83話Cold2/解決への糸口
「……あん? さっきまでの威勢はどうした。こねぇなら此方から」
周囲の変異体はたじろみ動きが完全に止まっていた。
スピカはその隙を突き、一番近い1体の懐へと飛び込む。
「行っちまうぞ」
反応する間もなく、腹部を切り裂き蛇の尻尾で自重を支え、首筋を目掛けて放たれた蹴りがまるで刃物のように駆け抜け難なく首を切り落としていた。
「そいつは無視だぞっと! 殺害目標に集中!」
七賢人の腕に風が纏わりつき、それを視界に捉えたルチアはセシリーを抱えてその場から移動し始める。直後、二人が居た場所に何かが着弾し地面が少しばかり抉れていた。
スピカを揺さぶって振り回す気か!
俺は背後で震え上がっている少女に目線を向ける。
けど、この場を離れる分けには。
「面倒くせぇなぁ。……おい、妹。てめぇも手伝え」
彼は俺達の方に目線を向け、そう言い放つがすぐに舌打ちをする。
「って、手伝うわきゃねーよな」
ルチア達の元に跳び、尻尾である蛇が伸び始めていた。
「ッ、逃げ道が」
複数の変異体から交互に攻撃が繰り出され、セシリーを抱えていたルチアはなんとか避けてはいたものの、逃げ道が次第に狭められていたのだ。
最終的に彼が逃げた先に変異体が先回りする事となっていた。避け切る事は不可能。という判断の元、セシリーを投げ捨てるようにして降ろすと、最後のナイフを取り出し繰り出された攻撃を受け止めた。
「うっ、くぅ!」
だが当然、力比べとなると勝てる
「ルチアさん!」
「これで、任務かん━━」
変異体が次の攻撃をセシリーに向け放とうとした瞬間、足元から蛇が
更に2体が同時にセシリーに襲いかかるものの、スピカの飛び蹴りが1体の土手っ腹にめり込み、残り1体も蛇が瞬時に絡め取っていた。そして、新たに絡め取った個体を撃ち放たれた衝撃波の盾として扱い全ての攻撃を完全に防いで見せる。
「ポテンシャルが違い過ぎるぞっと。……もしや特異個体!? ならば不味い。撤退、撤退だぞっと!」
七賢人は身を翻し早々に撤退を開始。周囲の変異体もワンテンポ遅れて各々引き始めていた。
「お、ラッキー。引いてったな」
足元でもがく変異体を踏み潰しながら彼はそう呟き。
「おーう。小僧生きってっかー?」
振り向きルチアに目線を向け、絡め取っていた変異体を引き寄せると頭を掴み握りつぶしていた。
「だ、大丈夫ですよ。セシリー様も平気ですかー?」
「問題ありませんの~」
俺は安堵のため息を付き、振り向き少女に話しかける。
「もう大丈夫だ。早く親の所に……」
話しかけたはいいものの、今の姿を思い出し失敗したかもしれないと考えてしまう。
ビランチャでは既にほとんどの人が慣れてしまっているため、この様相を気にする場面が少なかったが今はカミーリアであり一応気にするべき事柄であった。
「うわあああ! 怖かったよぉ!」
だが、唐突に抱きつかれその心配も無用という考えに至り、次の問題に向けて思考を巡らせる。
スピカが汚れた者だったとはな。目のくまもなかったし、七賢人の言う通り[特異個体]なのか……?
