73話Zero/逃走

 俺たちは一度ギルドに向かい、馬小屋の方に行ったと言われそちらに向かってみると。


「うわっ、なんじゃこりゃ」


 馬小屋が半壊していた。

 幸いにも馬の死体は見受けられず、見た目よりかは被害は少なそうではあったが。


「これ、カヤ泣くわね」


「確かに。ま、ホドホフさんがいいの建て直すだろ。で、問題は今回は当たりで掴みかけた尻尾が離れてった分けなんだが……」


 あれから数日の間、ランクがゴールド以上の冒険者を中心に警戒を強めていた。

 怪しい人物の周辺を見張ったりもしたが、これまでは尽く空振りであった。が、しかし今回は当たりのようで3人の間に緊張が走っていた。


「じゃぁ、無理にでも掴めばいい」


 少し離れた所からジェームズの声が聞こえ、3人の視線が彼を捉える。


「何かいい案でもあんのか?」


「お? まだ怒ってると思ったが……いや、すまん。さっきカヤちゃんから報告を受けてな、先んじて街の連中動かしてんだ。相手が相手だからスリーワンセルで━━」


「手短に頼む」


「━━━確かにな。要はお前らを無理にでもぶつける。お膳立ては任せろ。って話だ」



 ビランチャに存在する、とあるボロボロの空き家の前に一つのほろ馬車が停まった。

 マフラーを巻いた少女が降り、中に足を踏み入れ。


「……臭い」


 第一声がこれであった。


「臭いってなんだよ! 臭いって!! 此処にひたすら隠れてた俺様の気持ちもだなぁ!!」


 異臭と共に厚化粧が崩れ妖怪地味た男が現れる。


「いいから、パトリック運んで。グラティスは?」


「さぁね。勝手に突っ走って帰って来なかったって事は死んだんじゃねーの?」


 パトリックは今にも抜けそうな床の下から木箱を取り出し、肩に抱えると馬車に向けて歩を進める。


「そっか。頼りにはなったんだけど、残念だな」


「はーっはっは! 俺様がいるっしょ」


「正直、あなたを引き入れたのは間違いだったと思う。素行がね」


「ひっどいなぁ。旦那との扱いの差は何? これでもゴールド相応の実力は━━」


 かかっている布をめくると1人の縛られた女性が横たわっており彼の口から、おっ。と声が漏れる。


「触ったら、冷たくするからね」


「うっ……わかってるよ」


 返事をしながら、馬車に乗り奥に木箱を置くと再びボロボロの空き家に戻ると別の木箱を担ぎ。


「で、手伝ってくれないのかっ?」


「嫌。早くやって」


「へいへい。はー、人使いが荒いリーダー様だこと」


 等々、悪態をつきながら何往復も繰り返し、10分経った頃には運び終わっていた。


「疲れたー……。にしてもよくわかったな。この場所」


「人気だから、聞けばすぐに教えてくれた。問題は」


 空き家から出ると、来た道を見据えこう続ける。


「すぐに補足されるって、事」


 その先にはローブを着てフードを深くかぶった女性が佇んでいた。


「お仲間さん。って、雰囲気じゃないな。逃げるか?」


「うん。あの子"1人なら"負ける気はしないけど、若いのと魔法少女が絡むとどうなるかわからないし、時間稼ぎはするから馬車はお願い。援護もあるから安心して」


「うっす、了解」


 彼は馬車に乗り込み、アルファはローブの女性と対峙するように歩いていく。


「久しぶり。元気にしてた?」


「昔話をするつもりはない。ただ、その積荷を渡して帰ってくれればそれでいい」


「嫌だと言ったら、どうするの」


「そりゃ勿論……」


 彼女は立ち止まり、2人に数瞬の不気味な間が訪れ。


「エヴォルト」「……エヴォルト」


 ローブの女性は全身を、アルファは両腕が黒いもやに包まれ、更に彼女はお尻の方から1本の尻尾のような靄が生成され弾けると、それぞれ変異した姿へと変わる。


「おぉう、やる気満々じゃぁねぇか。こりゃやっべぇな」


 急いで馬車を走らせ、アルファは横目でそれを確認し周囲を見渡す。

 伏兵の気配はなかったが、裏通りとはいえ人気が無さ過ぎる点がきになっていた。


「半エヴォルト体。……舐めてる?」


「一応、お忍びってことにしてるから。それよりいいの? 早くしないと行っちゃうよ」


 続けて、アルファの目が黒い靄に覆われ弾けるとアイマスクのような物が出現する。


「っち、余裕ぶって。ぺっちゃんこにして、この街の裏でこそこそしてた事を後悔させてやる」


 言い切ると、青い変異体は勢い良く前に飛び出した。


「見栄張っちゃって。逆に冷たくなっても、知らないからね」



 馬車に揺られ、遠くから何かが破壊され崩れる音が微かに聞こえる。

 重いまぶたをゆっくりと開き、掠れた視界を眺め思考を巡らせる。

 あれ? 私、なんで馬車に……。


 そうだ。ペインの人に負けて。

 体を起こそうとするも叶わず、視線を落とし足と腕が縛られ口も塞がれている事を確認する。

 手甲もご丁寧に外されているようだった。


「うおっ!? もう一体居たのかよ!?」


 前方から男性の声が聞こえ、視線を向けるも何やら積まれている木箱が邪魔に視認出来なかった。


「くそったれ!」


 進行方向の先に現れた、蟹のような変異体を目にしてパトリックは悪態をついていた。

 進路を変えようにも奴との間に存在する裏道は、馬車では到底通れないほど細い物であった。

 攻撃するにしても、甲皮をなんとかなる攻撃は持ち合わせていない。所謂詰みである。しかしこれは、"彼1人であった"場合の話である。

 

