70話Assistant2/自己犠牲

「……んっ」


 シーラが目を覚ました場所はガーエーションのバックヤードであった。

 見知らぬ天井。簡易で硬いベッドにかけられている毛布。上半身は包帯を巻かれ、衣類を羽織っている気配はなかった。視線をずらすと、座ってボーッとしている2体のリカーサップの隣に、上着がかけられているハンガーがぶら下がっていた。


「おっ? 怪盗ちゃん、おっきたー!」


「じゃぁ~皆呼んでくるー」


 リカーサップの片方が立ち上がろうとするが静止する。


「先に、状況説明を求めてもいいかな?」


 痛む身体に顔を歪ませつつ起き上がると、上着を蔦で器用に渡されお礼を述べる。


「んっとねー? なんて言えば良いのかな?」


「とりあえず、皆が戻ってきてから1時間が経ったって所。なんか、怪盗ちゃん引き渡すだ、あーだこーだでユニーちゃんが怒ってたよ?」


 ……なるほど、話したのか。ま、無理も無いかな。


「でも、話よくわかったよねー?」


「ねー! ……呼ばない方が良いかな?」


「出来れば、このまま静かに出て行きたいかな。君達が迷惑じゃなければ、話だけれど」


 話をしながら、服を着ていく。

 2人は顔を見合わせると、彼女の方を向き笑顔でこう返した。


「おっけー、おっけー、おーるおっけー!」


「ユニーちゃんに、逃がす方向で頼む~。って言われてたし~。あ、そうそう伝言もあったんだった!」


「あったあった! 忘れてた。えーっと、変異体? っての余力がないから見逃すしかなかった。すまん。だって」


 あの時まともに動けるのは、ルチア、リネ。それとギリギリツバキと言った所であった。

 そのような状況でアレを追うのはリスクしかないため、妥当と言えるだろう。


「ありがと。えーっと……」


「ゲルプだよ!」「ブラウー!」


「ゲルプにブラウだね。次会う機会があったら、お礼がてら手品でもお見せするよ」


 シルクハットを被り、裏口へと歩を進めていく。


「手品!? やったー♪」


「来てね!? 絶対来てね!?」


「あはは、食いつきがいいな。善処するよ」


 そう言い残し、ドアノブを捻って外へと出る。

 気配を感じ、ゆっくりと裏口のドアを閉めた。


「さて、とっ捕まえるかい?」


「いーや? そういう分けで居るんじゃねぇ」


 顔にシップを張り槍を携えている青年が、月明かりに照らされ瞳に映る。


「隊長の命令で、秘密裏にお前さんを逃がす手筈なんだ。なんとなくは察してんだろ」


 ということは、彼もまた第三公女と繋がりのある人物か。


「大体把握した。君も大変だね。ボロボロなのにさ」


 そう言って、シーラは自身の左頬を指差す。


「お前にゃ、言われたかねーよ。んじゃ、行くか」


「ちょっと待った。寄りたい所があるんだ。いいかい?」



 ガーエーションのホールは気まずい空気が流れていた。

 引っかき傷だらけのジェームズに、ムスーっとしており腹の虫の居所が悪そうなユニー。

 風邪を引いたと言ったウメと彼女の看病に向かったロート以外の他の面々は、気まずそうな2人から離れた位置に集まっていた。


 事の発端はユニーに黙ってかわされたとある密約であった。

 トラバント商会の屋敷。普段ならばおいそれと部外者が足の踏み入れていい場所ではなく、"イタグラント王国"の大部分の物流を担っている"会長"の屋敷なのだ。

 悪事の黙認を取り付けた所で、難癖を幾らでも付けれる。事実をもみ消しつつ、動いて来る可能性がある。


 それはどう足掻いても払拭出来るものでない。そこで発想を変え攻撃の矛先を俺たち全員ではなく、"シーラ"1人に向けさせる。

 要は彼女1人が企て、俺達を駒として扱い騙して動かした。という体にすると言うもの。全てをシーラのせいにするというものであった。


 これも虫が良すぎる。と思われればそれまでだが彼女曰く成功する。と断言されたらしい。そして、ジェームズはそれを受け入れその準備を進めていた。

 結果として、ユニーはものの見事にキレてしまい彼に小さい手で掴みかかり喧嘩となっていたのだった。


「俺は、悪くない」


「あぁ、そうかよ」


 なんとか喧嘩を止めてからと言うもの、ずっと調子で先程からほぼこのような短い会話のみを交わしていた。

 憲兵も忙しく、人員を此方に向かわせるのに時間が掛かっているという。


「あ、あんなユニーちゃん始めてみました」


「機嫌悪い日は稀にあったけど、今回は特別すごいわね」


「ロートがこの場に居なくてよかったですね。更に拗れて大変でしたでしょうし」 


「リューンさん確かにそぉですね。この状況打破どぉしましょ? 素直に謝らんじゃろ?」


「うん。特に、ジェームズは、謝らない」


「では、最年長のガーラスさんがどうにかするしかありせん?」


「叩き起こされても俺なんかじゃどうしようもない状況なんだが、どうしろってんだ。ロッタも2徹明けで、起こすのはいい手とは言えん」


「雁首揃えてなんとやらですかね。現状は何も打開策はないと見て宜しいでしょうか? 因みに私にいい案はありません」


「無いと思いますし、浮かばないです」


「流石に、アレ宥めるの時間掛かりそうだからね。現状はないでしょうね」


「勿論、俺は何も浮かばんぞ」


「今は、無理に触らない方が、懸命」


「私も特にこれといって何も浮かばないでありんす。ルチアちゃんはどうでありんすか?」


「イヤらしい手は浮かんだんじゃけど、却下されそぉなので黙秘します」


 一同は小さくため息を付き2人に目線を送ったのだった。



 白い息を吐き捨てるシーラ達は、牢屋に来ていた。