◇
王城3階通路。
1人の青年が立っており、その先には複数の完全武装した兵士が煙を挙げて倒れていた。
「だから言ったのに」
ゆっくりと扉に目線を向け、こう呟く。
「不思議なものですね。打ちのめされた相手を守る事になろうとは」
「そんな事もあるもんさ。サゴンお疲れ」
1人の女性が現れる。
「シーラ様もお疲れ様です。何か進展はありましたか?」
「これっぽっちも。多分だけれどそこの兵士から情報を聞き出したとしても、今得ている情報との得られるモノはほとんどないんじゃないかな」
「同意見ですね。巣に居ると言うのに思うように動けないというのは歯がゆい」
「そうだね。さて、ボクはもう少し裏方に徹するとしよう。彼女の第三部隊が復帰するまで、奴らに自由に動かれ過ぎるからね」
◇
「っち、アイツ置いてきても良かったろーがよ」
それから特に襲われる事もなく、王城までたどり着く事に成功していた。
王城に入り、少しした所で不機嫌そうなスピカがぼやく。
「しょうがないじゃないですか。親が今何処にいるかも分からない上に、ユニーさんに懐いちゃって離さないんですから。それにほっとくのもどうかと思いますし」
「っは、これだからお人好しは嫌なんだよ」
「多分ですけど、今は変態さんの方がただの人でなしとみなされるんじゃないですか?」
「元から"人でなし"のロクでなしだ。今更ってな。……肉が焦げたような匂いがしやがる」
スピカの鼻がピクリと動き、ルチアが臨戦態勢を取る。
「安心しろ。まもってやっから」
ポンッポンッと頭を2回叩き、彼は先へと進んでいき階段を登っていく。
むぅ。とルチアは唸って彼の後をついていく。
「僕じゃなくて、セシリー様守ったらどうですか」
「この場に居ねぇ奴守ってどうすんだ」
「え?」
後ろを振り向くと居るはずのセシリーに加え、少女に抱かれていたユニーの姿も見えない。
「体力ねぇ、運動神経もねぇ、戦闘能力なんざ在るわけもねぇ。だが、気配消すのだけは一人前と来てやがる。護衛する奴はさぞ大変だろうな」
他人事のようにスピカが言い、階段を登りきって曲がり角の先を見た瞬間声を上げていた。
「おぉ、こりゃすげぇ。死んじゃいねぇみてぇだが、文字通り焦げてやがる」
眼前にはフル装備の兵士が十数人転がっていた。彼はそのうちの1人の鎧をコツコツと蹴る。
「魔法、ですね」
「だな。魔法少女共は動ける状態じゃなかった。となると、第三皇女の配下辺りか」
倒れている男たちを避けて進んでいく。
「でも、僕が知っている限りは私兵に魔法を扱える人はいませんよ?」
「新入りか協力者。配下にいねぇのに、なんで暴走に関してあぁまで知ってんだって話だろ? 帝国ならいざしらず、此方で魔法使いなんざ珍しいにも程があるからな。それに一々魔法使い呼び寄せて話聞くような奴にも見えねぇし何より面倒くせぇ」
「話、ちゃんと聞いてたんですね。意外です」
「そこかよ。如何にも聞いてねぇよ。って立ち回りしときゃ、話分かんねぇ聞いてねぇそんな奴に任せるわきゃねぇ。したら面倒くせぇ事を丸投げに出来るだろ。後は楽出来るってな。ま、体よくサボる方法の一つだ。覚えとけ」
扉の前まで来るとドアノブを捻り、中に入る。
「一応覚えときます。アンナさんにエミリアさん。大丈夫ですか」
ベッドの上で寝ている2人の元までルチアは走って駆け寄っていき話を始めていた。
スピカは部屋に置かれていた灰皿を取り、魔法少女の2人から一番遠い端の窓を開けると、懐から不格好なタバコを取り出し口に咥える。
「……露骨に態度が変わられても面倒くせぇが、気にしてませんよ。みてぇに装われるのもそれはそれで面倒くせぇな」
━━さて、"下手に情報を流せない状況下"でどう尻拭いしてやるか。あぁ、面倒くせぇ。
マッチを擦りタバコに火をつけると煙を肺に入れ、ゆっくりと息を吐き出した。
「ま、これもファミリーのためだ。面倒臭かろうがやるしかねぇよな」
◇
「もふもふ~♪」
「うぐ……」
あれから少女に異様に懐かれてしまった俺は抱きしめられ、ずっともふもふされていた。
