69話Assistant2/七賢人アバス

「……屋敷をボロボロされるのは些か困るのだがな」


 轟音が響き、石像や武器類が散乱している部屋でそう話しかける。


「ははっ、よく言うよ。自分だって破壊してる癖してさ」


 指を弾くと彼の背後にあったトランプと位置を入れ替え、剣を振るった。

 ガキンッ! という甲高い金属音が鳴り響く。

 剣筋は、鎧の間を縫ったものであった。だが、隙間は攻撃を与える直前に土によって埋められていた。


 舌打ちをし別のトランプを位置を入れ替えた直後、振り切られた剣が空を切る。


「やっぱり、崩すには助手君の力が必要だけれど……」


 ボロボロになっていた剣を投げ捨て、トランプを取り出すと一瞬で剣と交換し手に持ち構えた。

 そろそろあっちも魔力切れが近いだろうし、どうしたものかな。なんてね。

 1つの破壊音が聞こえ、2つ、3つと連続で鳴り響き次第に近づいてきていた。


「遅いなぁ。ちゃんと来てもらわないと困るよ」


 2人が戦っている部屋の壁が破壊され、青い変異体が深く息を吐きながら現れる。

 魔力が心持たないのに、なぜ石像を落としたのか。それは音を発生させるため。此処に居ますよ。という合図をあの変異体に知らせるためであった。


「この、ウスノロ」


 お叫びが響き渡り、ドスン、ドスンと足音を立てながらアバスに近づいて行く。


「っち、こいつは相性が悪い」


 繰り出された拳を、斜角をつけた盾で受け流すと後退するように下がっていく。

 

「おっと」


 指が弾く音が響き、彼が引く先に石像が落とされ道を塞いだ。


「そう簡単に、逃がすわけないじゃないか」


「まぁ、そう来るわな。だが」


 剣を後方に投げ石像に突き刺す。そして、距離を詰め腕を振るってきた変異体の腕を捌きしゃがむと床に手をついた。


「今は貴殿の相手をするほど、暇ではないのだ。落ちろ」


 変異体を囲うようにして、床に円形の亀裂が入り次の瞬間床が抜け変異体が1階へと落ちていく。

 そして、密かに剣を介して土属性魔法を使っており、石像が朽ち道が出来る。


「もう! 使えな━━」


「グガァァァアアアアアア!!!!!」


 愚痴を零しながら、位置を入れ替えようとするも突然の耳を突くような雄叫びに、思わず両手で塞いでしまう。


「なっにっ、これ!?」


「ぐぅ、ぬぅ……!」


 ダンッ! という何か踏みしめる音がし、丸くくり抜かれた床に筋肉質の青い手がかかる。


「ちぃ、この程度ではダメか」


 再び後退を始め、突き刺さっている剣を引き抜く。

 唸り声と共に目がギラリと光る変異体が、よじ登り2階へと戻ってくる姿を見てシーラの顔が引きつる。


「うわぁ……あぁ言うのには、追いかけられたくはないかな」


 呟きトランプと自身の位置を入れ替え薄暗い廊下に出た。戦闘音はすこしばかり遠い位置。

 この場所は予め、アンナと合流場所に選んでいた。そして、背後から名前を呼ぶ声が聴こえ振り向く。


「シーラさん、先程の雄叫びは何ですか!?」


「あぁ、あの変異体がトリップしただけさ。さて、首尾は良さそうだね」


「はい。しっかり倒しました」


「おーけー、それでこそボクの助手だ」


「助手ではありませんけど」


 そう言って彼女は頬を膨らませる。


「まーまー、そう邪険じゃけんにしないで欲しいかな。さて、これで均衡は崩した」


「後はタイミングよく、ですね」



「あの子には、潜まれたか」


 拳を反らし、土魔法で奴の足を固定しようと試みるが難なく破壊され意味を成さない。

 続けて放たれた攻撃を剣を振りかぶりつつ避け、前に出るとすれ違いざまに剣を振りぬいた。

 だが、筋肉を断つことが出来ず、浅い傷しか入らずに一本の黒い血が流れ出す。


「此方としても」


 振り向きながら距離を開けると、振るわれた腕が鎧を掠め壁に激突し砕き大きな穴を創りだす。


「この暴れ牛を倒すには、なんとかあの2人を利用したい所だが」


 そう、うまくはいくまいな。アヤツはもう倒されたと見て動くべきか。

 彼にとっての問題は奇襲される事でも、青い変異体に追われることでもなかった。

 集中力が持つか否かであった。

 一見すればシーラの魔法は卑怯地味た性能を発揮しているが、位置を入れ替えてから攻撃がワンテンポ遅れてしまいやすい欠点がある。


 理由は単純で、カウンターを警戒し一瞬相手の行動を見てしまっているからだ。

 そして、魔法少女を攻撃に据えている場合は、連携が取れていない。それっぽく見せているが魔法の発動が完全に位置を入れ替えた後であった。炎の弾による接近攻撃はその隙を無くしてはいるが、此方は攻撃に一歩踏み込む必要がありその一歩が遅れている。


