72話Zero/特異個体

 彼女の意向により、ひたすら付いて来る野次馬を迷路のように入り組んでいる裏路地や塀の隙間を縫って進んで撒き、一段落した所で改めてギルドに向かう形となっていた。

 猫みたいだった。と言われ苦笑いを浮かべているとマフラーを摘み上げ口元を隠す。


「ちょっとマフラーするには早くありんせん?」


「ん、大切な人からもらったから、年中巻いてる。それに、こうしてると冷たくなくて暖かいし」


 言い終わった後、仄かに頬が赤くなる。


「なるほど、恋する乙女は辛いでありんすな」


 何かを察した彼女はそう告げ、アルファは相槌を打つ。


「もしかして、似た境遇?」


「かもありんせん。それはそうと━━」


 この街に来た目的を問おうとした時の事であった。

 呼ぶ声が聞こえ振り返ると、ガリアードとアルタの姿があった。


「ガ、ガガガガガリアードさん!? どうしてこんな所に!? 寝てないで大丈夫でありんすか!?」


「裏路地の店いこうとしたら見かけたんでな。それにちったぁ体動かさないと鈍る」


 と、彼は言うが、その割には。


「何も、荷物持ってないみたいだけど?」


 リネが感じていた疑問を、アルファが警戒するように問いかけていた。


「今から向かう所だったんだよ。って、こいつが噂の今日来てるペインの奴か?」


「そ、そうでありんす。ハンスくんは?」


「今、頑張って筋トレの残りやってる!」


 見た目ではハンスよりもアルタの方が華奢きゃしゃなのだが、その実身体能力はアルタの方が上回っているのだ。


「ほーん。お前、何しに来たんだ?」


「依頼で。この街、一々話さないといけないの? 門番にも質問されたんだけど」


 そう言った彼女は少しばかり不機嫌になっていた。


「おっと、これは失礼した。ごたついててちょっとピリピリしてるんだ。悪くは思わないでくれ」


「理解はした。早くギルドに行こう?」


 彼女に急かされ去り際、二人に別れの挨拶をするとその場を後にした。


「……なるほどな。お前の言う通り、確かに怪しい」


「頑張って追いますけどどうしましょう?」


「許可はする。が、"相方"を連れてだ。後、旗色が悪くなればすぐに引け」


「わかりました。では行ってきます」


「おう。うまくやれよ」



「あれー? いませんね?」


 俺達は何時もと変わらない大通りに来ていた。

 アンナの話によると、人集りが出来ていたそうだが、今はそのような様子は一切ない。


「あれ? 動くぬいぐるみちゃんじゃん!」


 声をかけられ振り向くと見知った顔がそこにあった。


「あー……えーっと、ステファナさん?」


「正解♪ 今日は探偵さんは一緒じゃないのー?」


「シーラなら、風が呼んでるとか言ってまた旅に出たよ」


 適当に誤魔化し、クラスペインの人が何処にいるか問いかけた。


「そっか。お礼ちゃんと言えてなかったから残念。ペインの人なら、ギルドの受付の人が何処かに連れて行ったよ」


 彼女にお礼を述べ、移動を再開する。


『この時間うろついてるって事は、今日非番のリネね』


『あの人なら、多少は大丈夫だとは思いますが、もし戦闘となった場合分は悪いでしょうね』


『戦闘は極力避けたい。というか、俺たちの思い過ごしであってほしいな。別れて捜索するか?』


『ペイン相手だし、戦力分散はあまりオススメはしないわよ』


 一服置き、こう続ける。


『まぁ、でも、場合によっちゃしないといけないからそのつもりでは居てね』


『はい』『わかってる』


「……なぁ、ステファナさん。あいつはどうしてる?」


「あいつ? あぁ、ヘウラウ? とりあえず当分の間牢屋に入る事になりそう。って話みたい。けど参考書の持ち込みの許可もらったり、近くの片腕のないハーフウルフの老人と仲良くなってるみたいで、拍子抜けするほど環境は悪くないみたいよ。ただ、問題はお母さんの方かな。当然っちゃ当然だけど、あの後すごく怒っちゃって縁を切るなんて言い出してね」