この子はクスという名前らしく、王城に入るとルチア達とは別方向に向かうセシリーについていっていた。
言葉を発しようとはしたものの、もふもふされる仮定で口が塞がれてしまっており声を出す事が不可能であった。
スピカとも話したい事もあったのだが、致し方ない。
「さてっと、クスさん。ユニーさんを離してもらってもよろしくて?」
この子を王城に一旦連れて行くように提案したのは俺であった。親御さんが見当たらないのもそうだが、七賢人との戦闘に遭遇してしまっており、放置してしまったり他の人に任せるとこの子が返って危険だと判断したからだ。
ソレとは別に、引っかかる点も幾つかある。さり気なく探りを入れるには連れてきていた方が都合が良かった。
ブーッ。とブーイングをしつつも素直に俺を離してくれた。
「はぁ、助かった」
「ついでに申し訳ないのですが、そこのテラスで待っていてはもらえませんでしょうか?」
そう言って、セシリーはテラスを指さす。
「はぁ~い」
クスはパタパタと走っていき、見送った俺達は部屋に入っていた。
中はモノが少なく小奇麗であり1人の白衣を来た男性とバッシュとアクスが居た。
「あ、ユニーさん元気でしたー?」
「なんとか。アクスさんも元気そうで」
「あははは、疲れ果ててはいるんだけどね」
「えっと、お話……というのは?」
白衣を来た男性が口を開き、彼に目線を向けると明らかに警戒されていた。
なんか、この反応新鮮というか懐かしいというか。なんだかんだ聞いて回ってる間も警戒されたのって少なかったし。
するとセシリーから警戒しなくてよろしくってよ。とフォローが入り、彼は少しばかりではあったが警戒心を解いたように見受けられる。
俺は深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。
「聞きたい事が2点。まず1つ目にグリモアーバの成木を薬にすることって出来ますか? 飲み薬、張り薬かは問いません」
「恐らく、張り薬でしたら可能かと。
「では2つ目。量産は可能ですか?」
「まずは試作品を作り実験をして、となりますので時間を少々頂く事になるとは思いますが、可能ではあると思います」
思ったより時間は掛かりそうだな。
「へい。ちょっと待った。ユニーさん、その口ぶりだとグリモアーバ使えば治るって取れるんだけど」
「試してみないと分からないけど、俺の仮説通りなら治る、と思う」
「聞いてもいいですか?」
バッシュに催促され俺の考えを話した。
まず今回の魔力暴走で治った人から話を聞けた範囲では、グリノコを食べたもしくはグリモアーバの討伐に参加していた人ばかり。
人数が少ないためたまたまだと片付ける事もできるが、以前グリモアーバの討伐した際魔法が通りにくく耐性があるようであった。
これがもし魔法ではなく、魔力にも作用するものであったら。
「暴走を抑える作用がある可能性がある。のか」
「単に、外部からの魔法耐性が上がって暴走する外的要因が遮断される。って線もあるけど、この辺りは分からん」
「まぁ実際わたくしは治っておりますし他にアテもありませんし、やってみる価値は在るかと思いますわ。アクス、動ける人員に通達をお願い致しますわ」
「内容は翌朝にグリモアーバの討伐ですね」
彼は答え、背伸びをしながら立ち上がる。
「ええ、よろしく頼みますわ」
「では私は資料を探して来ます」
「バッシュ」
「分かってます。手伝うよ。いや、手伝いますよ」
彼らが部屋から出ていくのを見送り、部屋には俺とセシリーの2人だけとなった。
「最初は無駄に被害が増えただけだと思いましたけれど、お呼びして良かったですわ」
「まだ俺の案で治るかどうか決まった分けじゃないけどな。さて話も終わったし2人の所に……」
「っと、その前にスピカさんの処遇はどうするおつもりで?」
「え? どうするもこうするも、見逃すって約束しちまったからな。破る気はない。敵とも思えないし」
