優里様

 クリスマスが過ぎると、街は一日で年末色にすっかり変わる。

 赤色が目立ってるのは変わらないけれど、洋風の装飾が華やかさを感じるのに比べ、和風はどこか落ち着きが感じられる。

 これは俺が日本人だからなのだろうか?

 それとも和風が地味だからなのだろうか?


 その辺はよく判らない。そして、クリスマスほどじゃないけれど、地味だろうと俺達が忙しいことには変わりはない。クリスマスより年末の方が忙しいという店もあるが、うちはクリスマスの方が忙しい。これは客層の問題だろうな。


 とにかくクリスマスアレンジが、松竹梅の盆栽や南天葉ボタンなどの正月飾りや床の間に飾る花に変わるだけで忙しいのは一緒。

 チューリップとかフリージア、最近はシンビジュームを購入していくお客さんも増えた気がする。

 年末年始は、松をイジるから松ヤニで手は真っ黒になるし、寒い中で水を使う機会が増えるものだから手にアカギレができる。忙しい上に辛い時期でもあるんだよな。


 お洒落だねぇと言われる機会が多い花屋だけど地味に大変。

 ま、どんな仕事でも大変なのよ! なんて若造の俺が悟ったこと考えながら、セロハンと紙で束ねた花束を売って、お客と話して……と働いている。


 以前は、そんなに熱心に仕事していたわけじゃない。でも、身近に高木梨奈が居て頑張っていると思うと、客に呼びかける声にも力が入る。



 

「クッフッフッフ、お兄ちゃん。やけに張り切ってるじゃない? やっぱあれか、愛する梨奈さんがそばに居るんで格好良いところ見せたいから?」


 客が途切れた合間に、居間でひと息ついてコーヒー淹れてると優里がニヨニヨ顔で話しかけてきた。

 ……クソッ、図星だ。


「い、いいだろ! どうせやらなきゃならないんだから理由なんてどうだって」

「まあね。私にもコーヒー淹れてよ」


 休める時間などたかが知れてる。サイフォン使って……なんてほどの余裕はない。だからインスタントコーヒーを入れている。わざわざ俺がやる必要ないだろう。


「どうせインスタントだ。自分でいれろよ」

「そんなこと言うと、梨奈さんがお兄ちゃんと何故付き合おうと思ったのか、教えてあげないぞ?」

「なっ!? 詳しく!」


 速攻で棚からマグカップを取り出し、ポットのお湯でさっさとコーヒーをいれ、勝ち誇った笑顔の優里様に丁寧に渡す。

 俺はカップに口をつけている優里様からのお言葉を待った。


「あのね? お兄ちゃんのこと気になるのは……長沢さん……だったよね……お兄ちゃんに積極的な彼女のことを意識しているからかな? とか、お兄ちゃんは浮気なんてしそうにないからかな? とか梨奈さんも考えたんだって」

「ふむふむ、で?」


 俺としてはその辺は実はあまり気にしていない。

 好きになってくれたきっかけなんかどうでもいい。

 どんなきっかけが始まりでも、そこから先は俺次第だ。


 ……だが気にはなる! 


 俺の気持ちを察して嬉しそうに笑う優里様のお言葉の続きを神妙に待つ。


「もちろん、バイト先で頑張っていたところとか、一途なところとか、多分、いろんなことがちょっとずつ影響しているんだろうけれど、決め手になったのは、お兄ちゃんと居ると落ち着くんだって、頼りたいって感じたんだってさ。もっと甘えたいらしいぞ? クフフフフ……この幸せ者め」


 頼りたい?

 甘えたい?


 んなもんウェルカムに決まってるだろう!

 二十四時間三百六十五日ウェルカム!


「そ、そうかぁ……」

「あ、お兄ちゃん。私から一つ忠告しとくぞ~。電話でもメールでもLINEでもいいから、もうちょっとマメにしなよ~。しつこいのはウザいけど、梨奈さんがバイトに入っていない日だけとか……付き合って間もないくせに遠慮しすぎはよくないぞ」


 これは……彼女が優里に不満を漏らしたってことなのか?

 それとも状況を聞いた優里が察して忠告しているのか?

 ……判らん。


「でも、バイトの日は顔合せるし、話もしてるし……」

「長々と話す必要はないんだって。ほんのちょっとを日に一回でいいからさ~」


 そりゃ、いつでも声は聴きたい。メールでもLINEでも何ででもコミュニケーションとっていたいけどさ。

 迷惑になったら嫌だと思っていて……俺は遠慮しすぎなんだろうか?

 ……気をつけよう。


「ああ、うん、わかった。優里、ありがとう」

「梨奈さん大事にせんといかんよ? では精進したまえ、クフッ」


 飲み終えたマグカップを俺に手渡し、優里は店へ出て行った。

 上から目線なのはちっと気に入らないけれど、忠告してくれたのは有り難い。

 高校の時も、優里の忠告を聞いておけばと反省したからな。

 とりあえず拝んでおこう。


 俺は悠然と店へ向かう優里の背中に両手を合せ目をつぶる。


 それよりもだ。

 

 優里経由で自分の彼女の気持ちや考えを知る現状を何とかせねばならん。

 

 あ、そうか、もっといろんなことを話す機会を増やさなきゃいけないってことだ。

 ……ということは、先ほどの優里の忠告は、そのことを気にしてのことか?

 優里にじゃなく、俺に直接話せるようにせねばならんと言いたかったのか?


 いや、ここは深読みして優里への評価をあげることよりもだな。

 高木梨奈からの評価があがることを考えるべきだ。

 具体的には、今夜考えよう。


 ……さて、今日も寒いからな、高木梨奈に携帯カイロでも持っていこう。

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