 まぁ、当然だよな。


「そうか。……ステファナさんはどう思ってるんだ?」


「あたしー? あのバカ何やってんの。って思ってる。まぁ縁切るのは行き過ぎだと思うけどね。それよりさ、ぬいぐるみの1つになる気ない?」


「それはお断りします」



「慌ててたけど、さっきのが意中の相手?」


 ギルドの近くまで来た所で唐突に問いかけられた。


「え!? まぁ、うん」


 顔を赤くし、歯切れの悪い短い返事をしていた。


「そっか。うまくいってる?」


「……仲は悪くありんせんけど、察してほしいでありんす」


「あっ……なるほど、頑張ってね」


「精進します。で、ギルドに何のようでありんすか?」


 問いかけると、え? と返されアルファは立ち止まる。


「さっきも言ったでありんしょ? 私も受付の仕事をしてるでありんすから、先に聞いておいて早く対応するんでありんす」


 リネも立ち止まり振り返りながらそう説明する。すると、彼女は安堵のため息をつき口を開いた。


「冷たい事言われるかと思った。分かった"馬車"の手配をしてほしい。運びたい人がいるの」


 先程の反応と要求に対し少しばかり引っかかりを感じるものこの場は流し、向き直し再び歩を進ませ始める。


「了解でありんす。御者は必要でありんすか?」


「要らないかな。馬車は"買い取る"形でもいい?」


「……オババさ、失礼。支部長に聞いて見ない事には分かりかねるでありんす」


 以後、会話はなくギルドに到着し中に入るとソファーに座って待ってもらいカウンターへと歩いていく。


「お姉ちゃんどうかしたでありますか?」


「仕事でありんす。念のためジェームズくんに"お客が来た"かもって言っておいて」


 カヤに耳打ちをすると、奥の部屋の扉の前まで歩いていき深呼吸をするとノックをし、返事が帰ってくるのをまったのちドアノブに手をかけ捻った。


「失礼します」


 中に入ると、休憩中の支部長が椅子に腰掛けパイプを吹かしていた。

 部屋の中は綺麗に整頓はされているものの、物や資料が多く手狭に感じられた。


「どうかしたかい?」


「ペインの人が馬車を1組買い取りたいと」


「なんだい。その事ならカヤに話を通すだけで良いじゃないか。わざわざ此処まで来るって事は他に何かあるようだね」


「はい。私に何かありましたら、アルファ。という冒険者を指名手配するように動かして貰えればと思いまして。それと思い過ごしであれば後処理の方を頼みたく思います」


 そう告げると、オーバリは鼻で笑う。


「後処理の頼み事は分かるんだがね。……指名手配と言われても、ギルドはそういう組織じゃぁないんだがね。まぁ話は通しておくさね」


「ありがとうございます」


「それより、無理はするんじゃないよ。今あんたに居なくなられたら困るからね」


「心得ております。それでは」


 一礼し、リネは部屋を後にした。

 横目でそれを確認し、肺に入れた煙を深く吐き。


「たく、無茶しますって目で言われても信用ならんさね。馬鹿たれが」


 独り言を吐き捨てた。

 リネが部屋から出ると、数人の傭兵諸君や偶然訪れていた冒険者が彼女を取り囲んでおり一つのため息をつく。


「はいはい、見世物じゃありんせん、散った散った!」


 手を叩きながら歩を進ませ、大きな声でそう言い放つ。

 

「どうだった?」


 不機嫌そうな顔を向けられる。本当に人に囲まれるのが好きではないらしい。


「問題ないでありんす。代金はどうするでありんすか?」


「払っていく」


 そういうと、腰に手を回し小包を手に取るとカウンターに向けて放り投げた。

 カウンターの上に落ちると、口が開き大小様々なきんが顔を出す。


「それで足りると思うけど」


「十分といいますか寧ろ多すぎると……いいますか」


 お釣りはいらないよ。と真顔で返され、やはり何処かズレていると思ってしまっていた。

 ギルドを出て少し離れた場所にあるギルドが所有している馬小屋にやってくる。


「へぇ、いい馬ばっかりだね。すごい」


「妹が大切に世話してるでありんすからね。当然といえば当然でありんす」


 小屋の中に入ると、馬の手綱を取る素振りをしつつ手に手甲をはめていく。


「ギルドに居た似た顔の人?」


「そうでありんす。よく、間違われるでありんすよ」


「だろうね。すごく似てたから。で、さ」


 数瞬の間を置き、低くなった声でこう告げられた。


「その、手塩にかけた馬。冷たくしたくはないんだけど、気がついているなら……1匹や2匹、冷たくなっちゃっても仕方ない、よね?」


「ッ!」


 投げナイフを1本投擲し、すぐに跳躍し彼女に接近した。


「エヴォルト」


 両腕が黒いもやに包まれ突風と共に弾けた瞬間、腕は細長い化物の腕へと変異していた。投擲されていたナイフは突風により押し戻され木枠に突き刺さり、馬達が騒ぎ始める。

 同時に振り下ろされたリネの拳は、細長い腕に防がれた。そして、払い退けるように腕が振るわれ体が再び宙を舞う。

 

「フェーズ4……!」


 一回転し、着地すると構え直す。

 音花火とやらの準備もしとくべきだったわ。

 などと準備不足を後悔していると、アルファは首を傾げ直後何か納得したかのように、あー。と声を挙げた。


「リネって、魔法少女の関係者か。そうか。そうかそうか。ふーん。じゃぁそうなると、ただ冷たくする。よりかは……」


「何をごちゃごちゃと言ってるでありんすか」


 一見すると隙だらけ。だが、不用意に突っ込めば確実に反撃に合う。

 実力差が違ううえに相性も良いとは言い難い。


「あぁ、ごめん。とりあえず━━」


 すると、彼女の背中から1本の"尻尾"が顔を出した。そして、その先は小さな大砲のような形状を形どっており、遠距離攻撃を可能とする部位である事は容易に想像出来た。


「伸すけど、冷たく"は"しないから安心してね。数日、全身痛いかもしれないけど」


 リネの頬を冷や汗が伝う。

 先日、戦ったフェーズ4の個体とは明らかにポテンシャルが違う。ランクがペインだと言う事だけではないだろう。他に何かが違う。そんな気がしていた。


「安心出来かねる、提案でありんすね……!!」

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