アンナから聞いた蟹の変異体の話がなければ、また対応は変わってたかもしれない。
「とはいえ、フェーズ5になっちまったらどうしようもなくなるか」
そうなる前に浄化をする必要があるが、スピカの村にあの力が必要なのであれば不用意に浄化するのも返って悪手な気もしていた。
「その辺りはよく存じ上げませんけれど、浄化を急がなくてもよろしいと?」
「できればした方がいい。んだろうけど、なんか事情抱えてそうな気がするから此処は敢えて泳がせておくのはアリかなと」
「なるほど。では、1つ提案を致しましょう。この騒動が沈静化しスピカさんを村に戻す祭、手のものを回して彼の周辺調査を致して差し上げますわ」
判断材料が増える事は願ったり叶ったりだ。が、彼女の要求が怖い。
「ついでに、貴方方が追っている者達についても。対価は、そうですわね。文で申し上げた一時的に傘下に入ってもらえればそれで」
その事も知っているのか。ルチア経由かはたまた別途か。
「……俺の選択肢を狭める気か」
「どう思われようと勝手ですけれど、あくまでただの提案であり選択権はユニーさん。貴方にありますわ」
よく言う。と思うと同時に何処かきな臭さを感じていた。
「1ついいか」
「どうぞ?」
「何が目的だ?」
「ルチアさんから聞いておりません?」
ジェームズの家でルチアが話した内容を思い出す。
「王の失脚を狙ってるんだろ。俺が聞きたいのはそこじゃない。なんでわざわざ俺達なんだって事だよ」
「と、申しますと?」
「速い話、戦力が欲しいならプトレマイオスを始めとして、クラスペインの冒険者や傭兵を抱き込めばいいだけだ。が、そんな事をせずにわざわざ俺達に接触を図ってきた。確かに俺の体は珍しいだろうし、傍から見れば魔法使いが2人。とても魅力的なのは分かる。要は別の所に欲してるモノがあるんじゃないかと思ってな」
「その点は戦闘を見て決めたのですけれど」
「そこだよ。セシリー、お前は俺達の戦闘した現場には居合わせている。けど、ハンスのスリは特に戦闘はない。襲撃時は夜で視界は悪い。更に言えば物陰に隠れて俺の戦闘は見えない位置。遊園地の時もエミリアは率先して戦ってはいたが、結局の所メインの戦闘を張っていたのはアクスの所の部隊だ。戦果で言えばアンナも七賢人を捕らえてはいるが、協力者も一緒でありどちらがより貢献したかは判断し辛い。これだけも十分な判断材料になるってんなら、俺の勘違いってことになるんだけども」
「まぁ正直に申し上げるのでしたら、十分ですわね。此方から提示しておいて何ですけれど、何も戦闘だけが有用性を決める分けではありませんし」
……誘導されてたか。
先に"戦闘"という前提条件を提示する事で俺の返答を限定したのだ。意図に気がついたり、もう少し頭が回れば看破出来たんだろうが、どうやら足りなかったらしい。
ずるい。という言葉が出てくるが気がつけなかったのもまた事実。
が、納得は出来ず別方向から問い詰められないかと思考を巡らせていると。
「ただ、少々遅いとはいえ勘付いた事は評価に値しますわね。そういう嗅覚は大切にした方がいいですわよ」
彼女の方から、遠回しにカミングアウトされていた。
「やっぱ、何かあるのか」
「ええまぁ。変だと思いません? 遠回しでかつ限定的な護衛を仕向け結果として選ばれた"新人"の護衛を容認するなんて。しかも腐っても王族の人間が」
「正直あの時、破天荒な奴だと思ってた」
もしくは常識ハズレ。そういう奴だと。だが、観覧車の時や今は違う。
「もう一度言う。セシリー。お前の目的はなんだ?」
「そうですわねぇ。誤魔化しても意味がありませんし、単刀直入に言いますわ。ユニーさん。魔法少女との契約権利、まだ余っていません? いえ、"余っています"よね? できればお一つ譲ってはいただけないでしょうか?」
と、言い放ったセシリーの目は何処か圧を感じ、俺をモノとして見ている。そのような瞳であった。
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