 馬車を受け止めるため足と両手を広げた時、タイミングを見計らうようにして民家の壁を破壊し水の柱が変異体を襲っていた。


「なっ!?」


 身体を押しのけられた変異体は、向かいの民家の壁を突き破って吹き飛ばされた。そして、無理矢理馬車の進路が開かれる。


「っち」


 彼は舌打ちをすると、1人の女性が馬車に飛び乗ってくる。


「はぁい。危なかったじゃないの~」


「助かったよ。腐れ糞レズビッチ」


「それ、いい加減やめてくれない? あんただって人の事言えないじゃないのよ。腐れ糞ヤリチン野郎」


 2人は同時に唾を吐き捨てた。


「はぁ~、ほんとよりによってこいつかよ。旦那んとこの誰か連れてきてもらった方が数倍マシだわ」


「そんな事言うと、道教えてあげないけど?」


「はいはい、ごめんなさいごめんなさい。糞ビッチ早く道教えやがってくれ」


 そう叫ぶと、先程過ぎた丁字路を指差し。


「じゃぁ、さっきの所曲がって」


 と、返される。


「ぶっ殺すぞ、この野郎!!!」


 返答ながらパトリックは体を傾け後方を確認すると、先程の吹き飛ばした変異体が追ってきている姿が見え顔が引きつる。


「無理だ、別の道教えろ!」


「しょうがないわね」


 彼女はあー、と低い声を発し数瞬したのちこう続ける。


「この先、十字路があるからそこを右にいって」


「右だな! 飛ばすぞ!」



 1本の立ち昇る煙を横目で確認し、ため息をつく。


「全く、エールは派手にやる」


 突き出された拳を細い腕で受け流すと、2体の身体の間に尻尾を滑り込ませ直後に振り抜く。

 青い巨体は弾き飛ばされ、民家の2階の壁に激突。破壊し砂煙を巻き上げた。


「じゃぁね。相手してる暇なくなった」


 そう言い残し、アルファは走り出した。


「待て!」


 砂煙の中から青い巨体が這い出てくるが既に距離を取られており、屋根を走り去っていく彼女の姿が瞳に映る。

 そして、速度では完全に叶わず追跡するのは困難であった。


「はぁ、後はあの子に期待するしか……」


 独り言を言っていると、背後から小さな悲鳴が聞こえ振り向くと、1人の少女が恐怖に歪んだ顔で変異体を見つめていた。

 擦り傷はあるものの、深手を負っている様子はなかった。

 近寄ろうとするも、視線を落とし現状の自身を再確認し身を翻した。


「ごめんね」


 と、言い残し変異体は飛び降りその場を後にしたのだった。


「……んー、コレは面倒」


 青い個体を撒いたはいいものの、相手をしている時に少しばかり派手に立ち回ってしまっていた。

 故に、要らぬ相手にも補足されてしまっており、複数の箇所から弓矢が飛んできていた。

 切り落としたり、避けたりする事はたやすい。それに路地を通ればほとんどの攻撃を遮る事は可能だが、コレでは意味がない。


 尻尾をしならせ1本の矢をはたき落とす。


「鋭いのが1つ……2つ!」


 今度は左腕を振るい、矢を叩き落とした。


「後は無視しても━━」


 すると、今度は複数の何かが空へと打ち上がり、破裂音が響き渡る。


「……仕方ない。数人冷たくしよう」


 走りつつ避けながら、飛んでくる矢の出処の目星を粗方付け尻尾の先をその場所へと向けた。


「まず、1つ」


 先から水の弾が射出され、家屋を貫通し標的に向かって一直線に飛んでいく。

 それから、矢を弾きながら同様に応射を行っていくと程なくして攻撃のほとんどが止んだ。


「後は……」


 尻尾で飛来する矢を弾き、同様に応射するも数秒の間を置き再び矢が飛来し尻尾で弾き落とす。


「簡単には冷たく出来ないか」