 故に、来ると予想していれば備えていれば避けられぬ攻撃でない。問題は集中力が切れた場合、攻撃を読み逃す可能性が高くなる。

 

「こういう戦いは、老体が憎くなる……」


 変異体は急加速し突進始め、受け流すように避け壁に背を付け土属性魔法を行使し穴を開けると再び部屋に侵入する。


「ふぅー、堪え……ぬっ!?」


 突如、壁を貫通し複数の水の弾がアバスを襲う。

 咄嗟に盾を斜めに構えつつ身体を逸らすものの、幾つかの弾が盾と鎧を貫通し彼の身体に命中する。

 完全に彼の意識外からの攻撃であった。


「っぐぅ、障害物も何も━━」


 そして、水の弾による横撃が止んでから数瞬もしないうちに、雄叫びと共に壁が勢い良く破壊され青い変異体が部屋へと侵入してくる。


「━━あったものではないなッ!」


 魔法による作用により、彼の視界が掠れていた。

 中々に厄介だ。

 盾を投げ捨て両手で剣を持ち構える。

 

「追い詰メッ……!」


 距離を詰めようと、変異体が一歩踏み出そうとした時であった。 

 2人がいる間に複数のトランプが舞い次の瞬間、両手を伸ばしたアンナが位置を入れ替え現れる。

 ワンドの先は、アバスを捉え、左手に生成されていた炎の弾は青い変異体を捉えていた。


「ンナッ!?」「無茶をっ!!!」


「アクアバルカン!!!」


 両者は即座に飛び退け回避行動を取り、それぞれ放たれた攻撃は掠める程度であった。

 が、予見していたかのように、アバスが逃げた先に大きな盾を持ったシーラが現れた。金属音と共に接触した彼の逃げ道を塞ぐ。


「助手君!!!」


 叫ぶシーラに対し。


「助手じゃぁ!!!」


 叫び返し、以前として水の弾を放ち続けるワンドを持つ右手を徐々に動かし彼に近づけていく。


「ありませんって!!!」


「なるほどな。だが」


 床に向けて土属性魔法を発動し、分解。彼の身体が下の階に落ちるのに十分な広さの穴を開ける。


「貴方は先程こういった」


 だが、彼の身体は顔1つ分ほど視線が下がるだけで、1階へと到達しない。


「うぉ!? まじで、天井が抜けたァァア!?」


 そして、足元から声が聞こえてきた。


「契約の獣を使え、ってさ」


 報告にあった見えない壁を足場に……! あの短時間でよくもまぁ、仕込めたものだ。


「奇策においては、完敗だな」


 アクアバルカンが彼の鎧を貫き、身体へと届きダメージを与えていく。


「ボクは、奇策しか出来ないからね」


 攻撃が止み彼の身体が傾き、何者かが安堵の溜息をつくアンナのすぐ隣をすり抜けていった。


「ペッっちゃンこにッ!!!」


 そして、誰も攻撃体勢に入っていたそれを止める術はなかった。


「ユニー君、解いて! 速く!!!」


「お、おう!」


 シーラは手に持っていた盾を使い妨害しようとするも、払い除けられ満足に時間稼ぎも行えない。

 プロテクトで行っていた足場を解くが一手遅かった。

 青い強靭な腕が、アバスの老いた左腕を掴み握り潰していたのだ。


「くそ!? 遅かったか!?」


 ユニーは上に飛び上がろうにもアバスの身体が邪魔で上がれず、同時にアンナは魔力切れにより変身が解けてしまっていた。


「やっト、捕まえタ。覚悟シろ」


「……痛い、じゃないか。化け、もの」


 潰れた腕からは血が流れ出し、ギリギリ意識を保っていた彼はそう話しかけ。


「これでは、弟子の成長に」


 右手に持つ折れた土の剣を突き立て。


「感慨を、覚えながら……寝れんではないか」


 掴まれている左腕を切断した。

 腕を投げ捨て落ちゆく彼の身体を掴もうとするも、変異体の視界が揺らぐ。


「やらせるかー!」 


 シーラが盾を押し立て助走をつけ突撃し、体勢を崩したのだ。

 掴もうとした手は空を掴み、アバスの身体は1階へと落下していった。


「ジャ、まっ、だァァア!!」


 腕を振るわれ盾ごと払い除けられ、彼女は吹き飛ばされると床を転がっていく。


「ゲホッ、ゲホ……あぁもう、馬鹿力過ぎるって」


 身体を起こそうとするも、思うように力が入らない。

━━あちゃー、ヤバいかなこれ。

 荒く白い息を吐く、筋肉隆々の青い変異体を見てそう彼女は悟る。

 奴は未だ健在。攻撃は幾度かしているもののどれも効力が薄いものばかりであった。


 故に戦う力を、余力を残している。


「……ッチ」


 が、奴は舌打ちをすると壁を破壊し、屋敷を出て逃走を図った。


「ははっ、助かっ……た」


 そう呟くと、シーラの意識は切れたのだった。

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