゃぁ知らねぇからな」
何を見逃せばいいのかは分からない。セシリーではなくなぜ俺に問いかけたのかも分からない。
けれど、彼はこの状況を打破出来るのだとしたら。
「分かった。見逃すからセシリーを守ってくれ!」
乗る以外の選択肢はない。
彼は不敵に笑い。
「成立だ。"契約の獣"、後は任せな。だから、約束はちゃんと守れよ」
そう言い放つとタバコをその場に捨て、深呼吸をする。
「エヴォルト」
スピカの身体は黒い靄に包まれ、次の瞬間弾け飛び一陣の突風が吹き抜ける。彼の体は足が虎の代物に尻尾は蛇、腹部から腕にかけ悪魔や魔物と言ったような異形の形状に、顔は狼の物に変わっていた。そして、背中には埋め込まれたように、女性が浮かび上がっていたのだ。
「このタイミングで野良のフェーズ4だと!?」
「スピカ、お前!?」
敵味方問わず動揺が走るも、彼は何食わぬ顔でこう言い放つ。
「面倒くせぇからさっさと掛かってこいよ。ただし、死ぬ気でなァ」
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