 そうこうしているうちに馬車へと追いついており、短時間での撃破が困難と判断し諦めると屋根から飛び降りる。

 帆馬車の屋根を突き破り着地すると深く息を吐いた。


「ちょ、馬車壊れるっつの!!」


「加減はしたよ。もう1体居たと思うけどどうなったの?」


「途中で諦めて、どっか行っちゃった。それより、アルファ~? この子と遊んで良いの?」


 後方からエールの声が聞こえ、視線を向けるともがくリネの身体に腰掛け舌なめずりをしていた。


「ダメ。後で開放するから」


「あれぇ? 持って帰らないの? 勿体無い色々遊べそうなのに」


「うん。今は"種"を入れるだけで十分。それより抵抗は?」


 そう言いながら、木箱をどかしてパトリックの元へと移動する。


「腐れ糞レズビッチのおかげで、なんとか敵は回避できてる」


「出れそう?」


「無理矢理突破を視野に入れるなら、門が近くにあるんだが、どうする?」


「突破しよう。エール索敵お願い」


「はぁい」


 彼女は再び低い声を出し始め、周囲の確認をし始める。


「門が近いんだよね? それにしては敵が少なくない?」


「突発的な事で、対応出来てなかったんじゃねーの」


 と、楽観的な意見が返ってくるが、アルファはとてもそうとは思えなかった。

 派手に戦闘をしていたとはいえ短時間だった。なのに、あの速さで簡易の包囲網が構築されていた。

 個の強さはさておき、練度はそこそこで先程から鳴り響く破裂音。そして、聞いた警戒しているという話。敵を避けた結果、誘い出されているそのような気がしていた。

 そして、彼女の予感は的中していた。


「うーん、ちょっとまずいかな。外に簡易の包囲網と魔力が強い子が3人。多分魔法少女の一行ね」


「他のルートは?」


「街の人とかにも呼びかけたのか知らないけど、他を突破しようとするなら結構な数相手しないといけなくなるわね」


 それを聞き、変異を解いた手を顎に当て思考を巡らせたのち、口を開く。


「……威力偵察も兼ねて正面突破。カウスにも連絡するから、連携よろしく」


「了解だぜ」「了解よぉ~」



 近づいてくる破裂音を聞き、俺は深く深呼吸をする。


「な~にいっちょ前に緊張してんのよ」


 気を紛らわせるためか、はたまた見かねてか。エミリアはからかっている時の口調で話しかけてくる。


「流石にランクペイン相手だからな。緊張ぐらいするさ」


 更に相手はただのランクペインではない。早馬からもたらされた街中での戦闘で得られた情報によると、相手は変異体との報告が来ていた。

 しかも、体の一部だけを変異させる個体との事。


「私の方が重荷ですよ~」


 今回の作戦、要となるのがアンナであった。

 馬車を使う事は予想出来ていた。ただし、用意していた妨害用の柵は満足な量が間に合わず、今回配備されていない箇所を通り意味をなしていない。市壁の門を閉める案もあり実行に移そうとしていたが、相手が変異体という事で無駄に被害だけが広がるとの判断で急遽取りやめ、アンナの魔法を出てきた所に当てる。という手段へと変わっていた。


「アンナも緊張しない。もし失敗してもユニーと一緒にフォローはちゃんとするから」


 エミリアは不安を和らげるためにそう告げる。

 ジェームズもその辺りは考えており、かき集めた人員と馬で1部隊を形成して待ち構えていた。

 すると、馬を駆け門を潜るルチアの姿が見え敵が近くまで来ている事を悟る。


「さて、そろそろかしらね。行くわよ。アンナ」


「はい!」


「変身」「変身です!」

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