 もしあのまま素直に捕まっていたとしても、脱獄という形で逃がしていた。とボロボロの青年に話された。

 代わりとばかりに、彼らに報復がないか。と心配しているようだったので、ありえない。とだけ答えておいた。


 そして、なぜこのような場所に来ているかと言うと。


「お互いボロボロだね」


 壁をはさみ、牢屋の中にいる片腕を失ったアバスに。


「……要らぬ、お客が来たせいだな。いやはや、イレギュラーと言うものは何時になっても、好ましくない存在だ」


 話を聞くためであった。


「同意見だね。アレがいなければもっとスマートにやれた」


「ゴリ押しを、スマートと呼ぶ気かね?」


「おやおや、バレてるか」


 トランプを鉄格子から投げ入れ、指を1回弾く。


「情報の料金代わり」


 取り変えた物はマッチと葉巻にシガーカッターの一式であった。


「出来れば、パイプ一式であれば完璧だったのだがな」


「無理言わないでよ。その辺りは詳しくないのだからさ」


「っは、わざとの癖に良くいう。で、何を聞きたい?」


「そりゃ勿論、促進剤。と言うか昼間かばった連中の件さ。何をどこまで知っているのかなと」


「結果から言えば、何も知らんよ。きな臭い動きがあり、わざわざアロエリット商会をめて、ゴタゴタに乗じ中を手のものに調べさせたが、特にこれといった物は出てこなんだ。それで、ブツの回収に接触があると踏み実際にあった。のだがまぁ、昼間の件だ。知っての通りどこもかしこもうまく歯車が噛み合わず、空中分解してしまった」


「……と言うことはボクらが手を出さなければよかった形かな?」


「手を出さなければ、出さないで気取られてしまう。一番良かったのは適度に追い回し、逃がす事だが……」


 確かに、それもそうか。ということは。


「特異個体、か」


「青い奴ではないな?」


「甲羅に覆われてたね。貴方より随分と堅牢そうな鎧だったよ」


「はっはっは、それは一度手合わせしてみたいものだ。バコン殿の話の特異個体。あやつらで間違いなかろうな」


「襲った連中じゃないみたいだけどね。言ってた特徴と違い過ぎる」


 葉巻を吹かし、アバスはこう返答する。


「ふー。黒く無数の棘をあしらったような皮膚。鬼のような顔。だったか」


「うん。まさに化物って言葉が似合う様相なんだろうね。おっと、話がそれたね。じゃぁ、勿論促進剤も知らないってわけだね?」


「そうなる。よもや、そのような代物があるとはな。意外だった。ふー……最後、獣君を使ったけれど、どういう心境の変化なのかね」


「安全策や自分のポリシーを守るのも大事だけれど、負けちゃ元も子もないからね」


 あの時、敢えて増援として寄越さず周囲を囲ませたには理由が大きく3つ在る。

 1つ目は青い特異個体の存在。エミリアとツバキから少ないなれど事前に情報は得ていた。

 そして、まとも当たれば只では済まない事は、なんとなく察せるような内容であった。そのような奴がいる空間に"ダメージを肩代わりする"魔法少女と、ある程度どうなっても構わない自身以外を参加させるのは些か気が引けていた。もしこの戦闘で死んでしまえば後ろ髪を引かれる思いをするだろう。


 2つ目は単純に少人数での戦闘しか経験が、知識がないから。そして、無闇に人を増やし数的有利を得た所で連携が出来なければ意味が無い。出来なければただの烏合の衆と変わらない。

 敵の行動を読み動き用意した手が、周囲の行動により代わり阻害され使えなくなってしまう。

 そういう事を嫌い、排除していた。そのため、遠隔とはいえツバキ君の援護や、置換魔法でユニー君を呼び出した行為は不本意であり、彼女自身驚く行動でもあった。


 最後の3つ目。理由というほどでもないが。


「それでいい。私が伝えられることなど、たかが知れている。だが、必要な事は教えた。後は自分の目で確かめ、経験し糧にしなさい。君が信用出来ると値する、仲間を見つけて」


 アバスに、この人に、師匠に自分の成長を見せたかった。子供のような言い分だ。

 正直、助手君には悪い事をしたとは自覚はあるが、言葉にして謝罪する事はないだろう。やるなら……。


「それを言う為に、体験させるためにあぁいう手を?」


「勘違いをするな、もののついでさ。目的は別の所にあり、もう成就している」


「へぇ……」


 少々ドスの効いた声でそう返していた。


「安心したまえ。お嬢様の思っている通り、彼らにはもう危害は加えん。寧ろ利用してもらった立場なのだから感謝しないとな?」


この言い方、別の所か。お祖父様かはたまた部下を想ってか……。


「そういう事にしておこう。時に、アロエリット商会の業務表みたいなのは目を通しているかい?」


「運行表か? 無論目を通しているがどうかしたか?」


「スターラリー王国方面に運ぶ積み荷、なんてなかったかい?」


「なかったな。ただ、イルリカンにへと向かう積み荷は幾つかあったか。中身は白紙で知らぬがね」


 となると、イルカリンを中継して運んだのかな?


「さて、聞きたい事はしまいか?」


「うん。ありがと。十分だよ」


「あい、分かった。これから逃亡生活かね?」


「あらあら、そこまで勘付いているとはね。けど、"上"に協力者が居てね。当分は匿ってもらう予定さ。ついでに頼まれ事をしながらになるけどね」


「ふぅー……なるほど。サゴンに会ったら宜しく伝えておいてくれ」


「了解。じゃぁね。師匠」


「あぁ、死ぬでないぞ。馬鹿弟子」

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